シンカー:新型コロナウィルス問題などに対処するために財政が拡大している。財政拡大によるネットの資金需要の復活と、それを事実的にマネタイズする日銀の粘り強い金融緩和の継続と合わせ、アベノミクスの形が自動的に稼働し、リフレ・サイクルが上振れつつある。2013年の共同声明による政府との共同目標としての2%の物価上昇率達成を目指し、日銀はイールドカーブ・コントロールにともなう柔軟な国債買入れの方針を含むポリシー・ミックスを強調する緩和体制を、政府のデフレ脱却宣言まで粘り強く維持するだろう。感染拡大が続けば、企業・家計の支援の必要性が増し、政府の経済対策の規模と回数も増加するとみられる。2021年4−6月期には財政赤字が縮小し、家計に所得を回す力であるネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)も縮小してしまい、家計と企業の支援のための財政支出が不足して、リフレ・サイクルが弱くなってしまっている。岸田新内閣では、自民党内の主導権がこれまでの主流派のミクロ政策からリフレ派のマクロ政策に再び移り、財政政策はこれまでの緊縮路線から拡大路線に向かっていく。これまでの「新自由主義」型アベノミクスであるスガノミクスから、「分配・成長型」アベノミクスであるキシダノミクスに変化し、不完全であったリフレ政策が家計に所得を回すようなより完成したもの(アベノミクス2.0)になるだろう。2022年夏の参議院選挙までには景気回復を促進しなければならない。2021年秋、2022年初、そして2022年夏までに三回の経済対策が実施されるだろう。更なる財政拡大でネットの資金需要は維持され、リフレ・サイクルは腰折れないだろう。衆議院選挙では連立与党は、新たな政策に対する期待感で支持率の水準は上昇しているため、過半数の議席を獲得し、政権は維持されるだろう。新しい内閣が緊縮に舵を切ることを試み、企業と政府の支出する力として家計への所得のフローを生むネットの資金需要が消滅してリフレ・サイクルが腰折れるリスクが大きくなれば、株式市場も大きく下落し、疲弊した家計への支援とデフレ脱却を優先する自民党内の勢力と公明党の反発を受けて政権が倒れるリスクとなる。

会田卓司,アンダースロー
(画像=PIXTA)

金融政策−ポリシーミックスを強調する緩和バイアスを粘り強く維持

日銀の大規模な金融緩和は信用サイクルを大きく押し上げた。物価を押し上げるマネーの拡大には、信用サイクルの押し上げに加え、企業と政府の支出の拡大が必要になる。企業貯蓄率と財政収支の合計であるネットの資金需要(GDP比、マイナスが強い)が、市中のマネーの拡大・縮小を左右するリフレ・サイクルをきれいに示す。これまで消費税率引き上げを含む緊縮的な財政スタンスで、ネットの資金需要は消滅し、マネーが拡大できなくなってしまっていた。日銀がマネタイズするネットの資金需要が存在せず、市中のマネーは拡大できず、量的金融緩和の効果を十分には発揮できなかった。2%の物価目標は達成できず、緩和の長期化の副作用で金融機関は疲弊した。ウィルス問題で財政政策は拡大に転じ、ネットの資金需要は復活して大きなマイナスとなり、リフレ・サイクルが上振れてマネーの拡大が強くなったことが、株価の大幅な上昇(リフレ)につながったとみられる。ネットの資金需要をマネタイズして働く量的金融緩和の効果は現行の枠組みの維持だけで強くなる。2013年の共同声明による政府との共同目標としての2%の物価上昇率達成を目指し、日銀はイールドカーブ・コントロールにともなう柔軟な国債買入れの方針を含むポリシー・ミックスを強調する緩和体制を、岸田政権の下でも、政府のデフレ脱却宣言まで粘り強く維持するだろう。財政政策が緊縮に転じて、ネットの資金需要が消滅することがない限り、マイナス金利政策の深堀りはないだろう。ネットの資金需要をマネタイズする量的金融緩和の効果が期待できるため、日銀のETF買入れの減額が緩和効果を削ぐことはないだろう。これまでは、ネットの資金需要が消滅していため、巨額のETF買い入れによるリスク・プレミアムの圧縮で株価上昇とともに期待ROEを上昇させ、企業のデレバレッジやリストラという縮み思考を変える必要があった。設備投資サイクルの上振れによる企業貯蓄率の低下と緩和的な財政政策により、ネットの資金需要は維持され、量的金融緩和効果が強い状態が続き、マネーの拡大と円安の力が物価上昇を加速させていくだろう。 FRBがゼロ金利政策を解除するのは2023年度だろう。その後、日米金利差拡大が大きな円安の力となり、景気拡大が強くなる中、 日銀は2024年度から長期金利の誘導目標を景気・マーケットの拡大と物価上昇率の加速を阻害しない速度で引き上げ始めるだろう。短期の政策金利目標をプラスに戻し、イールドカーブ・コントロールを含む緩和体制から脱却するのは、2%の物価目標を達成し、政府がデフレ完全脱却宣言ができるようになる2025年度となろう。

