シンカー:大きな財政赤字が継続していても、金利の高騰や財政破綻とならない理由は、企業貯蓄率が異常なプラスで、財政収支と企業貯蓄率の和であるネットの資金需要が弱いからだ。ネットの資金需要がかなり強くなり、長期金利に上昇圧力がかかっても、日銀がコントロールできれば安定を続けることができる。ネットの資金需要がGDP対比1%拡大しても、ほぼ同額を日銀が国債買いオペなどで流動性供給すれば、長期金利の上昇圧力は抑え込むことができるようだ。そして、イールドカーブコントロールは長期金利に0.4%の下押し圧力をかけていることになる。ネットの資金需要が強くても、日銀はパーフェクトコントロールできており、流動性供給を増やすなどして、長期金利を抑え込むことは可能なようだ。財政赤字の拡大のみによる財政破綻や金利の高騰は杞憂であり、市中のマネーの拡大・縮小を左右するネットの資金需要をしっかりとした大きさで安定させるマネジメントが必要である。更に、日銀の金融政策の力もある。日本には財政拡大余地はまだ十分あると考えられる。脱炭素や第四次産業革命などで、時代は大きく変わっている。すべてが急変している今日、財政収支の均衡や低い物価上昇率に拘る考え方や使い古された手法はもはや通用しないのかもしれない。新しい機会と問題に取り組むための、新しい考え方が必要なのだろう。古臭い拘りから脱し、高めの物価上昇率と財政赤字を容認しながらの経済政策で成長率を促進し、民間と公共を合わせた投資水準を引き上げられた国が勝ち組になるのだろう。

会田卓司,アンダースロー
(画像=PIXTA)

長期金利(10年金利)の動きは、企業と政府の資金需要の合計でもあるネットの資金需要が左右していると考えられる。基軸通貨である米ドルの長期金利をアンカーとして、米国の10-30年金利差も影響を与える。両要因の基調の動きに、日銀の金融政策要因(コールレート、国債買い入れ、イールドカーブコントロール、信用サイクル)などが加わり、長期金利が決定すると考えられる(7月27日のアンダースロー「長期金利はこのように決まる」を参照)。

10年金利=-0.6 + 0.5 コールレート + 0.4 米10年金利 + 0.6 米10-30年金利差 + 0.01 短観中小企業貸出態度DI - 0.08 ネットの資金需要 - 0.09 日銀当預GDP比(前年差) - 0.4 YCCダミー + 0.5 アップダミー - 0.4 ダウンダミー; R2=0.99

大きな財政赤字が継続していても、金利の高騰や財政破綻とならない理由は、企業貯蓄率が異常なプラスで、財政収支と企業貯蓄率の和であるネットの資金需要が弱いからだ。財政赤字だけをみていても、長期金利の動向は理解できないことになる。民間の資金需要の動きも総合的にみないといけない。民間の過剰貯蓄が財政収支をファイナンスする力となるからだ。民間の過剰貯蓄が縮小していけば、長期金利には上昇圧力がかかる。民間の過剰貯蓄の縮小は、総需要を破壊する力が小さくなることを意味し、景気回復が税収を増加させる。企業貯蓄率の低下と財政収支の改善がバランスすると、ネットの資金需要に変化はなく、民間の過剰貯蓄の縮小がすぐに長期金利の上昇につながるわけでもない。

ネットの資金需要がかなり強くなり、長期金利に上昇圧力がかかっても、日銀がコントロールできれば安定を続けることができる。ネットの資金需要の係数は0.08であり、日銀当座預金残高の前年からの変化の係数は0.09であり、ほとんど同じである。ネットの資金需要がGDP対比1%拡大しても、ほぼ同額を日銀が国債買いオペなどで流動性供給すれば、長期金利の上昇圧力は抑え込むことができるようだ。そして、イールドカーブコントロールのダミー変数(マイナス金利導入から、イールドカーブコントロールの開始を経て、現在まで1を置く)の係数は0.4となっている。イールドカーブコントロールは長期金利に0.4%の下押し圧力をかけていることになる。財政赤字が大きくても、ネットの資金需要が弱ければ、長期金利は上昇しない。そして、ネットの資金需要が強くても、日銀はパーフェクトコントロールできており、流動性供給を増やすなどして、長期金利を抑え込むことは可能なようだ。

新型コロナウィルス問題に対処する財政拡大で、2021年1-3月期には市中のマネーが拡大する力を示すネットの資金需要は-6.2%まで拡大している。デフレ完全脱却のためには、リフレ・サイクルを活性化し続けるため、GDP比-5%程度に誘導するような緩和的な財政政策スタンスに変化すべきだろう。言い換えれば、これまでのネットの資金需要を0%に誘導する水準と比較し、5%(25兆円程度)程度の恒常的な財政支出拡大余地があることになる。現在はその余地は新型コロナウィルス問題の対策に使っている。終息後は、その余地を、教育・科学技術・インフラへの投資、デジタルトランスフォーメーションや脱炭素などの促進、家計支援(子育て支援、ベーシックインカムなど)、そして医療福祉の拡充などに向けていくべきだろう。

財政赤字の拡大のみによる財政破綻や金利の高騰は杞憂であり、市中のマネーの拡大・縮小を左右するネットの資金需要をしっかりとした大きさで安定させるマネジメントが必要である。更に、日銀の金融政策の力もある。日本には財政拡大余地はまだ十分あると考えられる。脱炭素や第四次産業革命などで、時代は大きく変わっている。すべてが急変している今日、財政収支の均衡や低い物価上昇率に拘る考え方や使い古された手法はもはや通用しないのかもしれない。新しい機会と問題に取り組むための、新しい考え方が必要なのだろう。古臭い拘りから脱し、高めの物価上昇率と財政赤字を容認しながらの経済政策で成長率を促進し、民間と公共を合わせた投資水準を引き上げられた国が勝ち組になるのだろう。

図:リフレ・サイクルを示すネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)

リフレ・サイクルを示すネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)
(画像=内閣府、日銀、岡三証券 作成:岡三証券)

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岡三証券チーフエコノミスト
会田卓司

岡三証券エコノミスト
田 未来