シンカー:コロナ禍からの経済再生を目指し、家計と企業への支援を強くし、リフレ・サイクルを更に押し上げるため、まだ財政拡大が必要だ。自民党総裁選を経て、自民党内の主導権がこれまでの主流派のミクロ政策からリフレ派のマクロ政策に再び移り、財政政策はこれまでの緊縮路線から拡大路線に向かっていくことになるだろう。経済政策はアベノミクスとは違うものになるというのは間違いで、現行の金融緩和の枠組みは維持され、財政政策が緊縮から一線を引いて所得の分配を目指した拡大に転換し、成長戦略もコスト削減ではなく政府の投資を重視することで、アベノミクスの不完全であったリフレ政策が家計に所得を回すようなより完成したものになるだろう。各候補とも、財政拡大などで所得分配を推進することには前向きで、成長戦略では単純な効率性の追求ではなく需要拡大につながる投資を重要視し、緊縮的な考え方からは一線を引いているからだ。岸田氏が主張する所得分配や高市氏と河野氏が主張する成長投資を実現するためには財政の資金が必要となる。河野氏の年金の最低保障を消費税でまかなうという方針も、まずは債務の返済に回っている消費税の4分の1程度が年金に振り向けられることになるとみられ財政拡大的だ。
岸田氏、高市氏、河野氏に加えて、野田自民党幹事長代行が立候補を表明した。候補の中では、弱い立場の人々への最も温かい目線の政策を主張している。一方、岸田氏、高市氏、河野氏は経済成長志向であるとみられるが、野田氏は経済成長の追求には消極的であるという違いがある。経済成長のない状態は、自分が所得を増やし豊かになることが、他の人の所得を奪い貧しくすることを意味する。パイの奪い合いというギスギスした状態が社会不安のリスクとなる。弱い立場の人々はパイの奪い合いで不利な立場にあるため、更にパイが奪われ、格差が広がってしまうだろう。成長の果実が豊かな人に偏って所得格差が広がってしまっていることは、成長を否定すべきという議論にはつながらないはずだ。成長を否定するのではなく、財政拡大によって、成長の果実が弱い立場の人々にもいきわたる政策が必要だろう。そのような温かい政策の実現のために、野田氏の温かい目線は重要である。
野田氏の立候補により、一回目の投票で票が分散し、過半数をとる候補が出ず、決選投票となる可能性が高まった。決選投票では議員票が圧倒的な割合を占めるため、より具体的な政策提言をしている候補が有利となる。決選投票では派閥の結束が重要となる。派閥も政策集団であるため、派閥の結束にも政策提言の具体性が重要となる。両者の要因を考えると、現在のところ、岸田氏が当選する確率がまだ高いとみる。2021年4−6月期には財政赤字が縮小し、家計に所得を回す力であるネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)も縮小してしまい、家計と企業の支援のための財政支出が不足して、リフレ・サイクルが弱くなってしまっている。総裁選後、11月とみられる衆議院選挙後の臨時国会で、経済対策の補正予算を通すなどして、財政スタンスが緩和的であることが示され、ネットの資金需要(リフレ・サイクル)が維持される期待がつながれると考える。来年初には夏の参議院選挙に向けた景気回復を促進するために、通常国会で更なる経済対策の補正予算を通す可能性もある。一方で、経済対策があまりに小規模であることに加え、東日本大震災後の復興増税のような形で、新型コロナウィルス問題後のコロナ増税などが年末の来年度税制改正案などで出て、財政スタンスが緊縮になれば、リフレ・サイクルがまた腰折れ、日本の株価が弱い実体経済の水準に向けて急落していくリスクとなろう。
日銀資金循環統計の企業貯蓄率は2021年4−6月期に+4.0%(4四半期平均、GDP比率、マイナスは支出が強い)となり、1−3月期の+2.5%から上昇した。緊急事態宣言が連発される中で、企業活動が弱くなり、昨年7−9月期の+1.4%から上昇してしまっている。危機に備えた貯蓄である貨幣の予備的需要が増加したとみられる。企業は日々の流動性を負債の拡大でまかなっているのにも関わらず企業貯蓄率が上昇するのは、企業はコスト削減などのリストラを徐々に進めていることを意味する。+8%程度まで上昇した過去の景気後退局面と比較し、政府・日銀の積極的な流動性供給策もあり、企業のデレバレッジやリストラはまだ大きくなっていないようだ。しかし、企業の体力は徐々に削がれており、流動性の問題が、拡大した負債が維持できないソルベンシーの問題に変われば、企業のデレバレッジやリストラが一気に大きくなるリスクがある。政府の経済対策で、持続化給付金などの企業支援を拡大することが急務になっていると考える。