財政政策—緊縮路線から拡大路線に向かう

新型コロナウィルス問題などに対処するために財政が拡大している。財政拡大によるネットの資金需要の復活と、それを事実的にマネタイズする日銀の粘り強い金融緩和の継続と合わせ、アベノミクスの形が自動的に稼働し、リフレ・サイクルが上振れつつある。震災復興と景気刺激策などでの財政拡大によるネットの資金需要の復活を、2013年以降の大規模金融緩和で事実的にマネタイズし、リフレ・サイクルが上振れたアベノミクス1.0と似る。岸田新内閣では、自民党内の主導権がこれまでの主流派のミクロ政策からリフレ派のマクロ政策に再び移り、財政政策はこれまでの緊縮路線から拡大路線に向かっていく。これまでの「新自由主義」型アベノミクスであるスガノミクスから、「分配・成長型」アベノミクスであるキシダノミクスに変化し、不完全であったリフレ政策が家計に所得を回すようなより完成したもの(アベノミクス2.0)になるだろう。岸田新内閣の「分配・成長」アベノミクスは、「金融政策=財政拡大との合わせ技の緩和で2%の物価目標を目指す」、「財政政策=成長による増収を家計に分配することで十分な財政赤字を維持する大きな政府」、「成長戦略=政府の成長投資を呼び水とし企業と家計を支えて総需要と総供給の相乗効果の拡大」となるだろう。特に、政府投資として財政資金を投入することでグリーンやデジタルなどの投資フィールドをニューフロンティアとして活性化する新しい形の成長戦略に力を入れることになる。感染拡大が続けば、企業・家計の支援の必要性が増し、政府の経済対策の規模と回数も増加するとみられる。2021年4−6月期には財政赤字が縮小し、家計に所得を回す力であるネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)も縮小してしまい、家計と企業の支援のための財政支出が不足して、リフレ・サイクルが弱くなってしまっている。2022年夏の参議院選挙までには景気回復を促進しなければならない。2021年秋、2022年初、そして2022年夏までに三回の経済対策が実施されるだろう。更なる財政拡大でネットの資金需要は維持され、リフレ・サイクルは腰折れないだろう。衆議院選挙では連立与党は、総裁選のすべての候補の主張を公約に取り入れて一丸となり、新たな政策に対する期待感で支持率の水準は上昇しているため、過半数の議席を獲得し(自民党だけでも過半数)、政権は維持されるだろう。財政拡大が維持されれば、2022年度の景気の強い回復とともに、夏の参議院選挙でも連立与党は過半数の議席を獲得するだろう。リスクは、2025年度の基礎的財政収支黒字化の従来の目標が変更されていないことだ。民間経済がウィルス問題による打撃からまだ完全に立ち直ってない状態で、黒字化の目標を無理に目指し、コロナ増税、消費税率や社会保険料を引き上げるなど、また増税や財政支出削減を行ってしまえば、ネットの資金需要は消滅し、アベノミクス2.0も失速することになるだろう。しかし、疲弊した家計支援とデフレ脱却を優先する自民党内の勢力と公明党の反発を受け、緩和的な財政スタンスは維持されるだろう。中国との対立の戦略として財政拡大によるインフレ環境への転換を目指す米国政府から、日本にも財政拡大を求める圧力がかかる可能性がある。新たな内閣が緊縮に舵を切ることを試み、企業と政府の支出する力として家計への所得のフローを生むネットの資金需要が消滅してリフレ・サイクルが腰折れるリスクが大きくなれば、株式市場も大きく下落し、疲弊した家計への支援とデフレ脱却を優先する自民党内の勢力と公明党の反発を受けて政権が倒れるリスクとなる。

図:リフレ・サイクル(ネットの資金需要、企業貯蓄率+財政収支)

リフレ・サイクル(ネットの資金需要、企業貯蓄率+財政収支)
(画像=内閣府、日銀 作成:岡三証券)

