街路樹が秋色に染まる頃、欧州は新学期や就職・転勤のシーズンを迎える。我が家もご多分にもれず「秋の新生活」に向けて2年間過ごしたオランダから慣れ親しんだ英国へ戻ることになった。家事や原稿執筆をこなしながら引越しの準備を進めているが、家のあちらこちらに積み上がった段ボール箱や半分解体されて哀れな姿になった家具、うっかり椅子をぶつけた時にできた柱の傷などを眺めていると、センチメンタルさと高揚感の入り混じった何とも形容しがたい感情がこみ上げてくる。不思議な感情ではあるが、筆者は嫌いではない。自他ともに認める「引越し魔」の筆者は、これまで同じ感情を何度も味わってきた。
だが、今回の引越しは一味も二味も違う。新型コロナウイルスの感染拡大で、引越し魔の筆者でさえ経験したことのないレベルで面倒なことになっている。まず、オランダから英国への入国はワクチン接種を完了した者も「陰性を証明する検査結果」と「入国後の再検査」が義務化されているほか、ワクチン未完了者は「2回の再検査」と「10日間の隔離」が必要だ。検査結果の有効期限等も考慮する必要があるため、荷造りや各種手続きに追われながらそちらにも時間と手間とお金をとられてしまう。しかも、状況次第で渡航ルールが変更される可能性もないとは言えない。その場合、さらなる時間と手間とお金をとられる恐れもある。引越し魔の筆者もさすがに困惑の連続だ。
引越しに限らず、新型コロナ禍における生活様式の変容に困惑し、不満を抱いている人は少なくないことだろう。「仕方のないことだ」と分かっていながらも、いつの間にか社会全体にフラストレーションが蔓延し、それが様々な形で噴出しているようにも感じられる。今年1月にはオランダで夜間外出禁止令に抗議するデモや暴動が発生したが、それも氷山の一角に過ぎないのだろう。最近では新型コロナウイルスのワクチン・ビジネスで利益を得たビリオネア(個人資産10億ドル以上の富裕層)や一部の国々による「ワクチン独占(Vaccine Monopoly)」に対する非難も高まっている。
今回は「ワクチン独占」の話題をお届けしよう。
新型コロナ、ワクチンは適正価格の5倍以上?
新薬開発には巨額の研究開発費が必要となる。このため一部では「製薬会社は儲からない」といった声もあるが、どうやら新型コロナウイルスのワクチンは例外のようだ。研究開発費の大部分は公的資金で賄われている上に市場規模は「全世界の人々」、しかも現時点でワクチンの選択肢は限られており、わずか数社の独占状態である。後段で述べる通り、ワクチン製薬業界から個人資産10億ドル以上を有するビリオネアが生まれているのも不思議なことではない。