シンカー:異常なプラスの企業貯蓄率が総需要を破壊する力となっても、財政政策により政府の支出が拡大すれば、その負の力をオフセットすることができる。財政支出の拡大による財政収支の赤字は物価を押し上げていく。2013年の大規模金融緩和後、企業貯蓄率の平均は+3.0%である。この期間の財政赤字の平均はわずかに−3.9%である。このような過小な財政支出では、モデルでは物価は+0.5%程度しか上昇しないことになる。デフレではない状態となるには十分だが、政府・日銀の物価上昇率の目標である+2%に達するためには財政支出が圧倒的に不足していたことがわかる。または、消費税率や社会保険料の引き上げが押し下げ圧力になってしまったと言える。2%の物価目標が未達なのは、日銀の責任ではなく、政府の緊縮財政に責任がありそうだ。物価目標の達成に加えて、新型コロナウィルス問題から経済が立ち直るためにも、更なる財政拡大が必要だ。日本の物価動向だけではなく、株式市場が弱いのも、新型コロナウィルスの感染拡大がまだ懸念される中、家計・企業支援の財政拡大が不十分であることが原因であろう。市場心理を好転させるためには、秋の衆議院選挙に向けて、政府が大規模な経済対策を決める必要がある。財政拡大が不十分であれば、日米のインフレ格差が原因で、大きな円高圧力が生まれるリスクがある。

会田卓司,アンダースロー
(画像=PIXTA)

6月のコア消費者物価指数(除く生鮮食品)は前年同月比+0.2%となった。5月の同+0.1%に続き、2か月連続の上昇となった。上昇幅が拡大したのはエネルギー価格の上昇の影響がある。一方、新型コロナウィルス問題などにより昨年に極めて大きな下押し圧力を受けた対面サービスの価格に持ち直しの動きがみられる。しかし、まだ緊急事態宣言下にあり、対面サービスのビジネスの厳しい状況は続いている。新型コロナウィルス問題の長期化で、値下げができるほどの企業の体力はなくなってきており、供給の減退で、コア消費者物価は落ちにくくなっているとみられる。

バブル崩壊後、企業にとっては投資よりもリストラなどによるコスト削減が重要であった。賃金が減少し、家計も苦しくなった。普通の経済では、企業は事業を展開するために資金を調達する。企業が資金を借り入れることは、貯蓄率ではマイナス(資金需要があること)だ。しかし日本では、企業が家計と同じように支出を抑えて貯蓄に励み、デレバレッジとして借金を返済し続け、貯蓄率は異常なプラス(資金需要がないこと)になってしまった。普通はしない部門が貯蓄をして何も使わないのであれば、支出が減り、国内の総需要に下押し圧力がかかってしまう。その結果、1990年前後のバブル崩壊後、日本経済は国内の総需要の弱さとデフレに苦しんできた。

コア消費者物価指数(前年同期比、四半期)の動きは、企業貯蓄率(4四半期ラグ)に加え、財政収支(6四半期ラグ)、輸入物価(1四半期ラグ)、ドル・円(12四半期ラグ)、ダミー変数(消費税など)でうまく説明できることがわかった。異常なプラスの企業貯蓄率が総需要を破壊する力として、物価を押し下げてきたことが分かる。ウィルス問題下では、信用サイクルと設備投資サイクルが持ちこたえているため(5月13・14日のアンダースロー)、企業貯蓄率はあまり上昇せず、総需要を破壊する力が強くならなかったのが、デフレ圧力の抑制につながったとみられる。

コア消費者物価指数(前年同期比)=−1.3−0.3 企業貯蓄率(4期ラグ)−0.2 財政収支(6期ラグ)+0.04 輸入物価(1期ラグ)+0.02 ドル・円(12期ラグ)+2.5 ダミー(消費税など);R2=0.85

異常なプラスの企業貯蓄率が総需要を破壊する力となっても、財政政策により政府の支出が拡大すれば、その負の力をオフセットすることができる。財政支出の拡大による財政収支の赤字は物価を押し上げていく。2021年1−3月期の企業貯蓄率は+3.7%(4四半期平均、GDP比率)となっている。輸入物価に変化がなく、ドル・円が105円であったとする。政府・日銀の物価上昇率の目標である+2%に達するためには、財政収支が−13%程度の赤字になるほどの政府の支出の拡大が必要であることになる。

2021年1−3月期の財政収支は−9.9%(4四半期平均、GDP比率)の赤字になっている。一人当たり10万円の給付金や企業への支援金などの新型コロナウィルス問題への対処で支出が膨らんだ結果だ。しかし、まだGDP比率で3%(15兆円)程度も支出が足りない。一人当たり10万円の給付金や企業への支援金を再び実施した上で、低所得層や飲食・宿泊業などの感染防止の負担が偏って大きくなっているところへの支援を充実させる必要がある。

2013年の大規模金融緩和後、企業貯蓄率の平均は+3.0%である。この期間の財政赤字の平均はわずかに−3.9%である。このような過小な財政支出では、モデルでは物価は+0.5%程度しか上昇しないことになる。デフレではない状態となるには十分だが、政府・日銀の物価上昇率の目標である+2%に達するためには財政支出が圧倒的に不足していたことがわかる。または、消費税率や社会保険料の引き上げが押し下げ圧力になってしまったと言える。2%の物価目標が未達なのは、日銀の責任ではなく、政府の緊縮財政に責任がありそうだ。

物価目標の達成に加えて、新型コロナウィルス問題から経済が立ち直るためにも、更なる財政拡大が必要だ。日本の物価動向だけではなく、株式市場が弱いのも、新型コロナウィルスの感染拡大がまだ懸念される中、家計・企業支援の財政拡大が不十分であることが原因であろう。市場心理を好転させるためには、秋の衆議院選挙に向けて、政府が大規模な経済対策を決める必要がある。財政拡大が不十分であれば、日米のインフレ格差が原因で、大きな円高圧力が生まれるリスクがある。

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岡三証券チーフエコノミスト
会田卓司

岡三証券エコノミスト
田 未来