シンカー:高齢化が更に進行すると、家計の貯蓄率が大きく低下し、国際経常収支は大きな赤字になり、国債が国内でファイナンスできなくなり、金利に大きな上昇圧力がかかるとともに、財政不安が引き起こされると言われる。高齢化に備えて、前倒しで財政再建をしなければいけないことの根拠になっている。ネットの資金需要と高齢化比率を前提にすれば、国際経常収支のシミュレーションをすることができる。市中のマネーがしっかり拡大するネットの資金需要の水準である-5%を前提にすると、高齢化が進行しても、国際経常収支は+0.4%程度の若干の黒字で安定化していき、杞憂に過ぎないことが分かる。これまで高齢化による財政赤字を過度に懸念し、恒常的なプラスとなっている企業貯蓄率が表す企業の支出の弱さに対して、政府の支出は過少であった。結果として、企業貯蓄率と財政収支の和であるネットの国内資金需要が消滅してしまっていた。国内の資金需要・総需要を生み出す力がなくなり、貨幣経済と市中のマネーが拡大できなくなってしまっていた。ネットの資金需要の消滅による市中のマネーが拡大する力の喪失で、物価下落、名目GDP縮小、円高という日本化が継続してしまえば、企業の投資意欲が更に衰えることである。そうなれば、投資による生産性の向上は見込めないため、推計式の定数が大きく下落し、将来の国際経常収支は赤字になってしまう可能性が高い。高齢化による財政赤字を過度に懸念し、コロナ増税や消費税率引き上げなど、高齢化の準備としての財政緊縮を前倒してしまうと、経済状況の悪化による投資不足で、生産性の向上の機会を逸し、将来的に大穴が空いてしまうことになる。

会田卓司,アンダースロー
(画像=PIXTA)

貯蓄投資バランス(資金循環統計ベース)では、家計貯蓄率と企業貯蓄率と財政収支の合計は必ず国際経常収支となる。企業貯蓄率と財政収支の合計であるネットの資金需要(GDP比、マイナスが強い)が、市中のマネーの拡大・縮小を左右するリフレ・サイクルを表す。貯蓄投資バランスは、企業貯蓄率と財政収支をまとめてネットの資金需要とすると、次のようになる。

貯蓄投資バランス:家計貯蓄率 + 企業貯蓄率 + 財政収支 = 国際経常収支

貯蓄投資バランス:家計貯蓄率 + ネットの資金需要 = 国際経常収支

図1:リフレ・サイクルを示すネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)

リフレ・サイクルを示すネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)
(画像=内閣府、日銀 作成:岡三証券)

ネットの資金需要が消滅すると、企業と政府の支出する力がなくなることを意味し、家計に十分な所得が回らなくなってしまう。一定の生活水準を維持しながらできる家計の貯蓄率は低下し、家計のファンダメンタルズは悪化していくことになる。高齢化は、貯蓄を取り崩して生活する人が増えるため、家計の貯蓄率を押し下げる要因となる。家計の貯蓄率は、ネットの資金需要と高齢化でうまく説明できることが分かっている。財政収支を含むネットの資金需要が変化すると、家計貯蓄率が連関して動くことになる。この家計貯蓄率の推計式を、貯蓄投資バランスに代入すると、財政収支を含むネットの資金需要と国際経常収支の関係が分かることになる。現在の国際経常収支の黒字は推計値を大きく上回っており、消費の低迷が内需の弱さとして黒字を押し上げ、デフレや円高の圧力になっている。

家計貯蓄率=4.6 -0.8 ネットの資金需要 - 0.08 高齢化比率; R2=0.96

4.6 +0.2 ネットの資金需要 - 0.08 高齢化比率=国際経常収支

図2:家計貯蓄率とネットの資金需要

家計貯蓄率とネットの資金需要
(画像=内閣府、日銀、岡三証券 作成:岡三証券)

ネットの資金需要と高齢化比率を前提にすれば、国際経常収支のシミュレーションをすることができる。高齢化が更に進行すると、家計の貯蓄率が大きく低下し、国際経常収支は赤字になり、国債が国内でファイナンスできなくなり、金利に大きな上昇圧力がかかるとともに、財政不安が引き起こされると言われる。高齢化に備えて、前倒しで財政再建をしなければいけないことの根拠になっている。現在30%程度である高齢化比率は更に上昇し、団塊ジュニアが高齢者になったところでピークとなり、2050年台以降は40%程度で安定するとみられる。

図3:高齢化比率

高齢化比率
(画像=INDB、国立社会保障・人口問題研究所 作成:岡三証券)

市中のマネーがしっかり拡大するネットの資金需要の水準である-5%を前提にすると、高齢化が進行しても、国際経常収支は+0.4%程度の若干の黒字で安定化していき、杞憂に過ぎないことがわかる。一方、市中のマネーが膨張するバブル期のようなネットの資金需要の水準である-10%を前提にすると、国際経常収支は-0.6%程度の若干の赤字で安定化していくことがわかった。まずは高齢化が更に進行しても、国際経常収支はなかなか赤字にならない。そして、かなり強い前提をおくことで赤字となるが、その規模は小さく、財政ファイナンスが不安定になるようなものではない。

これまで高齢化による財政赤字を過度に懸念し、恒常的なプラスとなっている企業貯蓄率が表す企業の支出の弱さに対して、政府の支出は過少であった。結果として、企業貯蓄率と財政収支の和であるネットの国内資金需要が消滅してしまっていた。国内の資金需要・総需要を生み出す力がなくなり、貨幣経済と市中のマネーが拡大できなくなってしまっていた。ネットの資金需要の消滅による市中のマネーが拡大する力の喪失が、物価下落、名目GDP縮小、円高という日本化の原因になってきた。

図4:国際経常収支のシミュレーション(ネットの資金需要0%、-5%、-10%)

国際経常収支のシミュレーション(ネットの資金需要0%、-5%、-10%)
(画像=内閣府、日銀、INDB、国立社会保障・人口問題研究所、岡三証券 作成:岡三証券)

ネットの資金需要を0%に誘導すれば、高齢化が進行しても、国際経常収支は+1.5%程度の大きな黒字を維持することになる。問題は、ネットの資金需要の消滅による市中のマネーが拡大する力の喪失が、物価下落、名目GDP縮小、円高という日本化が継続してしまえば、企業の投資意欲が更に衰えることである。そうなれば、投資による生産性の向上は見込めないため、推計式の定数が大きく下落し、将来の国際経常収支は赤字になってしまう可能性が高い。推計椎の定数を一定に維持するためには、企業の投資活動を強く維持し、生産性が向上する必要がある。

企業の投資活動を刺激できるような良好な経済環境のためには、-5%程度のネットの資金需要が必要であると考えられる。高齢化による財政赤字を過度に懸念し、高齢化の準備としての財政緊縮を前倒してしまうと、経済状況の悪化による投資不足で、生産性の向上の機会を逸することになる。団塊ジュニアが高齢化するまではまだ十分な時間があり、まずは財政拡大でネットの資金需要を十分な水準に誘導することで経済状況を良好なものにし、第四次産業革命などを背景に企業の投資活動を活発にすることが最も重要である。コロナ増税や消費税率引き上げなどによる拙速な財政再建で投資活動を委縮させてしまえば、将来的に大穴が開くことになってしまうだろう。

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岡三証券チーフエコノミスト
会田卓司

岡三証券エコノミスト
田 未来