「うん、そろそろ仕事を探そうかと思ってるんだ。コーヒーのおかわりは?」近所に住むスリナム系オランダ人のおじさんがそう言った。彼とは家族ぐるみのお付き合いで、その日は筆者一家を招待して美味しい手料理をご馳走してくれたのだった。小学生の次女は彼の作るデザートのトライフルがお気に入りで、彼のことを「トライフルのおじさん」と呼んでいる。いつしか、筆者も夫も彼に親しみを込めて「おじさん」と呼ぶようになった。

大手IT企業のシニア・システムエンジニアという華々しいキャリアの持ち主のおじさんは、担当部署の買収がきっかけで退社した。大規模な組織再編が実施され、仕事の進め方や職場の雰囲気が豹変する中、突然下されたドイツへの転勤命令が決定的な亀裂となったようだ。

近年、筆者の周りではおじさんのような境遇の人は珍しくなくなっている。事情は人それぞれであるが、組織再編で企業文化やガバナンスが大きく様変わりする中で、転職を決意する人も増えているようだ。後段で詳述する通り、M&A(企業の合併・買収)は規模や産業を問わず世界中で活発に行われており、新型コロナ禍でもさらに加速する傾向にある。最近ではLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン グループ)によるティファニー買収のほか、米大手プライベートエクイティファンドのアポロ・グローバル・マネジメントと生命保険会社アテネ・ホールディングの合併といった大型案件も伝えられている。

今回は新型コロナ禍のM&A事情を交えながら2021年のトレンドを探ってみよう。

2020年下半期、M&Aの件数・総額が倍増

m&a,動向
(画像= tunnelmotions / pixta, ZUU online)

2020年の世界のM&A活動は上半期と下半期で明暗を分けた。2020年上半期は世界各国のロックダウン(都市封鎖)や行動制限で経済活動が低下し、M&A活動も大幅に縮小したが、下半期はM&Aの件数・総額ともに急増するV字回復となった。国際コンサル企業のPwC(プライスウォーターハウスクーパース)によると、世界で取引規模が50億ドル(約5447億2479万円)以上の大型M&Aは2020年の上半期で27件、総額2660億ドル(約28兆9793億円)であったのに対し、下半期は57件、総額6880億ドル(約74兆 9541億円)と2倍以上に増加している。その内訳には、金融サービス企業のS&Pグローバルによる英調査会社IHSマークイットの買収(440億ドル≒約4兆7935億円)や、米半導体メーカーNVIDIAによるソフトバンクグループの子会社で英半導体設計企業Armの買収(400億ドル≒約4兆3577億円)なども含まれている。