シンカー:第四次産業革命などを背景に企業の投資行動が活性化し、企業貯蓄率が低下するとともに、緩和的な財政スタンスを維持していても、景気拡大による税収の自然増などで財政収支が改善していく。異常なプラスで総需要を破壊する力となっている企業貯蓄率の1ptの低下に対して、財政収支が1ptの改善となるペースであれば、企業貯蓄率と財政収支の合計であるネットの資金需要はGDP比−5%程度で安定化し、市中のマネーの拡大・縮小を左右するリフレ・サイクルが強いままで財政が再建に向かっていくことになる。緩和的な財政スタンスを辛抱強く維持していれば、企業活動の活性化で企業貯蓄率が−5%程度まで低下し、財政収支は0%に戻り、望ましい水準のネットの資金需要のすべてが企業によって生まれる形になることだろう。これが望ましいデフレ脱却と財政再建の形だ。リスクは、2025年度の基礎的財政収支黒字化の従来の目標が変更されていないことだ。これまでの財政拡大の反動で、財政赤字と財政負債の大きさをまた単純に懸念し、民間経済が新型コロナウィルス問題による打撃からまだ完全に立ち直ってない状態で、早急な黒字化を目指す財政緊縮が行われれば、ネットの資金需要はまた消滅してしまう。リフレ・サイクルの腰折れと景気悪化で企業貯蓄率は再度上昇し、総需要を破壊する力が強くなり、デフレ脱却に失敗し、財政の状態は更に悪化してしまうだろう。第四次産業革命などで日本の企業は遅れをとり、イノベーションが停滞することで生産性の上昇の機会を逸してしまう。進行中の高齢化の負担を考えれば、痛恨の一撃となる。
市中のマネーの拡大・縮小を左右するリフレ・サイクルを左右するネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支、4四半期平均、GDP比率、マイナスが強い)を0%に誘導するかのような緊縮的な財政政策で、1999年から2020まで、合計で名目GDPは182兆円程度も失われたことになる(7月14日のアンダースロー「これまでの緊縮財政で180兆円程度のGDP損失」を参照)。マネーを膨らませることができる管理通貨制の利点を活かし、財政拡大でネットの資金需要を十分に確保し、総需要を生み出す力、資金が循環し経済と市中のマネーが拡大する力、家計に所得が回る力を維持するという発想が欠けていた。しっかりとした経済成長を維持するため、企業の支出が弱くてマイナスであるべき企業貯蓄率が異常なプラスとなることで総需要を破壊する力になっているのであれば、政府の支出の拡大でオフセットする必要がある。しかし、財政収支を気にするあまり、プライマリーバランス黒字化を拙速に目指すなど、ネットの資金需要を0%で安定させる金本位制のような財政運営で、スタンスが緊縮になりすぎる失政となり、国民の大きな負担になってしまったと考えられる。
デフレ完全脱却のためには、リフレ・サイクルを活性化し続けるため、GDP比−5%程度に誘導するような緩和的な財政政策スタンスに変化すべきであった。まだデフレ期待が経済とマーケットに完全にロックインする前の2000年代前半にリフレ・サイクルを押し上げて名目GDPの拡大基調を維持できていれば、企業の投資行動を活性化することができたはずだ。投資活動を促進するためには、投資が報われやすくなる景気が少々加熱した高圧経済と、それに伴う企業活動を刺激する株価の上昇が必要だからだ。
企業の投資行動が活性化し、企業貯蓄率が低下するとともに、緩和的な財政スタンスを維持していても、景気拡大による税収の自然増などで財政収支が改善していく。異常なプラスで総需要を破壊する力となっている企業貯蓄率の1ptの低下に対して、財政収支が1ptの改善となるペースであれば、企業貯蓄率と財政収支の合計であるネットの資金需要はGDP比−5%程度で安定化し、リフレ・サイクルが強いままで財政が再建に向かっていくことになる。緩和的な財政スタンスを辛抱強く維持していれば、企業活動の活性化で企業貯蓄率が−5%程度まで低下し、財政収支は0%に戻り、望ましい水準のネットの資金需要のすべてが企業によって生まれる形になることだろう。これが望ましいデフレ脱却と財政再建の形で、2000年代前半にこの形になっていれば、既にデフレ脱却と財政再建の両目的は果たせていただろう。
まだチャンスはある。第四次産業革命を背景としたAI・IoT・ロボティクスを含む技術革新、デジタルトランスフォーメーションという新しいビジネスモデル、遅れていた中小企業のIT投資、脱炭素への取り組み、老朽化の進んだ構造物の建て替え、都市再生、研究開発、そしてウィルス問題後の新常態への適応などの投資テーマが、コロナショック下でのIT技術の活用の経験もイノベーションを促進し、設備投資サイクルを押し上げ、企業貯蓄率が低下していくことが見込まれる。企業貯蓄率がマイナスの正常な状態に戻れば、総需要を破壊する力がなくなり、デフレ脱却となる。望ましい財政再建の形になるためには、企業貯蓄率の低下の速度に合わせながら財政収支を緩やかに改善させ、ネットの資金需要をこれまでの0%ではなく—5%に安定化させるような緩和的な財政スタンスがまだ必要であると考えられる。
リスクは、2025年度の基礎的財政収支黒字化の従来の目標が変更されていないことだ。これまでの財政拡大の反動で、財政赤字と財政負債の大きさをまた単純に懸念し、民間経済が新型コロナウィルス問題による打撃からまだ完全に立ち直ってない状態で、早急な黒字化を目指す財政緊縮が行われれば、ネットの資金需要はまた消滅してしまう。リフレ・サイクルの腰折れと景気悪化で企業貯蓄率は再度上昇し、総需要を破壊する力が強くなり、デフレ脱却に失敗してしまうだろう。第四次産業革命や脱炭素で日本の企業は遅れをとり、イノベーションが停滞することで生産性の上昇の機会を逸してしまう。進行中の高齢化の負担を考えれば、痛恨の一撃となる。
以前の復興税のようなコロナ増税や、再度の消費税率引き上げなどをすれば、1ptの企業貯蓄率の低下に対して、財政収支は数ptも改善し、ネットの資金需要は消滅して、また経済に極めて大きなダメージを与えることになる。企業貯蓄率が異常なプラスで過剰貯蓄と総需要不足の状態で、緊縮財政で無理やり黒字化させようとし、ネットの資金需要が消滅し、リフレ・サイクルが腰折れ、デフレ脱却に失敗し、景気悪化で財政の状態が更に悪化してしまったこれまでの間違いは反省すべきだろう。その失敗のツケを回された家計はもう限界にきている。
図1:リフレ・サイクルを示すネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)
図2:コア消費者物価指数(除く生鮮食品・消費税)と企業貯蓄率
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岡三証券チーフエコノミスト
会田卓司
岡三証券エコノミスト
田 未来