シンカー:市中のマネーの拡大、そして家計への所得の分配には、企業と政府の支出の拡大が必要になる。企業貯蓄率と財政収支の合計であるネットの資金需要が十分にないと、市中のマネーは膨らまず、物価下落、名目GDP縮小、円高という日本化の原因となる。企業の貯蓄行動によって企業貯蓄率がプラスであれば、ネットの資金需要を維持するために、政府は赤字を増やす必要に迫られる。政府が赤字を増やさなければ、ネットの資金需要が消滅し、家計への所得の分配が消滅し、家計は疲弊してしまう。政府の役割は国民の生活を支えることが主であり、財政再建は従であるから、企業が貯蓄行動を続ける限り、財政赤字が恒常的になるのは避けられない。恒常的な財政赤字は、バラマキではなく、企業の貯蓄行動が原因である。政府が赤字を覚悟して、家計への分配を目指すのは正しい。政府は、企業の支出を増やすインセンティブを与え続けてきた。とうとう政府はしびれを切らしたようだ。岸田新政権の成長戦略は、規制緩和を含む企業のコスト削減中心の改革から、政府の投資中心の改革へ転換し、グリーンやデジタルなどの投資フィールドをニューフロンティアとして活性化することになった。マーケットはこの転換を過小評価している。新たな政策は未来への投資であるため、財源は主に国債で、必ずしも増税や他の支出の削減が必要であるとは考えず、政策の実行が最優先で、その足かせとなる不毛な財源論からは距離をおくことになろう。しかし、どうしても財源の必要性を求める声が大きければ、政策を実行するため、企業の貯蓄に課税する方向に向かうかもしれない。

会田卓司,アンダースロー
(画像=PIXTA)

財政緊縮の必要性の根拠として使われることが多い政府の歳出と税収の推移を示した「ワニの口」のグラフは、上顎と下顎に何を入れるかが恣意的であり、実際の政府の資金フローを表しておらず、バイアスのかからない公正な財政議論にはならないことを解説してきた(10月8日のアンダースロー)。一般政府の実際に存在した資金フローは日銀の資金循環統計の資金過不足で捉えることができる。一般政府の資金過不足(GDP比率)のトレンドは赤字方向に大きくなっておらず、「ワニの口」には上顎と下顎を無理やり広げるようなバイアスがかかっていたことが分かった(10月18日のアンダースロー)。

一般政府の資金過不足(GDP比率)の水準は長期的に見ればほぼ一定である。一般政府の資金過不足が赤字で安定していることは、企業が異常な貯蓄超過部門になってしまっていることが原因である。企業は資金調達をして事業を行う主体であるので、マクロ経済での貯蓄率はマイナスであるはずだ。しかし、日本の場合、1990年代から企業貯蓄率は恒常的なプラスの異常な状態となっており、企業のデレバレッジや弱いリスクテイクカ、そしてリストラが、企業と家計の資金の連鎖からドロップアウトしてしまう過剰貯蓄として、総需要を追加的に破壊する力となり、内需低迷とデフレの長期化の原因になっていると考えられる。当然、内需低迷とデフレの長期化は、税収を押し下げ、景気を支えるための財政支出も拡大することになる。

市中のマネーの拡大、そして家計への所得の分配には、企業と政府の支出の拡大が必要になる。企業貯蓄率と財政収支の合計であるネットの資金需要(GDP比、マイナスが強い)が十分にないと、市中のマネーは膨らまず、物価下落、名目GDP縮小、円高という日本化の原因となる。企業の貯蓄行動によって企業貯蓄率がプラスであれば、ネットの資金需要を維持するために、政府は赤字を増やす必要に迫られる。政府が赤字を増やさなければ、ネットの資金需要が消滅し、家計への所得の分配が消滅し、家計は疲弊してしまう。政府の役割は国民の生活を支えることが主であり、財政再建は従であるから、企業が貯蓄行動を続ける限り、財政赤字が恒常的になるのは避けられない。恒常的な財政赤字は、バラマキではなく、企業の貯蓄行動が原因である。政府が赤字を覚悟して、家計への分配を目指すのは正しい。

政府は、企業の支出を増やすインセンティブを与え続けてきた。法人税の税率は大きく引き下げられた。設備投資や賃金を増加させる企業の税負担の軽減にも努めてきた。当然ながら、日銀の大胆な金融政策により金利は極めて低水準に抑えられていて、企業の資金調達は極めて容易になっている。更に、ROEの上昇への取り組みが求められる環境で、貯蓄はリターン0%の自己資本を積み上げる行為で、ROEを押し下げてしまう。とうとう政府をしびれを切らしたようだ。岸田新政権の成長戦略は、規制緩和を含む企業のコスト削減中心の改革から、政府の投資中心の改革へ転換することになった。政府投資として財政資金を投入することでグリーンやデジタルなどの投資フィールドをニューフロンティアとして活性化しようとする。マーケットはこの政策転換を過小評価していると考える。

