シンカー:新型コロナウィルスの感染が抑制できていない。緊急事態宣言も地域が拡大され、9月12日まで延長された。オリンピックの実施は菅内閣の支持率の持ち直しにつながらず、支持率は低迷したままである。今後、9月末の自民党総裁の任期満了、10月21日の衆議院議員の任期満了と、政治スケジュールが詰まっている。8月4日のアンダースロー「経済対策と衆議院選挙のシナリオ」で提示した二つのシナリオでは、メインシナリオではなく、リスク・シナリオに近い形で動き始めているようだ。よって、全体をリスク方向に動かし、シナリオを書き換える。新たなメイン・シナリオは「菅内閣の維持には民意を反映した三度の経済対策が必要」となり、リスク・シナリオは「菅内閣退陣」となる。民間の信用が拡大できる環境なのかを示す信用サイクル(日銀中小企業金融機関貸出態度DI)と市中のマネーの拡大・縮小を左右するリフレ・サイクル(ネットの資金需要)は腰折れの危機にあり、経済とマーケットを支える力であった両サイクルを経済政策によって再強化することが急務になっている。感染状況自体よりも、苦しんでいる国民の声に応える経済対策の規模と質が、どちらのシナリオが実現するかを左右するだろう。給付金や減税などでサプライズを起こせるのかに注目したい。4−6月期の実質GDP前期比は若干のプラスになったが、テクニカルな要因で押し上げられた結果であると考えられる。緊急事態宣言も延長されて実体経済はまだかなり弱く、苦しんでいる国民を救うためにも経済対策が急務になっている。

会田卓司,アンダースロー
(画像=PIXTA)

9月12日までの緊急事態宣言下では、新型コロナウィルス感染拡大の抑止に追われ、政策論争の余裕はなく、政府予算の予備費の活用で対応する。
9月中旬に感染拡大や経済の状況を見て、新型コロナウィルス感染拡大防止策と家計・企業支援の経済対策を発表する。
9月下旬の自民党総裁選は投票の結果、菅総裁の継続が決まるが、候補間の支持の分裂で、菅総裁の求心力は低下する。
臨時国会を開き、経済対策の補正予算を成立させ、支持率の持ち直しを目指す。
10月21日の衆議院の任期満了の直前に国会を解散し、11月の衆議院選挙に突入する。

メイン・シナリオ(菅内閣の維持には民意を反映した三度の経済対策が必要)

経済対策の家計・企業支援が大規模で、菅内閣の支持率が下げ止まり、野党が共闘で足並みが揃わず、自民党会派(現在276議席)は過半数(465議席中233)を若干上回る議席を獲得する(連立与党では絶対安定多数261)。 自民党会派の議席が減少した責任で、菅総裁の求心力は更に低下する。
選挙後の新内閣発足では、人事で自民党内での不満の解消に努める。
ワクチン接種が進み、新型コロナウィルスの感染が抑制され始める。
1月に開かれる通常国会で、新型コロナウィルス感染拡大によって先送りされた経済成長促進策を含む経済対策の補正予算を成立させ、菅内閣の支持率の持ち直しを図る。
過去最大であった2021年度を上回る、拡張的な2022年度の本予算を3月に成立させる。
感染抑制や経済の状況を見て、民意を反映し、自民党と公明党の意見を最大に盛り込む形で、6月までに追加経済対策を実施する。
感染抑制と経済対策の効果の期待で、菅内閣の支持率が持ち直し、夏の参議院選挙では、非改選議席を含め、連立与党(現在139議席)は過半数を(245議席中123)を上回る議席を獲得する。

リスク・シナリオ(菅内閣退陣)

感染が抑制できない中で、経済対策の家計・企業支援が小規模で、菅内閣の支持率が下げ止まらない。
消費税率引き下げなどを掲げる野党共闘の前に苦戦し、連立与党(現在305議席)は過半数(465議席中233)を上回る議席を獲得するが、自民党単独過半数は達成できない。
自民党会派の議席が大きく減少した責任で、菅総裁の求心力はなくなる。
衆参両院で公明党なしでは過半数を維持できなくなり、公明党の影響力が強くなるとともに、自民党内で菅内閣では来年夏の参議院選挙に勝利できないと退陣を要求する声が大きくなる。
自民党内のリフレ派(細田派や麻生派、アベノミクスを支持する当選回数が少ない議員など)や格差是正を掲げ始めた岸田派などの菅総裁と距離をおく勢力の意見を飲み込み、家計・企業支援の強化を含む財政の明確な拡大路線に転じ、2022年度の本予算に反映させる形で自民党内の不満を収めれば、二階幹事長を含む自民党役員人事の刷新のみで菅内閣が維持される。
財政拡大に消極的で、ワクチン接種の進捗のみに頼るスタンスを続け、年末までに感染が抑制できなければ、自民党内の参議院選挙に向けた危機感は肥大化し、1月の通常国会の冒頭で菅内閣は責任をとって退陣に追い込まれる。

経済対策のメニュー(サプライズを起こせるか?)

