シンカー:グローバル・インフレの議論では、米国を中心とする自由資本主義国が、中国を中心とする国家資本主義国との対立を有利にするため、国家戦略としてインフレ環境を望むという視点が欠落している。先進国の政策当局はこれまでより高位のインフレ率を許容し、低い実質金利の継続でリスク資産価格に対する追い風は続くだろう。米中の対立と駆け引きを含め、グローバル・インフレの論点を再び整理する。勝敗は、第四次産業革命を背景とした生産性の向上が左右する。財政拡大と低い実質金利による高圧経済の下、生産性の向上を目指した玉石混交の投資の拡大が、グローバルに総需要を拡大し、グローバル・インフレの力を更に強くするだろう。投資過小のグローバル・デフレから投資過多のグローバル・インフレへの変化が生まれつつある。
1.新型コロナウィルス感染拡大の影響を長引かせないため、第四次産業革命の新たな経済構造を支えるインフラを整備するため、財政支出の継続が必要。格差を是正し、ポピュリズムを抑制するためにも財政支出の拡大が必要。インフレでも財政拡大は止められない。脱炭素を推進するため、短期的なコスト増をインフレで吸収する必要。打撃を受けた企業と家計、そして政府の負債は拡大しており、負債構造の安定化のため、インフレを伴う低い実質金利の継続が必要。
2.実際のインフレ・トレンドより期待が先行しているとみられ、期待に追いついていく形で、予期せざるインフレのショックは小さい。インフレは、純粋な水準ではなく、インフレ期待からの大きな変動が問題であるが、水準は上昇しても変動は小さいだろう。足元のインフレ率の高騰の動きはトレンドから乖離した一時的なもので、経済状況を反映したインフレのトレンドはまだ2%以下だろう。
3.インフレが賃金上昇を生み、企業に投資による生産性の上昇の必要性を意識させることが必要。第四次産業革命による生産性の上昇が死活問題で、投資活動を促進するためには、投資が報われやすくなる景気が少々加熱した高圧経済と、それに伴う企業活動を刺激する株価の上昇が必要。
4.民間主体の投資の効率性を内包する先進国の自由資本主義国が、国家主導の非効率な投資を内包する中国などの国家資本主義国に対抗するためには、中国を経済大国にしたこれまでのデフレより、インフレ環境の方が有利。国家戦略として、米国はインフレを望む。中国は、急激な高齢化の下で、貧富の格差が極めて大きく、インフレによる弱者の生活困窮が政治基盤を脆くするリスク。環境意識もコスト増とインフレとして中国に逆風。米国は資本移動規制などで、中国に対して効率的な民間資本の兵糧攻め。先進国の政策当局は、雇用の拡大を優先しながら財政拡大の継続などでインフレへの環境変化を促進し、これまでより高位のインフレ率を許容し、低い実質金利を継続していくことになる。
5.インフレが早期の先進国の政策の引き締めを誘発することは杞憂で、経済動向対比で緩和的な政策が継続。グローバル/デフレの一原因であったユーロ圏の国際経常収支の黒字は縮小。一方、中国はインフレを抑制するため、デジタル投資の更なる拡大で生産性を上昇させようとする。また、国家資本主義国が大きな影響を持つ国際商品市況を、元高を容認しつつ押し上げ、先進国にもインフレの脅威を感じさせようとする。
6.米国は財政拡大を背景とする国際経常収支の赤字でグローバルなドル供給を増やす一方で、ドル高を容認し、ドル覇権とインフレ耐性で対抗。 FEDは、開始時期にかかわらず緩慢なペースの利上げで、景気・物価動向に対してビハインド・ザ・カーブになる。米国は長期のインフレ期待上昇を容認し、イールドカーブのスティープ化でドルを支える。タームプレミアムの上昇も容認するかもしれない。その経済への負担は、第四次産業革命での生産性の向上と、中国との対立を有利に進めることで軽減。
7.玉石混交のデジタル投資はグローバルに拡大し、総需要を押し上げ、景気拡大とともにインフレは進行し、リスク資産価格も上昇するだろう。デジタル投資の一部は非効率なものであろうから、いずれ投資が生産性と収益力の向上に本当につながっているのかの判断が必要。生産性と収益力が向上していれば、インフレは高位で安定化して、リスク資産価格の上昇は継続。向上していなければバブルだと判断され、インフレの加速に対処するための政策の引き締めで、リスク資産価格は崩落するリスク。
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岡三証券チーフエコノミスト
会田卓司
岡三証券エコノミスト
田 未来