自民党の衆議院選挙公約で最も力が入っているのは、成長投資のメニューである。「成長投資とは、日本に強みのある技術分野を更に強化し、新分野も含めて研究成果の有効活用と国際競争力の強化に向けた戦略的支援を行うこと」と定義している。新たな政策は未来への投資であるため、財源は主に国債で、必ずしも増税や他の支出の削減が必要であるとは考えず、政策の実行が最優先で、その足かせとなる不毛な財源論からは距離をおくことになろう。しかし、どうしても財源の必要性を求める声が大きければ、政策を実行するため、企業の貯蓄に課税する方向に向かうかもしれない。高市自民党政調会長は、「現預金に課税するかわりに、賃金を上げたらその分を免除する方法もある」と発言し、企業の現預金に課税する可能性に言及している。

図1:企業貯蓄率とコア消費者物価(除く生鮮食品・消費税)

企業貯蓄率とコア消費者物価(除く生鮮食品・消費税)
(画像=総務省、内閣府、日銀、岡三証券 作成:岡三証券)

図2:リフレサイクルと家計への所得分配の力を示すネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)

リフレサイクルと家計への所得分配の力を示すネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)
(画像=内閣府、日銀、岡三証券 作成:岡三証券)

表:自民党の衆議院選挙の公約の中の成長投資

(成長投資とは、日本に強みのある技術分野を更に強化し、新分野も含めて研究成果の有効活用と国際競争力の強化に向けた戦略的支援を行うこと。)

l 小型衛星コンステレーション等の衛星・ロケット新技術の開発や、政府調達を通じたベンチャー支援等により、宇宙産業の倍増を目指します。

l 宇宙・海洋資源、G空間、バイオ、コンテンツなど、新たな産業フロンティアを官民挙げて切り拓きます。

l 日本に強みがあるロボット、マテリアル、半導体、量子(基礎理論・基盤技術)、電磁波、電子顕微鏡、核磁気共鳴装置、アニメ・ゲームなど多様な分野につき、技術成果の有効活用、人材育成、国際競争力強化に向けた戦略的支援を行います。

l 産学官におけるAIの活用による生産性の向上や高付加価値な財・サービスの創出、5Gの全国展開、6Gの研究開発と社会実装を推進します。

l 国産量子コンピュータの開発に取り組むとともに、量子暗号通信、量子計測・センシング、量子マテリアル、量子シミュレーションなどの技術領域を支援します。

l 2030年度温室効果ガス46%削減、2050年カーボンニュートラル実現に向け、企業や国民が挑戦しやすい環境をつくるため、2兆円基金、投資促進税制、規制改革など、あらゆる政策を総動員します。

l カーボンニュートラルによる環境と経済の好循環実現のため、エネルギー効率の向上、安全が確認された原子力発電所の再稼働や自動車の電動化の推進、蓄電池、水素、SMR(小型モジュール炉)の地下立地、合成燃料等のカーボンリサイクル技術など、クリーン・エネルギーへの投資を積極的に後押しします。

l 究極のクリーン・エネルギーである核融合(ウランとプルトニウムが不要で、高レベル放射性廃棄物が出ない高効率発電)開発を国を挙げて推進し、次世代の安定供給電源の柱として実用化を目指します。

l 日本に世界・アジアの国際金融ハブとしての国際金融都市を確立するべく、海外金融機関や専門人材の受け入れ環境整備を加速させ、コーポレート・ガバナンス改革、取引所の市場構造改革、金融分野のデジタル化の推進などを通じて、資本市場の魅力向上を図ります。公平・公正・透明な金融市場への適正化を図り、金融商品に対する信頼確保に努めます。

l 未来の成長を生み出す民間投資を喚起するため、現下のゼロ金利環境を最大限に活かし、財政投融資を積極的に活用します。

l オープンイノベーションへの税制優遇、研究開発への投資、政府調達など、スタートアップへの徹底的な支援を行います。

l インフラの老朽化対策、地域の移動を支える地域交通や都市を結ぶ高速交通のネットワークの維持・活性化、地域での連携・協働の支援に取り組みます。

出所:自民党 作成:岡三証券

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岡三証券チーフエコノミスト
会田卓司

岡三証券エコノミスト
田 未来