米運用会社アルケゴス・キャピタル・マネージメントのポジション破たんを巡り、「リーマンショックの再来」がささやかれている。JPモルガン・チェースの予想によると、クレディ・スイスや野村ホールディングス(HD)など一部の大手金融機関が被る損失は、最大100億ドル(約1兆793億)を超える。その波紋が広範囲に広がり、やがて世界の金融市場を飲み込む可能性はあるのだろうか。

アルケゴス問題  クレディ、野村などが多額の損失

リーマンショックの再来か?クレディや野村も100億ドルの巨額損失「アルケゴス問題」の波紋
(画像=あんころもち(ankomando)/stock.adobe.com)

アルケゴスは、米ヘッジファンド、タイガ-・アジア・パートナーズの元運用者、ビル・ファン氏が2013年に設立したファミリーオフィスである。「トータル・リターン・スワップ(TRS)」と呼ばれる、金融機関からの借入れで運用していた株式投資に失敗し、資金を融資していた多数の金融機関が、多額の損失を被る形となった。

いち早くマージン回収に動いたゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーなど、米銀行は深刻な打撃を免れたが、野村ホールディングス(HD)や三菱UFJ証券ホールディングス、クレディ・スイスなどの日欧勢は担保株式の売却が遅れ、巨額の損失に見舞われた。

最大の損失を出したのは、クレディ・スイスだ。同行はアルケゴスと同時期に破たんした英金融ベンチャー、グリーンシル・キャピタルでも損失を計上しており、二重の痛手を受けている。2021年第1四半期の決算は、税引き前損失が7億5,700万スイスフラン(約895億759万円)の赤字で、第1四半期のアルケゴス関連の損失は、44億スイスフラン(約5,202億5,552万円)にのぼる。第2四半期には、さらに約6億スイスフラン(約709億4,393万円)の損失が予想されている。

同行はバランスシート強化策として、2億300万株に転換可能な強制転換社債(MCN)を発行し、18億スイスフラン(約2,128億3,181万円)を超える資金を調達する計画だ。株式の希薄化が懸念される日本では、野村HDが約20億ドル(約2,161億9,369万円)、三菱UFJが約3億ドル(約324億2,905万円)、みずほフィナンシャルグループが約100億円の損失を計上する可能性がある。

リーマンショックを彷彿?問われる銀行の「リスク管理能力」

アルケゴスで生じた巨額の損失もさることながら、それ以上に市場を唖然とさせたのは、「一部の金融機関は、リーマンショックの教訓から何も学んでいなかった」という事実である。リーマンショック以降、国際金融規制が強化されたにも関わらず、規制の「抜け穴」を利用して高リスクな取引が繰り返されていたのだ。

リーマンショックの引き金となったのは、「サブプライムローン」と呼ばれる低所得者向けの高金利住宅ローンだった。住宅価格が高騰し続ける中、信用度の低い借り手に巨額の融資が行われたのみならず、サブプライムローンを組み入れた証券バブルで市場は過熱していた。しかし、地価の下落と共に状況は一転する。住宅ローンの焦げ付きが急増し、サブプライムローンを提供していたリーマン・ブラザーズが破たんした。関連銀行から世界へと、その影響が瞬く間に広がった。

この状況は、コロナ禍で過熱している現在の株式市場と、自己資金の少ないアルケゴスのような運用会社が巨額の融資を受けていた現状と重なる。市場の変動でたちまち資金に行き詰まる「アルケゴス予備軍」が、他にも存在すると懸念する声もある。これらの予備軍がドミノ倒しのように不履行に陥れば、市場がリーマンショック級に混乱する可能性も考えられるだろう。

その一方で、バンク・オブ・アメリカ(BoA)やJPモルガン・チェースのように、難を逃れた銀行もある。これらの銀行は、インサイダー取引で起訴されたファン氏の経歴やアルケゴスの高リスクな運用法を警戒し、プライムブローカーとしての取引きは行っていなかった。このようなリスク管理能力が、これらの銀行の明暗を分けた。

規制当局介入 ファミリーオフィスに圧力か?

金融規制のさらなる強化を求める声が高まる中、すでに米国やスイスの規制当局が動き出している。
国際金融規制機関であるバーゼル銀行監督委員のキャロリン・ロジャース事務局長は、アルケゴス問題について議論を行う方針を明らかにすると同時に、「金融機関が複雑な取引を正確に把握できていない実態が浮き彫りになった」と指摘した。

TRSや仕組み商品の精査を強化する可能性についても述べている。米証券取引委員会(SEC)は、投資会社の情報開示要件の厳格化で、デリバティブ商品の透明化対策を検討していることが、関係者の証言から明らかになった。

ファミリーオフィスへの規制の緩さが今回の騒動の一端であることを考慮すると、今後、米国のファミリーオフィスにもSECへの登録や保有資産の開示が義務化される可能性がある。一部のファミリーオフィスはアルケゴス問題とファミリーオフィスの内部構造の関連性を否定し、SECや米商品先物取引委員会(CFTC)、議員などに働きかける構えだ。

一方、スイスの金融市場管理当局はアルケゴスとグリーンシルの問題を巡り、クレディに罰則を課すことを検討中だ。米議会は5月のビデオ公聴会に、JPモルガンやBoAなど米大手6行のCEOを招集しており、アルケゴス問題についても議論が交わされると予測される。

いずれにせよ、リーマンショック以来の規模で、金融当局による「一掃」と「改革」が実施される可能性が高い。「第2のアルケゴス」や「リーマンショック再来」を回避するためにも、必須のプロセスとなるだろう。

文・アレン琴子(オランダ在住のフリーライター)

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