シンカー:リフレ・サイクルを示すネットの資金需要を0%程度に誘導するようなこれまでの財政政策スタンスは過度に緊縮的で、リフレ・サイクルを抑圧し、マネーが拡大できず、デフレが継続する原因となっていた。デフレ脱却のためには、リフレ・サイクルを活性化し続けるため、GDP比−5%程度に誘導するような緩和的な財政政策スタンスに変化すべきだろう。言い換えれば、5%(25兆円程度)程度の恒常的な財政支出拡大余地がある。現在はその余地は新型コロナウィルス問題の対策に使っている。終息後は、その余地を、教育、インフラ投資、家計支援(子育て支援、ベーシックインカムなど)、そして医療福祉体制拡充などに向けていくべきだろう。

会田卓司,アンダースロー
(画像=PIXTA)

株価が実体経済を引き離して上昇していった背景には、信用サイクル、設備投資サイクル、リフレ・サイクルの三つがあると考える(三つのサイクルの詳細は5月13日のアンダースロー「次の転換点を読むための三つのサイクル」)。一つ目の理由は、民間の信用が拡大・縮小する信用サイクルが腰折れなかったことだ。二つ目の理由は、設備投資サイクルも腰折れなかったことだ。三つ目の理由で最も重要なのは、マネーの拡大・縮小を左右するリフレ・サイクルが上振れたことだ。

マネーの拡大には、政府と企業の支出の拡大が必要になる。企業の支出力は弱く、企業貯蓄率はプラスという異常な状態が長く継続し、弱い総需要とデフレの原因になってきた。政府の支出も不十分で、デフレからの脱却を阻害してきた。企業貯蓄率と財政収支の合計であるネットの資金需要(GDP比、マイナスが強い)が、マネーの拡大・縮小を左右するリフレ・サイクルをきれいに示す。これまで消費税率引き上げを含む緊縮的な財政スタンスで、ネットの資金需要は消滅し、マネーが拡大できなくなってしまっていた。新型コロナウィルスの感染拡大の影響を抑制するために財政政策は拡大に転じ、ネットの資金需要は復活して大きなマイナスとなり、リフレ・サイクルが上振れ、マネーの拡大が強くなり、株価の大幅な上昇(リフレ)につながったとみられる。

ネットの資金需要の望ましい水準はGDP比−5%程度とみられる。コロナショックで企業活動が弱くなり、企業貯蓄率がやや上昇していることを考えれば、現時点までの財政拡大はようやくネットの資金需要をマネーがしっかり拡大するための適度な水準にしただけである。財政不安は、企業と政府の合計であるネットの資金需要が過多であることが原因となる。ネットの資金需要が小さければ、政府の赤字は企業の貯蓄でファイナンスされるため、財政不安がないばかりか、低金利となる。

緊急事態宣言が延長され、企業の体力は消耗しており、企業のリストラやデレバレッジの再発で企業貯蓄率が更に上昇するリスクがある。家計と企業への更なる支援や、景気のV字回復を支援する財政拡大余地はまだ大きい。そして、その望ましいネットの資金需要の水準を維持する緩和的な財政政策スタンス(拡大した財政支出水準を維持すること)をデフレ脱却まで継続する必要がある。

ネットの資金需要を0%程度に誘導するようなこれまでの財政政策スタンスは過度に緊縮的で、リフレ・サイクルを抑圧し、マネーが拡大できず、デフレが継続する原因となっていた。デフレ脱却のためには、リフレ・サイクルを活性化し続けるため、GDP比−5%程度に誘導するような緩和的な財政政策スタンスに変化すべきだろう。言い換えれば、5%(25兆円程度)程度の恒常的な財政支出拡大余地がある。現在はその余地は新型コロナウィルス問題の対策に使っている。終息後は、その余地を、教育、インフラ投資、家計支援(子育て支援、ベーシックインカムなど)、そして医療福祉体制拡充などに向けていくべきだろう。

リスクシナリオとして、財政拡大の反動で、財政赤字と財政負債の大きさをまた単純に懸念し、早急な財政収支黒字を目指す財政緊縮が行われれば、ネットの資金需要はまた消滅し、デフレ脱却に失敗してしまうだろう。以前の復興税のようなコロナ増税や、再度の消費税率引き上げなどをすれば、経済と家計に極めて大きなダメージを与えることになってしまう。

望むべき財政再建は、企業活動の活性化で企業貯蓄率が−5%程度まで低下し、景気拡大による税収の自然増と過熱抑制の財政引き締めで、財政収支が0%に戻り、望ましい水準のネットの資金需要のすべてが企業によって生まれる形になることだろう。企業貯蓄率が異常なプラスで過剰貯蓄と総需要不足の状態で、緊縮財政で無理に財政収支を0%に改善させようとし、ネットの資金需要が消滅し、リフレサイクルが腰折れ、デフレ脱却に失敗し、景気悪化で財政の状態が更に悪化してしまったこれまでの間違いは反省すべきだろう。その失敗のツケを回された家計はもう限界にきている。

図1:リフレ・サイクルを示すネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)

リフレ・サイクルを示すネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)
(画像=日銀、内閣府 作成:岡三証券)

田キャノンの政策ウォッチ:

バイデン米政権は、子供のいる世帯を対象とする税額控除制度を利用して、7月から毎月こども手当を給付すると発表した。3月に成立した1.9兆ドルの「米国救済計画」で子供のいる世帯の税額控除を拡大し、2021年に限り、0〜5歳の子供一人につき最大月300ドル、6〜17歳の子供一人につき最大月250ドルの税額控除分を給付金として毎月届けることになる。所得制限はあるが、およそ3900万世帯、全米の子供の88%が対象となる。バイデン政権は4月に打ち出した「米国家族計画」で、今回の税額控除を2025年末まで延長すると提案した。今回のこども手当制度が定着すれば、政府があらゆる家庭に所得を保障するベーシックインカムが定着することになるので、恒常的な財政支出となる。財政拡大に支えられて、米国のネットの資金需要はマイナスのまま(強いまま)で、リフレ・サイクルも強い状態が継続する可能性が高いだろう。日本も同じような政策を実施すれば、リフレ・サイクルを強くすることができ、デフレ脱却がより現実的になるだろう。

図2:米国のネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)

米国のネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)
(画像=BEA、FRB、Refinitiv 作成:岡三証券)

岡三証券チーフエコノミスト
会田卓司

岡三証券エコノミスト
田 未来