シンカー:米国のネットの資金需要が過剰で、市中のマネーの拡大・縮小を左右するリフレ・サイクルが強くなりすぎているのか、株価も押し上げられすぎているのか疑問があるようだ。ネットの資金需要の拡大によるリフレ・サイクルの上振れが過剰な総需要につながっているかは、国際経常収支の赤字が拡大しているかどうかで判断ができる。ネットの資金需要の拡大が、家計貯蓄率の上昇につながらなかった分が、総需要の追加的な拡大となり、貯蓄・投資バランスとして、国際経常収支の赤字の拡大になるからだ。資金循環統計ベースの米国の国際経常収支の赤字は、新型コロナウィルス感染拡大前の2019年10-12月からの2021年1−3月期までで、−1.0%から−3.9%へ拡大した。しかし、グローバル・ディスインフレ前の2000年台の平均の−3.2%とまだあまり変わらない水準だ。米国の経済政策はまだ過剰ではないとみられる。2022年には経済正常化で、家計と企業の貯蓄率が低下するとみられ、国際経常収支の赤字は拡大していき、総需要の拡大を示すだろう。米国を中心とする自由資本主義国が、中国を中心とする国家資本主義国との対立を有利にするため、国家戦略としてインフレ環境を望むという視点もある。財政拡大でネットの資金需要を拡大したまま、リフレ・サイクルの強さを維持し、総需要をしっかり拡大してこれまでのグローバル・ディスインフレからグローバル・インフレへの転換が図られるだろう。国際経常収支の赤字が再び—5%を超える程度の総需要の拡大までは、米国の政策当局は許容する可能性がある。グローバルなドル供給も増加し、グローバル・インフレへの転換が促進されるだろう。インフレが経済・物価・マーケット動向を抑制するFEDの金融政策の早期の引き締めを誘発することは杞憂だろう。少々の利上げでは、設備投資サイクルが上振れながらの景気拡大とともに、FEDが経済動向に対して「ビハインド・ザ・カーブ」である状況に変化はなく、金融政策は緩和的な状況が続くだろう。

会田卓司,アンダースロー
(画像=PIXTA)

市中のマネーの拡大・縮小を左右するリフレ・サイクルの上振れには、政府と企業の支出の拡大が必要になる。企業貯蓄率と財政収支の合計であるネットの資金需要(GDP比、マイナスが強い)が、市中のマネーの拡大・縮小を左右するリフレ・サイクルをきれいに示す。日米ともに財政拡大でネットの資金需要が拡大し、リフレ・サイクルが上向いたことで、株価が実体経済を引き離して上昇していき、物価にも上昇圧力がかかった。新型コロナウィルス感染拡大前の2019年10-12月からの2021年1−3月期までで、ネットの資金需要は日本で+0.2%から−6.2%へ消滅した状態から復活し、米国で−8.0%から−17.5%へ倍増している。新型コロナウィルス問題などへの対処と、経済正常化後の経済成長促進策を含め、米国の政策当局は強い経済政策を推進している。

米国は、バイデン政権の始動で、追加の財政拡大が計画され、米国のネットの資金需要は更に拡大し、リフレ・サイクルが更に強くなる期待が高まってきた。日本は、政府が予算の予備費をすべて取り崩し、新たな補正予算を編成して、財政支出の拡大で家計・企業を支援することにまだ及び腰だ。日本はリフレ・サイクルが弱体化するリスクがある。米国は財政拡大に積極的で、日本は消極的であり、日米のリフレ・サイクルの方向感の違いがあるため、ここまでの株価のパフォーマンスに違いが出るのは明らかだ。

米国のネットの資金需要が過剰で、リフレ・サイクルが強くなりすぎているのか、株価も押し上げられすぎているのか疑問があるようだ。ネットの資金需要が拡大しても、家計貯蓄率が大きく上昇していれば、市中のマネーの拡大力は弱くなってしまう。米国の家計貯蓄率は、新型コロナウィルス感染拡大前の2019年10-12月からの2021年1−3月期までで、+7.0%から+13.6%へ大きく上昇している。ネットの資金需要の拡大によるリフレ・サイクルの上振れが過剰な総需要につながっているかは、国際経常収支の赤字が拡大しているかどうかで判断ができる。ネットの資金需要の拡大が、家計貯蓄率の上昇につながらなかった分が、総需要の追加的な拡大となり、貯蓄・投資バランスとして、国際経常収支の赤字の拡大になるからだ。

