「えっ、叔父さん結婚したの?」先日、日本の家族から、還暦を迎えた叔父が婚姻届けを出したとの連絡があった。独身貴族を謳歌していた叔父に、どのような心境の変化があったのかは分からない。叔父は若い頃、証券会社でトレーダーとして働いていたのだが、ある日突然まったく畑違いの分野に転職した。「なぜ転職したかって? そうだね、怖くなったからかな」あの時、叔父は笑いながらそう話していたが、まだ子どもだった筆者には何のことだかさっぱり分からなかった。
しかし、大人になった今、「トレーダーの最大の敵は恐怖だ」というドイツのトレーディング心理学者ウェルツ・ノーマン博士の言葉と、当時の叔父の心境がオーバーラップする。「ストレスやプレッシャーによる心理的恐怖に敗北したトレーダーは、本領を発揮できなくなる」というものだ。
今回はノーマン博士をはじめとする世界の様々な研究者の報告を交えながら、恐怖心や無意識のバイアス(先入観)を克服するための「トレーディング脳(Trading Brain)」の鍛え方を紹介する。トレーディングや投資はもちろんのこと、起業や恋愛・結婚など人生で「決断」を求められる様々なシーンで役立つはずだ。
成功は脳で作られる! グロース・マインドセットを育もう
ノーマン博士は著書『トレーディング心理学(Psychology of Trading)』の中で、「成功は脳で作られる」という持論とともに「トレーディング脳」の重要性について説いている。前述の通り、ノーマン博士は「ストレスやプレッシャーによる心理的恐怖に敗北したトレーダーは、本領を発揮できなくなる」と指摘しているが、トレーディング脳とは文字通り「失敗するかも?」という恐怖心に打ち勝ち、緊迫した状況下でも冷静かつ的確な判断を下すための脳の働き方だ。すなわち、ノーマン博士の持論に基づくと、優秀なトレーダーとそうでないトレーダーの違いは、トレーディングに適した脳に鍛えられているかいないかの違いということになる。
かみ砕いて言うと、マインドセット(思考パターンや固定観念)のようなものだ。人の思考パターンや固定観念は、過去の経験や生活環境、教育、メディアなど様々な要素から影響を受けて形成される。そして、成功(失敗)とマインドセットには一定の相関関係があると見られている。
この分野ではノーマン博士をはじめとして、世界各国の研究者から様々な報告がなされている。たとえば、スタンフォード大学の心理学者キャロル・ドウェック博士は独自の研究成果をベースに、人の成長を促進する思考パターン「グロース・マインドセット(Growth Mindset)」の重要性を指摘している。
グロース・マインドセットは「人間の才能や能力は努力次第で伸ばすことができる」ことを大前提とした自己啓発メソッドであるが、対照的に自分にはできないと思い込むことで生じる「フィックスド・マインドセット(Fixed Mindset)」も指摘されている。フィックスド・マインドセットでは「失敗を恐れて挑戦できない」「努力しても無駄」などネガティブな思考が先走り、それに見合った結果しか得られない。まさに「成功は脳で作られる」というわけだ。