表:自民党の衆議院選挙の公約

l 来年春までを見通せるよう、地域・業種を限定しない事業継続・事業再構築支援を、事業規模に応じて実施。

l 飲食、宿泊、文化芸術・エンターテインメント、地域公共交通・航空・観光等などの業種の事業継続を支援。

l 雇用調整助成金や在籍型出向により、雇用と暮らしを守る。

l 非正規雇用者・女性・子育て世帯・学生などコロナで困窮している者への経済的支援。

l 金融緩和、機動的な財政出動、成長戦略を総動員し、成長の軌道に乗せます。

l DXをはじめ、時代の要請に応える規制改革を大胆に進める。

l 財政の単年度主義の弊害を是正。

l 企業に長期的視点を求めることと同様、政府も国家課題に長期的・計画的に取り組む。

l 大胆な成長投資で、確かな未来を拓く。

l 労働分配率の向上に向けて、賃上げに積極的な企業への税制支援。

l 四半期開示を見直し、長期的な研究開発や人材投資を促進。

l 待機児童の減少、病児保育の拡充、児童手当の強化。

l 育児や介護をしながら働く世帯へ経済支援。

l 看護師、介護士、幼稚園教諭、保育士などの賃金の原資が公的に決まる方々の所得向上。

l 農業・農村の所得増大を目指す。

l マイナンバー利活用の推進。

l 10兆円規模の大学ファンドを2022年度までに実現。

出所:自民党 作成:岡三証券

表:自民党の衆議院選挙の公約の中の成長投資

(成長投資とは、日本に強みある技術分野を更に強化し、新分野も含めて研究成果の有効活用と国際競争力の強化に向けた戦略的支援を行うこと。)

l 小型衛星コンステレーション等の衛星・ロケット新技術の開発や、政府調達を通じたベンチャー支援等により、宇宙産業の倍増を目指します。

l 宇宙・海洋資源、G空間、バイオ、コンテンツなど、新たな産業フロンティアを官民挙げて切り拓きます。

l 日本に強みがあるロボット、マテリアル、半導体、量子(基礎理論・基盤技術)、電磁波、電子顕微鏡、核磁気共鳴装置、アニメ・ゲームなど多様な分野につき、技術成果の有効活用、人材育成、国際競争力強化に向けた戦略的支援を行います。

l 産学官におけるAIの活用による生産性の向上や高付加価値な財・サービスの創出、5Gの全国展開、6Gの研究開発と社会実装を推進します。

l 国産量子コンピュータの開発に取り組むとともに、量子暗号通信、量子計測・センシング、量子マテリアル、量子シミュレーションなどの技術領域を支援します。

l 2030年度温室効果ガス46%削減、2050年カーボンニュートラル実現に向け、企業や国民が挑戦しやすい環境をつくるため、2兆円基金、投資促進税制、規制改革など、あらゆる政策を総動員します。

l カーボンニュートラルによる環境と経済の好循環実現のため、エネルギー効率の向上、安全が確認された原子力発電所の再稼働や自動車の電動化の推進、蓄電池、水素、SMR(小型モジュール炉)の地下立地、合成燃料等のカーボンリサイクル技術など、クリーン・エネルギーへの投資を積極的に後押しします。

l 究極のクリーン・エネルギーである核融合(ウランとプルトニウムが不要で、高レベル放射性廃棄物が出ない高効率発電)開発を国を挙げて推進し、次世代の安定供給電源の柱として実用化を目指します。

l 日本に世界・アジアの国際金融ハブとしての国際金融都市を確立するべく、海外金融機関や専門人材の受け入れ環境整備を加速させ、コーポレート・ガバナンス改革、取引所の市場構造改革、金融分野のデジタル化の推進などを通じて、資本市場の魅力向上を図ります。公平・公正・透明な金融市場への適正化を図り、金融商品に対する信頼確保に努めます。

l 未来の成長を生み出す民間投資を喚起するため、現下のゼロ金利環境を最大限に活かし、財政投融資を積極的に活用します。

l オープンイノベーションへの税制優遇、研究開発への投資、政府調達など、スタートアップへの徹底的な支援を行います。

l インフラの老朽化対策、地域の移動を支える地域交通や都市を結ぶ高速交通のネットワークの維持・活性化、地域での連携・協働の支援に取り組みます。

出所:自民党 作成:岡三証券

表:公明党の衆議院選挙の公約

l 0歳〜高3生まで一律10万円相当を支援する「未来応援給付」。

l 出産育児一時金の50万円への増額。

l 高3生まで医療無償化をめざす。

l マイナンバーカード普及へ1人あたり一律3万円相当の「新マイナポイント制度」創設。

l 新・Go To キャンペーン(仮称)。

l 最低賃金の年率3%引き上げ、所得拡大促進税制等の推進。

l 高等教育の無償化の対象を拡大。

l 求職者支援制度を拡充。

l 中小・小規模事業者への支援を強化。

l 緊急告知資金等の特例貸付、住居確保給付金の再支給、自立支援金の申請期限延長や支給要件緩和。

l 生活困窮者の生活を守る給付金の支給を検討。

l 生活困窮者など住宅確保に困難を抱える方に住宅手当を創設。

出所:公明党 作成:岡三証券

表:日本経済見通し

日本経済見通し
(画像=内閣府、総務省、財務省、日銀、Refinitiv 、岡三証券 作成:岡三証券)

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岡三証券チーフエコノミスト
会田卓司

岡三証券エコノミスト
田 未来