本記事は、リチャード・デイヴィス氏の著書『エクストリーム・エコノミー 大変革の時代に生きる経済、死ぬ経済』(ハーパーコリンズ・ ジャパン)の中から一部を抜粋・編集しています

お年寄りの町

秋田
(画像=PIXTA)
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(画像=『エクストリーム・エコノミー 大変革の時代に生きる経済、死ぬ経済』より)

●ゲームチェンジ

秋田の冬は寒い。大雪が降り、街全体が白く分厚い毛布にくるまれている。日本サッカー協会(JFA)加盟の秋田県サッカー協会のサッカー場も、年季の入ったゴールポストを除けば、すべてが雪に埋まっている。

サッカーはここでは夏のスポーツであり、70歳以上の選手だけで試合をするJFA全日本O─70リーグのメンバーも建物のなかに陣取り、前シーズンの反省をしたり、来シーズンの計画を立てたりして過ごしている。「サッカーチームの運営にかかわると膨大な連絡事項があってね。

そのうえ、メールの多さといったら!」とため息をつくのは83歳の菅原勇監督だ。「とうとう、携帯電話をふたつもつ羽目になったよ。ひとつはサッカー用、ひとつはガールフレンドさんたち用」

チームのメンバーと監督は60年以上もいっしょにプレーしてきた。自分たちのこれまでのサッカースタイルを振り返って、「ずいぶん変わったね」と、73歳のエースストライカー、鈴木俊悦は言う。菅原監督もうなずき、ゴールラインから敵陣近くのストライカー目がけてボールを蹴った場合の軌道を空中に指で描きはじめ、突然、胸のまえに両腕で×印をつくって、「これ以上、飛ばないんだ」と悲しそうに言う。

鈴木が話を引き取る。「O ─70リーグの選手はボールをあまり強くは蹴れないから、ロングパスはできない。速く走ることもできないから、なるべくボールを保持して、体力を節約する。短くて正確なパス回しが勝ちあがるカギなんだ」

菅原監督が続ける。「年をとると人生も変わる。目標もゴールも、若いころとはちがってきた。人生の計画がどんどん小さく、シンプルになっていく。いまの目的は、ただ生きつづけること」。するべきルーチンを与えてくれる活動は、なんであれすばらしいとふたりは口をそろえる。リーグでの勝ちあがりと年に1回おこなわれるトーナメント戦出場を目指して、毎週水曜日と日曜日には集まってトレーニングをしているという。

ただし、最も大切なのはコミュニケーションなんだと、監督がスマートフォンを見せてくれた。メールを読む、連絡先、電話をかける、メールを打つ、という4つの大きなボタンしかない高齢者向けスマートフォンだ。トレーニングや試合の日に選手が現れないと、選手仲間がすぐさま電話をかける。このサッカーチームはまさに命綱だと鈴木が言う。「ぼくらみたいな男たちにとっては、ふと死にたくなってそのまま……というリスクが現実にある」

日本では、秋田は大都会から離れたのんびりした場所と見る人が多い。大雪と寒さと、温泉やふさふさの毛が特徴の大型犬(秋田犬の一種)、日本酒などが名物だ。秋田は、日本で最も高齢化が進んだ地域でもある。平均年齢が52歳に達し、日本の都道府県のなかで初めて人口の半数以上が50歳以上、3分の1以上が65歳以上に到達した。

秋田を訪れたら、すぐにそうした数字が現実であることに気づくはずだ。電車の運転士も改札係も、観光センターの係員、レストランで食事をしているふたり連れ、給仕をしているウェイトレス、建設作業員、タクシードライバー、ホテルの客室係や料理人もみな高齢なのだ。

人口統計に照らせば、秋田は「のんびりした場所」どころか、日本、いや世界の最先端、未来を先取りした場所である。世界は急速に高齢化しつつあり、多くの国が秋田のあとを追っている。韓国は現時点では日本のうしろにいるものの、日本よりも高齢化が加速していて、2050年には両国ともいまの秋田に似た姿、平均年齢が52歳に達し、人口の3分の1が65歳を超えると予測されている。

世界で最も人口の多い中国は、同じころには平均年齢がいまの37歳から50歳近くに上昇している。ヨーロッパではドイツ、イタリアが先頭を走り、30年以内にはいまの秋田に近い人口統計になると言われている(イギリスとアメリカの高齢化はやや遅いが、その方向に進んでいることにちがいはない)。

ブラジル、タイ、トルコも急速に高齢化が進んでいる。この傾向が見られないのはコンゴなど、きわめて貧しい国だけだ。現在、世界人口77億人のうち85パーセントが、平均年齢が上昇している国に住んでいる。

ほぼ世界全体が、秋田のような社会に向かっていると聞けば、多くの人が不安を感じるだろう。高齢者が増えると、年金や医療費といった公的コストも増え、各国の政府は資金をどうにか調達しなければならない。この経済的重圧を、国際通貨基金(IMF)は「豊かになるまえに国が老いる」と警告する。

2017年に私は秋田を旅し、超高齢社会という極限経済のなかで、老いが暮らしにどのように影響しているのか、老若男女さまざまな人から話を聞いた。超高齢化が政府の財源だけでなく、もっと深いところに織り込まれた非公式経済に与える試練についても述べたい。

近未来の老いた社会では、非公式経済や伝統をうまく生かしながら経済上の問題を解決していくのだろうか。それとも、生き残りのために互いをつぶし合い、破綻への道を進むのだろうか。

エクストリーム・エコノミー 大変革の時代に生きる経済、死ぬ経済
リチャード・デイヴィス(Richard Davies)
ロンドンを拠点に活動する経済学者。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのフェロー。英国財務省経済諮問委員会の顧問、イングランド銀行のエコノミスト兼スピーチライター、エコノミスト誌の編集者を歴任。ガーディアン紙、タイムズ紙への寄稿をはじめ、数々の研究論文の著者であり、世界中の大学の経済学の教師や学生にオープンアクセスのリソースを提供する慈善団体CORE の創設にも携わる。本書はフィナンシャル・タイムズ(FT)紙とマッキンゼーが選ぶ2019 年度のベスト・ビジネス書にノミネートされた。

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