追加分と昨年度の予算の未消化分からの使途変更で30兆円程度の財政支出が確保できるか

昨年度の一人当たり10万円の給付金の予算額である13兆円程度を、追加分で上回れるか

中小企業への支援:緊急事態宣言の休業対象である酒類事業者などを支援。賃上げ促進のため、「事業再構築補助金」を拡充。
医療への支援:感染症対応の医療提供体制を強化し、病床が最大限活用される流れを確保。感染者急増時には、専門病床を一時的に増やす緊急時対応の構築。感染症患者を受け入れる医療機関への経営上の支援や病床確保の支援。
教育・科学技術・インフラ投資:本年度中に運用開始する大学ファンドの規模を拡大。
家計支援(子育て支援):子ども庁創設、子ども・子育て支援の拡充。幼稚園・保育所一元化を目玉政策に。出産費用助成の拡充。高校生の医療費の無償化。大学・専門学校等においてデータサイエンス教育の拡充。非正規雇用から正規雇用への労働移動の支援。
成長戦略:先端半導体の設計や製造技術の開発を、研究開発基金などで積極的に支援することや、先端半導体の生産拠点の日本への立地を推進して、確実な供給体制の構築。
脱炭素:再生可能エネルギーの主力電源化を徹底、国民負担の抑制と地域共生を図りながら支援。急速充電設備の設置による電気自動車の普及拡大。
デジタルトランスフォーメーション:5G整備計画を税制支援も通じて加速。データセンターの国内立地・新規拠点整備。
サイバーセキュリティ:サイバー攻撃に対応する技術開発、人材育成、産学官連携拠点の形成。
企業支援:事業継続や事業再構築を支援したり、企業の財務基盤強化のため、資本性資金の供給や優先株の引き受けを更に推進。雇用調整助成金等の特例措置の継続や拡充。飲食・宿泊業などへの支援金の拡充。
サプライズ:大規模なこども手当や全国民への再度の給付金の実施。復興税の廃止。大幅な所得税の定率減税。消費税率引き下げ。

図1:リフレ・サイクルを示すネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)

リフレ・サイクルを示すネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)
(画像=内閣府、日銀、岡三証券 作成:岡三証券)

図2:信用サイクルを示す日銀短観中小企業金融機関貸出態度DIと失業率

信用サイクルを示す日銀短観中小企業金融機関貸出態度DIと失業率
(画像=日銀、総務省 作成:岡三証券)

表:日本経済見通し

日本経済見通し
*寄与度**資金循環統計ベース(画像=内閣府、総務省、財務省、日銀、Refinitiv 、岡三証券 作成:岡三証券)

田キャノンの政策ウォッチ:4−6月期の実質GDPはテクニカルな要因で前期比プラスとなり実体は弱い

16日に公表された4-6月期のGDPは市場予想よりも強く、ポジティブサプライズだった。特に家計のサービス消費が大きく増加した。しかし今回の結果は実体よりも強い可能性が高い。GDPは速報性を保持するため、基礎統計を入手できない期間は補外推計して求める。例えば6月の値は欠落しているので4-5月の前年比で補外推計する。この補外推計が6月を実体よりも押し上げてしまい、4-6月期が強めに出てしまった。具体的には、1回目の緊急事態宣言は2020年4月7日から5月25日、3回目の緊急事態宣言は2021年4月25日から9月12日(予定)であり、今年の4月は前半は緊急事態宣言中ではなかったことからサービス消費が盛んであり、前年対比で大きく伸びた。補外推計する6月は4-5月の前年比を使用するが、2020年の6月は緊急事態宣言が明けた直後で盛り返し消費が盛んであったため、2021年6月の値は前年ベース効果と強い4-5月の前年比と合わせて強い結果となった。今年は4月から携帯各社が通信料が低廉プランを打ち出したことで通信料の支払いが増えたり、家計に分類される零細企業がITサービスを導入したことも、4-6月期の強いサービス消費と関係があると思われる。実質GDPが示す4−6月期の結果より、実体経済はかなり弱く、緊急事態宣言も延長され、苦しんでいる国民を救うための経済対策が急務になっている。

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岡三証券チーフエコノミスト
会田卓司

岡三証券エコノミスト
田 未来