IS ( 貯蓄・投資 ) バランス : 家計貯蓄率 + 企業貯蓄率 + 政府貯蓄率 ( 財政収支 ) − 国際経常収支 = 0

資金循環統計ベースの米国の国際経常収支の赤字は、新型コロナウィルス感染拡大前の2019年10-12月からの2021年1−3月期までで、−1.0%から−3.9%へ拡大した。米国の総需要の回復を表している。しかし、グローバル・ディスインフレ前の2000年台の平均の−3.2%とまだあまり変わらない水準だ。米国の経済政策はまだ過剰ではないとみられる。2010年代は−2.0%と小さく、米国の経常赤字の縮小が、グローバルに総需要の不足と、ドル供給の減退につながり、グローバル・ディスインフレの一つの原因になっていた。2000年以降の平均を超えてきたことが、グローバル・ディスインフレからグローバル・インフレへの変化を表していると考えられる。

2000年代後半には、住宅バブルにより、ホームエクイティローンのキャッシュアウトなどで、家計貯蓄率が異常なマイナスとなり、過剰な総需要が国際経常収支の赤字を−5%台後半まで拡大させていた。バブル警戒により、FEDの金融政策の引き締めは徐々に強くなっていった。今回はまだ3%台であり、家計貯蓄率は大きなプラス、そして企業貯蓄率も+1%程度とマイナスであるべきものがデレバレッジ・リストラなどで異常なプラスになってしまっている。FEDが金融政策の引き締めを急ぐ状況ではないと考えらえる。

2021年には、新型コロナウィルス問題の終息への動きの中で経済活動が正常化し、消費の拡大とともに、家計の貯蓄率は低下していくとみられる。これまでの新たなデジタル・テクノロジーなどの発展のモーメンタムなどを背景に、コロナショック下でのIT技術の活用の経験がイノベーションを促進し、第四次産業革命や脱炭素などの投資テーマで投資活動が活性化することで設備投資サイクルが上振れ、企業貯蓄率も低下するだろう。財政収支の改善によるネットの資金需要の縮小があっても、国際経常収支の赤字は拡大していき、総需要の拡大を示すだろう。財政収支の改善による「財政の崖」の心配はないことになる。

第四次産業革命を支えるインフラ整備と格差是正の財政拡大、脱炭素を推進するための良好な経済環境の維持、そして膨張した負債構造の安定化のため、先進国の政策当局はこれまでよりもインフレを許容していくことになるとみられる。米国を中心とする自由資本主義国が、中国を中心とする国家資本主義国との対立を有利にするため、国家戦略としてインフレ環境を望むという視点もある。財政拡大でネットの資金需要を拡大したまま、リフレ・サイクルの強さを維持し、総需要をしっかり拡大してこれまでのグローバル・ディスインフレからグローバル・インフレへの転換が図られるだろう。

国際経常収支の赤字が再び—5%を超える程度の総需要の拡大までは、米国の政策当局は許容する可能性がある。今回は、企業と家計の民間部門には大きなひずみはみられないため、バブルに至った2000年代後半より、政策当局の許容度は大きいだろう。グローバルなドル供給も増加し、グローバル・インフレへの転換が促進されるだろう。インフレが経済・物価・マーケット動向を抑制するFEDの金融政策の早期の引き締めを誘発することは杞憂だろう。テーパリングや少々の利上げでアクセルは緩めても、ブレーキをかけることはなく、あくまで足はアクセルの上にある形となろう。少々の利上げでは、設備投資サイクルが上振れながらの景気拡大とともに、FEDが経済動向に対して「ビハインド・ザ・カーブ」である状況に変化はなく、金融政策は緩和的な状況が続くだろう。

図1:米国のネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)

米国のネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)
(画像=BEA、 FRB、岡三証券 作成:岡三証券)

図2:米国の国際経常収支と家計貯蓄率

米国の国際経常収支と家計貯蓄率
(画像=EA、 FRB、岡三証券 作成:岡三証券)

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岡三証券チーフエコノミスト
会田卓司

岡三証券エコノミスト
田 未来