企業貯蓄率の上昇は、デレバレッジやリストラが強くなるなど企業活動の鈍化を意味し、景気下押しとデフレ悪化の圧力となる。企業は資金調達をして事業を行う主体であるので、マクロ経済での貯蓄率はマイナスであるはずだ。しかし、日本の場合、1990年代から企業貯蓄率は恒常的なプラスの異常な状態となっており、企業のデレバレッジや弱いリスクテイクカ、そしてリストラが、企業と家計の資金の連鎖からドロップアウトしてしまう過剰貯蓄として、総需要を追加的に破壊する力となり、内需低迷とデフレの長期化の原因になっていると考えられる。
図1:コア消費者物価指数(除く生鮮食品・消費税)と企業貯蓄率
一方、企業貯蓄率の低下は、企業の投資意欲が強くなり過剰貯蓄が総需要を破壊する力が弱くなり、企業活動の回復により景気押し上げとデフレ緩和の圧力となる。企業活動の強弱が、景気サイクルを決めていると考えられ、企業貯蓄率はその代理変数となる。まずは政府・日銀の流動性対策の継続で信用サイクルを支え、企業のデレバレッジやリストラの再発を抑え込むことが極めて重要だ。その後、経済対策の補正予算を編成し、新型コロナウィルス後の成長促進策で企業を刺激し、第四次産業革命や脱炭素などの投資テーマとの相乗効果で設備投資サイクルの上振れで、企業貯蓄率を低下トレンドにすることが期待される。設備投資サイクルが上振れ、企業貯蓄率がマイナスの正常な状態になれば、デフレ脱却の形となる。デフレ脱却の機運で、景気拡大と株式市場の上昇が強くなるポイントだ。
図2:設備投資サイクルと企業貯蓄率
財政収支(資金循環統計ベース)は2021年4−6月期に−8.2%(4四半期平均、GDP比率)となり1−3期の−9.5%から赤字幅が縮小した。新型コロナウィルス問題による経済活動の鈍化に対処するため、個人への特別定額給付金や企業への持続化給付金などを含め、数度の補正予算で財政政策は拡大に転じた。しかし、2020年度の政府予算には30兆円程度の未消化分があり、効率的に財政拡大が行われていないようだ。政府が予算をつけて国債を発行しても、資金が未消化で政府預金として滞留しているのであれば、資金循環統計の財政赤字には計上されない。新型コロナウィルスの感染が抑制しきれないことで、消化できない感染抑制後に向けた施策の資金は、すぐにでも企業と家計の資源に振り向ける必要があるだろう。企業の支出の力が弱く、過剰貯蓄として総需要を破壊する力となってしまっているのであれば、景気後退とデフレを防止するため、まだ政府が支出を増やさねばならない。財政赤字が縮小してしまっているのは、家計と企業の支援のために財政支出が不足していることを意味する。
市中のマネーの拡大には、政府と企業の支出の拡大が必要になる。企業貯蓄率と財政収支の合計であるネットの資金需要(GDP比、マイナスが強い)が、市中のマネーの拡大・縮小を左右するリフレ・サイクルを表す。財政赤字を過度に懸念し、恒常的なプラス(デレバレッジ)となっている企業貯蓄率が表す企業の支出の弱さに対して、政府の支出は過少であった。マイナス(赤字)である財政収支で相殺しきれず、企業貯蓄率と財政収支の和であるネットの国内資金需要(マイナスが強い)が消滅(プラスになって)してしまっていた。ネットの資金需要の消滅は、国内の資金需要・総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済と市中のマネーが拡大する力が喪失してしまっていた。結果として、日本経済は、物価下落、名目GDP縮小、そして円高に苦しめられ続けてきた。
2021年4−6月期のネットの資金需要は−4.2%(4四半期平均、GDP比率、マイナスが強い)となり、2020年4−6月期−3.8%、7−9月期−6.0%、10−12月期−5.4%、1−3月期−7.0%と、復活した状態が続いている。新型コロナウィルスの感染拡大の影響を抑制するために財政政策は拡大に転じ、ネットの資金需要は復活して大きなマイナスとなり、リフレ・サイクルが上振れ、市中のマネーの拡大が強くなり、株価の大幅な上昇(リフレ)につながったとみられる。日銀がネットの資金需要を積極的にマネタイズする金融緩和を継続していることも力になっている。誰かの支出は誰かの所得となるため、ネットの資金需要の復活は、企業と政府から富が家計に移り、支えていることを意味する。ネットの資金需要の拡大によるリフレ・サイクルの更なる上振れは、家計の力を強くし、コロナ禍からの経済再生の鍵である。そして、コロナ後のデフレ構造不況からの完全脱却への鍵でもある。通常であれば−5%程度のネットの資金需要が適度であると考えられるが、コロナ禍からの経済再生のためには、家計への支援をさらに強くする必要があり、更に大きなネットの資金需要が必要と考えられる。
