シンカー:インフレ期待の上昇などにより、グローバルにイールドカーブはスティープ化していくだろう。デフレ脱却を目標とする日銀の金融緩和の是正は最後となり、日本のイールドカーブはスティープ化しても遅れるだろう。それが更に円安の力となり、デフレ脱却の力となろう。各国の政策の緩和修正につられる形で、日本も政府が緊縮に、日銀も緩和修正に拙速に動けば、国際経常収支の黒字の内需低迷による悪い形の拡大をともない、急激な円高で景気低迷に戻ってしまう。各国が動いても、日本はまだ緩和を続けることで、そのリスクは防げる。そのためには、政策の目標としての2%の物価目標堅持が鍵であり、日銀だけではなく、政府も達成に向けた財政政策の緩和を続けるべきだろう。

会田卓司,アンダースロー
(画像=PIXTA)

シナリオ−デフレ完全脱却に向けた道筋

2021年度: 新型コロナウィルスの影響と、金融緩和縮小などでのインフレに対するグローバルな政策当局のスタンスへの誤解が残るとともに、三つのサイクルの大きな動きはなく、景気は緩やかなU字型の回復で、株式市場は膠着が続く

2022年度: 設備投資サイクルが上振れ、景気はV字型に回復し、グローバルな政策当局のインフレ許容が理解され、株式市場は強い動きに

2023年度: 重要選挙前後で政治不安が大きくなり、グローバルな政策当局の引き締め懸念もあり、株式市場は一時的に弱い動きに

2024年度: 政治不安に対処するための財政拡大と、グローバルに金融緩和の修正が景気に優しいペースになるという安心感で、強い信用とリフレ・サイクルを維持したまま、株式市場は強い動きに

2025年度: 2%の物価目標を達成し、政府がデフレ完全脱却宣言

1.異常なプラスの企業貯蓄率による過剰貯蓄の総需要破壊の力が、内需低迷とデフレの原因だった。日銀が大規模な金融緩和を実施し、信用サイクルが上振れ、企業のデレバレッジが大きく緩和し(企業貯蓄率が低下し)、失業率も低下した。貨幣経済(名目GDP)と総賃金が拡大に転じた。

2.人手不足とITの新技術(AI、IoT、ロボティクス、ビッグデータ、5Gなど)の後押しを受け、設備投資サイクルが持ち直し、期待成長率とインフレ期待が上昇してきたことを示した。財政緊縮とまだ慎重な企業行動により、ネットの資金需要(財政収支+企業貯蓄率)は消滅していて、経済が回って賃金とマネーが拡大する力(リフレ・サイクル)がまだ弱かったことが、なかなかデフレを脱却できない原因であった。

3.新型コロナウィルス問題で大きな下押し圧力がかかっても、しっかりとした経済政策による対応で信用サイクルと設備投資サイクルが腰折れなければ、景気は底抜けず、デフレ脱却への元の道に戻れる。菅政権の経済政策はアベノミクスの継続にミクロ政策を重ねたものであり、基本はアベノミクス2.0となる。

4.財政拡大と企業活動の再活性化で、ネットの資金需要が復活後に持続し、それをマネタイズする日銀の粘り強い金融緩和の継続と合わせ、リフレ・サイクルを強くするアベノミクス2.0が自動的に稼働する。震災復興による財政拡大でネットの資金需要が復活する中、大規模金融緩和が始まった2013年以降のアベノミクス1.0と似る。2021年度はまだ緩やかな景気回復だが、ウィルス問題終息後の2022年度には設備投資サイクルが上振れ、失業率は再び低下し、総賃金が強く拡大するとともに、景気拡大を加速するようになるだろう。

5.2023年度末までに企業貯蓄率がマイナス化(正常化)し、内需低迷とデフレの原因が払拭され、デフレ脱却の新しい日本経済になろう。第四次産業革命に支えられ米国経済は堅調で、政策当局は中国との対立を有利にするためにもインフレを許容し、 FRBがゼロ金利政策を解除するのは2024年度だろう。日米金利差拡大が大きな円安の力となり、景気拡大が強くなる中、 日銀は長期金利の誘導目標を景気・マーケットの拡大と物価上昇率の加速を阻害しない速度で引き上げ始めるだろう。短期の政策金利目標をプラスに戻し緩和から脱却するのは、2%の物価目標を達成し、政府がデフレ完全脱却宣言ができるようになる2025年度となろう。

6.景気拡大とともに、投資が拡大しながら生産性が上昇するというバブル崩壊後初めての現象が確認され、潜在成長率がしっかり上昇すれば、日本経済は復活することになる。名目GDP成長率(膨張力)が長期金利(抑制力)を上回り続け、マイナスの実質長期金利は維持され、リフレ・サイクルは加速し、株価の基調的な上昇とともに、財政は安定化に向かうだろう。ネットの資金需要は適度であり、金利高騰はないだろう。

金利と為替−スティープ化の遅れが円安の力に

名目GDPと総賃金を縮小から拡大に転じさせたのが、アベノミクスの最大の成果であった。膨張の力である名目GDP成長率が抑制の力である長期金利を持続的に上回るのはバブル期以来であった。長期実質金利はマイナスとなっていた。拡張する力が抑制する力を上回り、デフレによる縮小均衡から、リフレによる拡大均衡に変化したことになる。新型コロナウィルス問題での名目GDPの急激な縮小で、一時的に再逆転を許している。しかし、財政拡大によるネットの資金需要の復活を、日銀の積極的な金融緩和でマネタイズし、名目GDPの回復が金利の上昇を上回り、マイナスの長期実質金利をともなう新たな拡大均衡の形はデフレ完全脱却まで継続するだろう。ウィルス問題が終息に向かう中で、実質GDP成長率が内需主導の自律的な形となり、過剰貯蓄の解消などにより国際経常収支の黒字額が縮小していくことで、円安の力が生まれるだろう。

中国を中心とする国家資本主義に対して米国を中心とする自由資本主義国を有利に導くため、先進国の政策当局はインフレを許容していくことになるだろう。インフレ期待の上昇などにより、グローバルにイールドカーブはスティープ化していくだろう。デフレ脱却を目標とする日銀の金融緩和の是正は最後となり、日本のイールドカーブはスティープ化しても遅れるだろう。それが更に円安の力となり、デフレ脱却の力となろう。インフレへの耐性をつけるため、各国が強い通貨を希求する可能性があることも追い風だ。一方、日本の財政拡大はまだ小さく、各国と比較しネットの資金需要が小さくリフレ・サイクルが弱く、マネーの拡大とインフレの格差が存在する。各国の政策の緩和修正につられる形で、日本も政府が緊縮に、日銀も緩和修正に拙速に動けば、国際経常収支の黒字の内需低迷による悪い形の拡大をともない、急激な円高で景気低迷に戻ってしまう。各国が動いても、日本はまだ緩和を続けることで、そのリスクは防げる。そのためには、政策の目標としての2%の物価目標堅持が鍵であり、日銀だけではなく、政府も達成に向けた財政政策の緩和を続けるべきだろう。予想より早く物価上昇が加速した場合は、2%の目標をもっと柔軟化して、上振れを容認してもよいだろう。

図:名目GDP成長率と長期金利

名目GDP成長率と長期金利
(画像=内閣府、Refinitiv 作成:岡三証券)

表:日本経済見通し

日本経済見通し
(画像=内閣府、総務省、財務省、日銀、Refinitiv 作成:岡三証券)

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岡三証券チーフエコノミスト
会田卓司

岡三証券エコノミスト
田 未来