本記事は、リチャード・デイヴィス氏の著書『エクストリーム・エコノミー 大変革の時代に生きる経済、死ぬ経済』(ハーパーコリンズ・ ジャパン)の中から一部を抜粋・編集しています

転落の町

グラスゴー
(画像=PIXTA)
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(画像=『エクストリーム・エコノミー 大変革の時代に生きる経済、死ぬ経済』より)

●平均寿命54歳

造船会社の現場で船をつくる労働者には荒くれ者も多いが、いちばんの強面ですら、進水する巨大な船を見ると胸を詰まらせる。「人がなんと言おうとかまやしないよ」と笑う74歳のジム・クレイグは、かつてイギリスで造船業が最も盛んだった、グラスゴーの西寄りにあるガバン地区の出身だ。「自分の手でつくりあげた船がクライド川に滑り出していくのを見ると、達成感でしびれそうになる」。

クレイグが生まれたエルダー・パーク・ロードは、フェアフィールド造船所の正面入口から数百メートルほどのところにあり、彼の父親もボイラー製造人として造船所で働いていた。クレイグが学校を終えたのは1959年秋の金曜日のこと。翌月曜日15歳の誕生日からフェアフィールド造船所で働きはじめた。雑用係から始め、見習い、溶接工、職長、現場監督と、半世紀にわたって造船業に携わり、世界各地をまわって働き、最後の職場はピッツバーグの造船所だった。

外国で働くのも楽しかったが、造船技師なら誰でもそうであるように、クレイグの心は最初の職場、すなわち“母なる”フェアフィールド造船所にあった。「世界のどこにいたって、最初の造船所への愛情はなくならない。何かにつけて戻りたくなる。人生のスタートを切らせてくれた生みの親だからね」

青年だった当時は知る由もなかったが、クレイグはのちに世界経済に革命を起こしたグラスゴーの造船技師集団に加わった最後の世代だ。グラスゴーの造船所は華やかな歴史に彩られ、聖域のように大事にされていた。蒸気船や鋼鉄船が発明されたのはクライド川の沿岸だったし、1870~1910年にかけて盛んになった、世界との貿易を牽引したのもクライド川の沿岸でつくられた巨大船舶だった。

近代経済にいまも続く大きな影響を残した地として、グラスゴーに匹敵する場所はほとんどない。デトロイトの自動車は、輸送に革命を起こしたかもしれないが、グラスゴーの船は、私たちの住むこの世界をひとつに結びつけたのだ。だが、ジム・クレイグが働きはじめた1959年には、クライド川上流に創業1000年にも届く大きな造船所が8ヵ所あったが、10年もしないうちにその大半が破綻した。

現在では、クライド川沿いを歩いても建造中の船は1隻も見当たらない。ふたつの造船所がいまも操業しているが、規模は小さく、ドックのなかで軍事用の船を製造しているだけだ。ただし、1896年にこのグラスゴーで進水した全長約75メートルの大型鋼鉄帆船、グレンリー号の姿は見ることができる。

観光客が乗り込み、子どもたちがデッキで駆けまわるのにあつらえ向きな、その控えめな規模と古めかしい技術を見て、クライド川の造船業はこんなものだったと誤解してはいけない。19世紀末には、全長100メートル以上の最先端の蒸気船をはじめ、全世界の船舶の5分の1がここで建造されていたのだ。

失われた産業の傷跡は、とくに川の南側にはっきりと残っている。かつて、何隻もの船が停泊し、荷を積み込んだり船体を点検したりしていた埠頭は、雑草が伸び放題で、打ち捨てられた事務所の窓枠は壊れ、赤レンガの壁は落書きだらけだ。

グラスゴーが極限経済の地なのは、20世紀にこれほど深刻な没落を経験した都市はほかにないからだ。19世紀後半、グラスゴーは「大英帝国第2の都市」として、芸術、デザイン、建築、工学、技術革新、貿易など多くの面で、首都ロンドンをしのぐまでになった。「現代のローマ帝国」と呼ぶ向きもあったほどだ。

しかし、わずか1世紀後には造船業が消え、失業が蔓延し、グラスゴー郊外のカルトンでは男性の平均寿命が縮み、54歳になってしまった(成人人口の27パーセントがHIVに感染しているアフリカの小国エスワティニですら57歳なのに)。「現代のローマ帝国」が、いまではサブサハラ・アフリカにも後れをとるようになり、グラスゴーはヨーロッパで最も成功した都市から最も悩める都市へと滑り落ちた。

繁栄していた都市が転落するというグラスゴーの物語は、私たちの多くが都市に住む現代において貴重な教訓になる。1950年には、都市部に住む人は世界人口の30パーセントにすぎなかったが、今日では過半数を超え、2050年には75パーセントに達すると予測される。

都市経済の脆さを知っておくことは、将来のリスクを知ることにもなる。私はグラスゴーを訪問し、この街がまだ強大な力をもっていた時代を憶えている人に会いに行った──どこで道を誤ったのかを聞くために。

エクストリーム・エコノミー 大変革の時代に生きる経済、死ぬ経済
リチャード・デイヴィス(Richard Davies)
ロンドンを拠点に活動する経済学者。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのフェロー。英国財務省経済諮問委員会の顧問、イングランド銀行のエコノミスト兼スピーチライター、エコノミスト誌の編集者を歴任。ガーディアン紙、タイムズ紙への寄稿をはじめ、数々の研究論文の著者であり、世界中の大学の経済学の教師や学生にオープンアクセスのリソースを提供する慈善団体CORE の創設にも携わる。本書はフィナンシャル・タイムズ(FT)紙とマッキンゼーが選ぶ2019 年度のベスト・ビジネス書にノミネートされた。

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