緊急事態宣言が連発されても、政府は予算の予備費をすべて取り崩し、新たな補正予算を編成して、財政支出拡大で家計・企業を支援することに及び腰であった。新型コロナウィルス問題の打撃を受けた企業は、借入などで日々のコストを賄うことが限界にきて、リストラやデレバレッジなどの事業の大きな縮小が起こり、企業貯蓄率が更に上昇するリスクがある。財政スタンスが拡大に及び腰であるから、ネットの資金需要がピークアウトし、リフレ・サイクルが弱体化するリスクになる。実際に、財政支出が足らず、ネットの資金需要は縮小を始めてしまっている。ネットの資金需要が消滅してしまえば、株価が弱い実体経済の水準に向けて急落していくリスクになる。米国は財政拡大に積極的でリフレ・サイクルを押し上げ続けている。このリフレ・サイクルの方向感の差が、日米の株式市場のパフォーマンスに表れていた。日米のリフレ・サイクルの方向感の差を放置すると、市中のマネーの拡大の差が大きな円高圧力となってしまうリスクとなる。FEDの極めて緩やかな金融緩和の正常化のドル高圧力を上回ってしまうだろう。
コロナ禍からの経済再生を目指し、家計と企業への支援を強くし、リフレ・サイクルを更に押し上げるため、まだ財政拡大が必要だ。自民党総裁選を経て、自民党内の主導権がこれまでの主流派のミクロ政策からリフレ派のマクロ政策に再び移り、財政政策はこれまでの緊縮路線から拡大路線に向かっていくことになるだろう。経済政策はアベノミクスとは違うものになるというのは間違いで、現行の金融緩和の枠組みは維持され、財政政策が緊縮から一線を引いて所得の分配を目指した拡大に転換し、成長戦略もコスト削減ではなく政府の投資を重視することで、アベノミクスの不完全であったリフレ政策が家計に所得を回すようなより完成したものになるだろう。各候補とも、財政拡大などで所得分配を推進することには前向きで、成長戦略では単純な効率性の追求ではなく需要拡大につながる投資を重要視し、緊縮的な考え方からは一線を引いているからだ。岸田氏が主張する所得分配や高市氏と河野氏が主張する成長投資を実現するためには財政の資金が必要となる。河野氏の年金の最低保障を消費税でまかなうという方針も、まずは債務の返済に回っている消費税の4分の1程度が年金に振り向けられることになるとみられ財政拡大的だ。
岸田氏、高市氏、河野氏に加えて、野田自民党幹事長代行が立候補を表明した。候補の中では、弱い立場の人々への最も温かい目線の政策を主張している。一方、岸田氏、高市氏、河野氏は経済成長志向であるとみられるが、野田氏は経済成長の追求には消極的であるという違いがある。経済成長のない状態は、自分が所得を増やし豊かになることが、他の人の所得を奪い貧しくすることを意味する。パイの奪い合いというギスギスした状態が社会不安のリスクとなる。弱い立場の人々はパイの奪い合いでも不利な立場にあるため、更にパイが奪われ、格差が広がってしまうだろう。成長の果実が豊かな人に偏って所得格差が広がってしまっていることは、成長を否定すべきという議論にはつながらないはずだ。成長を否定するのではなく、財政拡大によって、成長の果実が弱い立場の人々にもいきわたる政策が必要だろう。そのような温かい政策の実現のために、野田氏の温かい目線は重要である。
野田氏の立候補により、一回目の投票で票が分散し、過半数をとる候補が出ず、決選投票となる可能性が高まった。決選投票では議員票が圧倒的な割合を占めるため、より具体的な政策提言をしている候補が有利となる。決選投票では派閥の結束が重要となる。派閥も政策集団であるため、派閥の結束にも政策提言の具体性が重要となる。両者の要因を考えると、現在のところ、岸田氏が当選する確率がまだ高いとみる。総裁選後、11月とみられる衆議院選挙後の臨時国会で、経済対策の補正予算を通すなどして、財政スタンスが緩和的であることが示され、ネットの資金需要(リフレ・サイクル)が維持される期待がつながれると考える。来年初には夏の参議院選挙に向けた景気回復を促進するために、通常国会で更なる経済対策の補正予算を通す可能性もある。一方で、経済対策があまりに小規模であることに加え、東日本大震災後の復興増税のような形で、新型コロナウィルス問題後のコロナ増税などが年末の来年度税制改正案などで出て、財政スタンスが緊縮になれば、リフレ・サイクルがまた腰折れ、日本の株価が弱い実体経済の水準に向けて急落していくリスクとなろう。
図3:リフレ・サイクルを示すネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)
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岡三証券チーフエコノミスト
会田卓司
岡三証券エコノミスト
田 未来