シンカー:財政出動に関して「賢い支出(ワイズ・スペンディング)」の議論がある。短期的な家計・企業支援より、中長期の成長力に結び付く財政支出に限定すべきだという意見を伴う場合が多いようだ。ワイズ・スペンディングを実現するためには、会計年度ごとに予算を編成し、当年度の歳出は当年度の歳入でまかなうべきであるとする財政の単年度主義を脱する必要がある。ワイズ・スペンディングは、政府の成長分野への投資と、政府ではなく民間に本当に必要な支出する先を選択させる減税(究極のワイズ・スペンディングとも言える)が重要であるからだ。更に、財政の単年度主義に基づく「税収中立」のイデオロギーで、減税が経済対策として使いにくいため、政府支出の増加に過度に依存することになっていた。短期間で優良なプロジェクトをともなう政府支出を決めることは困難であり、安易な政府支出に依存せざるを得なかったことが、経済対策が「バラマキ」と批判を浴びる原因となった。各省庁も、複数年度にわたるプロジェクトは、財政の単年度主義の弊害でなかなか採用されないため、中長期の成長力に結び付く政策を立案するインセンティブが弱くなってしまっていた。更に、政策の実現のための財源を各省庁が探すように要求されることもあるようだ。政府の成長投資や減税、そして家計支援が将来の成長率を押し上げ、税収の増加につながることが期待でき、それが経済政策の財源となるという柔軟な財政運営とワイズ・スペンディングを可能にするため、「成長と分配の好循環」を目指す岸田内閣の経済政策であるキシダノミクスの成功には財政の単年度主義をまず脱する必要がある。

会田卓司,アンダースロー
(画像=PIXTA)

財政出動に関して「賢い支出(ワイズ・スペンディング)」の議論がある。短期的な家計・企業支援より、中長期の成長力に結び付く財政支出に限定すべきだという意見を伴う場合が多いようだ。ワイズ・スペンディングを実現するためには、会計年度ごとに予算を編成し、当年度の歳出は当年度の歳入でまかなうべきであるとする財政の単年度主義を脱する必要がある。ワイズ・スペンディングは、政府の成長分野への投資と、政府ではなく民間に本当に必要な支出する先を選択させる減税(究極のワイズ・スペンディングとも言える)を複数年度の視野で実施することが重要であるからだ。岸田首相は、「財政の単年度主義の弊害是正で、科学技術振興、安全保障、重要インフラの整備などの国家的な課題に計画的に取り組んでいく」と述べている。

これまでも、アベノミクスの「機動的財政政策」の運営での束縛・障害になっていたのは、財政の単年度主義に基づく「税収中立」というイデオロギーであった。経済対策の補正予算も税収の上振れや剰余金などを主財源として、国債発行をできるだけ回避して編成されることが多かった。早急な経済対策の手段となりうる減税には、代替財源の手当てが必要である「税収中立」が原則となっているため、その他の増税で効果が打ち消されてしまうことが多かった。「税収中立」の原則の下では、税制のゆがみを正す経済効果しか期待できず、経済活動を刺激する効果が乏しくなってしまう。

日本では、「税収中立」を長期間ではなく単年という極めて短期間で実践する財政イデオロギーが、「機動的財政政策」の束縛・障害となっているのは確かだ。グローバルには「税収中立」という概念はあったとしてもあくまで長期間のものであり、短期的に財政収支が悪化しても、将来の成長率の押し上げで税収が増加するため、長期では財政収支へのインパクトは大きくないという柔軟な考え方の下で、経済対策としての減税が実施されることが多い。長期間の「緩い税収中立」は減税効果の説明責任を果たすためのものであり、短期間の「強い税収中立」のように「機動的財政政策」の束縛・障害となることはない。

「強い税収中立」の下では、経済対策で景気を刺激する場合、減税が使えないため、政府支出の増加に過度に依存することになってしまう。短期間で優良なプロジェクトをともなう政府支出を決めることは困難であり、安易な政府支出に依存せざるを得なかったことが、景気対策が「バラマキ」と批判を浴びる原因となった。そして、「バラマキ」という批判を政府が浴びることを恐れ、大胆な経済対策を実施できなくなってしまう本末転倒なことが起きやすくなる。

