シンカー:9月5日にオリンピック・パラリンピックが閉幕すると、9月末の自民党総裁の任期満了、10月21日の衆議院の任期満了と、政治スケジュールが詰まっている。新型コロナウィルスの感染は抑制しきれておらず、民間経済が疲弊していく中で菅政権の対応は後手に回り、内閣支持率が低迷している。秋までのタイミングで、新たな大規模な経済対策が計画され、政権の求心力を維持しようとするだろう。これらが組み合わされる主なシナリオを考える。そして、経済対策の規模感と内容について考察する。
メインシナリオ(自民党で単独過半数)
条件:オリンピック・パラリンピックが成功し、新型コロナウィルスの感染も抑制され、菅内閣の支持率が持ち直す。
8月8日のオリンピック終了後、8月16日に緊急事態宣言下の4-6月期のGDPが弱いことを確認し、新型コロナウィルスに関する新たな対策と終息後を見越した経済成長促進策を含む経済対策を発表する。
世論調査の結果を確認し、9月5日のパラリンピック終了後に、経済対策の是非を争点に衆議院を解散する。
消費税率引き下げなどでの野党共闘の中でも、自民党会派は過半数(465議席中233)を上回る議席を獲得する(連立与党では安定多数261)。
(サブシナリオとして、衆議院選挙の前に大規模な経済対策の補正予算を臨時国会を開いて成立させることができれば、議席の上積みが期待できるだろう。)
衆議院選挙で自民党会派が現在の277議席から大きく減少した責任で、菅総裁の求心力はやや低下する。
選挙後の新内閣発足では、自民党内での不満の解消に努める。
10月に臨時国会を開き、経済対策の補正予算を成立させる。
先送りされた自民党総裁選は、衆議院選挙での国民の信認を背景に無投票で菅総裁の継続が決まる。
1月に開かれる通常国会で自民党内の要望を多く盛り込む形の更なる経済対策の補正予算を成立させ、政権の求心力を強くし、景気回復に勢いを付けることで夏の参議院選挙に臨む。
リスクシナリオ(連立与党で単独過半数)
条件:オリンピック・パラリンピック中に新型コロナウィルスの感染拡大の歯止めがかからず、菅内閣の支持率が更に低下する。
8月はオリンピック・パラリンピック中の新型コロナウィルス感染拡大の抑止に追われ、政策論争の余裕はなく、政府予算の予備費の活用で対応する。
9月のパラリンピック終了後に感染拡大や経済の状況を見て、払底した予備費の拡充を含め、新型コロナウィルス感染拡大防止策と企業・家計支援の経済対策を発表する。
臨時国会を開き、経済対策の補正予算を成立させ、支持率の持ち直しを目指す。
9月下旬の自民党総裁選は投票の結果、菅総裁の継続が決まるが、候補間の支持の分裂で、菅総裁の求心力は低下する。
10月21日の衆議院の任期満了にともなう衆議院選挙で、消費税率引き下げなどでの野党共闘の前に苦戦し、連立与党(現在306議席)は過半数(465議席中233)を若干上回る議席獲得にとどまる。
2022年の夏の参議院選挙では菅内閣の下では戦えないという意見が自民党内に徐々に広がる。 選挙後の新内閣発足では、自民党内で菅政権と距離をおくグループの巻き返しがあり、レームダック化のリスクが大きくなる。
1月に開かれる通常国会で、新型コロナウィルス感染拡大によって先送りされた経済成長促進策を含む経済対策の補正予算を成立させるが、後手の対応と国会での野党との厳しい論戦により支持率の回復は見込めない。
経済対策のポイント(追加真水は13兆円程度か)
追加真水の量としては、昨年の一人10万円の給付金の予算額(13兆円程度)と同程度のものを確保できるかが焦点。
民間の資金や融資枠などを合わせた経済対策の規模としては野党が要求している30兆円程度。
補正を含む2020年度の予算の使い残し30兆円程度の多くの部分を企業と家計への支援に組みなおした場合、経済対策の規模は膨れる。
来年の1月の通常国会では、組みなおしたのと同額の景気促進策を用意する補正予算が必要になる。
マーケットは追加真水で5兆円程度の経済対策が行われることを織り込んでいるとみられる。 それ以上の規模となればポジティブ。
マクロ・サイクルのポイント
①財政支出の十分な拡大により、市中のマネーの拡大・縮小を左右するリフレ・サイクルを示すネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)が現在のGDP比-5%程度の強さを維持できる安心感につながるか?
②十分な企業支援が実施されて、民間の信用が拡大できる環境を左右する信用サイクルを示す日銀短観中小企業金融機関貸出態度DIが+20程度の安定を継続できるか?
③設備投資サイクルを示す実質設備投資のGDP比が、バブル崩壊後の17%弱の天井を打ち破り、企業の期待成長率・収益率の上振れをともなう転換点になることにつながるような投資促進策が第四次産業革命や脱炭素などを背景に出せるか?
経済対策の候補(再度の給付金や減税が実施されればサプライズ)
中小企業への支援:緊急事態宣言の休業対象である酒類事業者などを支援。賃上げ促進のため、「事業再構築補助金」を拡充。
教育・科学技術・インフラ投資:本年度中に運用開始する大学ファンドの規模を拡大。
家計支援(子育て支援):子ども庁創設、子ども・子育て支援の拡充。幼稚園・保育所一元化を目玉政策に。出産費用助成の拡充。高校生の医療費の無償化。大学・専門学校等においてデータサイエンス教育の拡充。非正規雇用から正規雇用への労働移動の支援。
成長戦略:先端半導体の設計や製造技術の開発を、研究開発基金などで積極的に支援することや、先端半導体の生産拠点の日本への立地を推進して、確実な供給体制の構築。
脱炭素:再生可能エネルギーの主力電源化を徹底、国民負担の抑制と地域共生を図りながら支援。急速充電設備の設置による電気自動車の普及拡大。
デジタルトランスフォーメーション:5G整備計画を税制支援も通じて加速。データセンターの国内立地・新規拠点整備。
サイバーセキュリティ:サイバー攻撃に対応する技術開発、人材育成、産学官連携拠点の形成。 企業支援:事業継続や事業再構築を支援したり、企業の財務基盤強化のため、資本性資金の供給や優先株の引き受けを更に推進。雇用調整助成金等の特例措置の継続や拡充。飲食・宿泊業などへの支援金の拡充。
サプライズ:大規模なこども手当や全国民への再度の給付金の実施。復興税の廃止。大幅な所得税の定率減税。消費税率引き下げ。
図1:リフレ・サイクルを示すネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)
図2:信用サイクルを示す日銀短観中小企業金融機関貸出態度DIと失業率
図3:設備投資サイクルを示す実質設備投資GDP比
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岡三証券チーフエコノミスト
会田卓司
岡三証券エコノミスト
田 未来