財政の単年度主義の基では、まず使うことのできる財源からの逆算で政策が決められるため、政策の必要性と効果、そして機動性を重視した議論が深まらない。各省庁も、複数年度にわたるプロジェクトは、財政の単年度主義の弊害でなかなか採用されないため、中長期の成長力に結びつく政策を立案するインセンティブが弱くなってしまう。更に、政策の実現のための財源を各省庁が探すように要求されることもあるようだ。政府の成長投資や減税が将来の成長率を押し上げ、税収の増加につながることが期待でき、それが財源となるという柔軟な財政運営とワイズ・スペンディングを可能にするため、まずは財政の単年度主義を脱し、複数年度主義への是正が必要だろう。

岸田内閣は、規制緩和を含むコスト削減中心の改革から、政府の投資中心の改革へ転換する。財政資金を使わない効率化のミクロ改革から、財政資金を使う投資のマクロ改革に軸を移す。前者は主に総供給のみに働くが、後者は総供給と総需要の両方に働く。グリーンやデジタル、そして新技術などの投資フィールドをニューフロンティアとして政府の成長投資で拡大することで、需要の拡大とともに、企業の投資を活性化することができる。財政の複数年度主義に基づき、減税や家計支援の支出を増やすことが、家計のファンダメンタルズを改善させ、政府と企業の成長投資と合わせて、総需要と総供給をともに拡大させる。そして、将来の成長率の上昇が、税収の増加として経済政策の財源になる。

自民党の衆議院選挙公約で最も力が入っているのは、成長投資のメニューである。「成長投資とは、日本に強みのある技術分野を更に強化し、新分野も含めて研究成果の有効活用と国際競争力の強化に向けた戦略的支援を行うこと」と定義している。新たな政策は未来への投資であるため、財源は主に国債で、必ずしも増税や他の支出の削減が必要であるとは考えず、政策の実行が最優先で、その足かせとなる不毛な財源論からは距離をおくことになろう。「成長と分配の好循環」を目指す岸田内閣の経済政策であるキシダノミクスの成功には財政の単年度主義をまず脱する必要がある。

田キャノンの政策ウォッチ:7-9月期GDP、10月企業物価、9月第三次産業活動指数の予想

15日に内閣府が発表する7-9月期実質GDPは前期比−0.5%(年率−1.9%)と予想する。4-6月期の同0.5%のリバウンドをほとんど打ち消すことになるだろう。夏場の新型コロナウィルスの感染拡大で緊急事態宣言が延長され、対面サービスを中心に消費活動に大きな下押し圧力がかかったほか、供給制約で輸出が落ち込んだ。特に消費が主な押し下げ要因になると見ており、同−1%程度の減少になると予想する。10-12月期以降は、サプライチェーンと感染拡大の問題が緩和していき、経済活動は回復していくとになるだろう。経済対策でしっかりとした家計・企業支援が実施されれば、10-12月期以降の実質GDPは前期比プラス成長が続くだろう。

11日に日銀が発表する10月企業物価は前年同月比6.9%と予想する。9月(同6.3%)から伸びが拡大すると予想する。国際商品市況の上昇を反映する動きが続いていることに加え、前年が弱かった反動で企業物価は上昇幅が拡大するだろう。11月以降は、商品市況高と弱かった前年の反動に加えて、円安の効果も表れてくるため、企業物価のピークアウトは来年になると思われる。足元川下への価格転嫁は進んでいないが、企業物価の上昇が続き、消費需要が回復すれば、川下の消費財価格の上昇圧力は着実に蓄積され、消費者物価の押し上げ要因となるだろう。リスクとして、欧州で観測されている新型コロナウィルス感染拡大がより広範囲に伝染すれば、原油需要が減少するため、エネルギー価格が減少する可能性もあるだろう。

16日に経済産業省が発表する9月第3次産業活動指数は前月比−0.7%と予想する。8月(同−1.7%)から減少幅が縮小すると予想する。3回目の緊急事態宣言が9月まで続いたため、9月のサービス業は引き続き軟調だったと思われる。ただし、8月は大雨やオリンピック開催に伴う交通規制の特殊要因があったため、9月はその反動で減少幅が縮小するだろう。先行きを見通すと、緊急事態宣言が解除されたため、飲食・娯楽といった生活娯楽関連サービスや、旅行といった運輸業を中心にサービス業は回復すると思われる。水準については、感染拡大防止のためのスポーツ・文化イベントの延期が本格化する前の2020年2月の水準まで回復するにはまだ時間がかかるだろう。

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岡三証券チーフエコノミスト
会田卓司

岡三証券エコノミスト
田 未来