シンカー:半導体不足などのサプライチェーンの問題は残るが、解消の方向に向かっていることで、製造業の業況感は持ちこたえている。円安も収益の追い風になっているようだ。経済活動の再開にともない、非製造業の業況感は大きく改善した。製造業と非製造業ともに、企業収益は好調で、強い投資活動や賃金上昇につながる可能性がある。雇用の不足感がかなり強くなってきており、サービス業の回復を雇用不足が抑制となるリスクがある裏返しで、マーケットが予想するより強い賃金上昇が起きる可能性がある。実体経済が弱くても、景況感が底割れなかったり、株価が上昇してきた背景には、民間の信用が拡大できる環境なのかを左右する信用サイクルが腰折れなかったことがあった。10−12月期の中小企業貸出態度DIは+18と7−9月期から変化はなく、水準はまだ高く、信用サイクルは持ちこたえている。信用サイクルが堅調であれば、2022年度以降の景気回復は、設備投資サイクルの上振れがけん引し、好調な企業収益と賃金上昇を背景に、企業の新たな商品・サービスの投入が消費を刺激する好循環が、緩やかなU字型から強いV字型に進展することになるだろう。2021年度の大企業設備投資計画は前年比+9.3%となり、実体経済の状況と比較し、かなり強い。規制緩和を含むコスト削減中心の改革から、政府の投資中心の改革への成長戦略の転換を具体化することで、岸田内閣の経済政策を過小評価しているマーケットの見方を変えることができるのかに注目だ。グリーンやデジタル、先端科学技術などの投資フィールドをニューフロンティアとして拡大しようとする政府の成長投資は追加の経済対策で積み増される可能性がある。

会田卓司,アンダースロー
(画像=PIXTA)

10−12月期の日銀短観大企業製造業業況判断DIは+18となり、コンセンサス(+19程度)なみの結果となった。7−9月期の+18から横ばいとなった。半導体不足などのサプライチェーンの問題はまだ残るが、解消の方向に向かっていることで悪化とはならなかった。原油高などのコスト増で素材業種のDIが2ptの悪化となったが、加工業種のDIは横ばいとなった。自動車のDIは−7から−8へ若干悪化しているが、悪化に歯止めはかかってきている。消費者の財の需要の拡大を含め、各国が生産設備の拡大に動き始めていることも、資本財の生産に追い風となっている。生産用機械のDIは+34から+39へ改善している。2021年度下期のドル円の想定レートは109.35円であり、それより円安で推移していることは追い風となっている。新型コロナウィルスの感染拡大による東南アジアなどの部品の生産の停滞は解消してきたが、グローバルなデジタル需要拡大に対応するには半導体などの生産はまだ不足している。1−3月期の大企業製造業先行きDIは+13と、警戒感がまだかなり残っている。サービスと比較して財の動きが強く、輸出・生産が景気を支えてきた。サービス消費の回復が遅れると、非製造業だけではなく、製造業の見通しにも下押し圧力となってしまう。デジタル革新などにより、サービス消費の拡大のため、デジタル関連製品を中心に、より多くの財が必要になってきているとみられるからだ。10−12月期の大企業製造業の経常利益計画(当社季節調整)は前年度比+38.3%となり、7−9月期の+16.7%から更に上振れ、好調な収益が強い投資活動につながる可能性がある。

7−9月期の大企業非製造業業況判断DIは+9となり、コンセンサス(+5程度)を大きく上回る結果となった。7−9月期の+2から改善した。9月末で緊急事態宣言は解除され、経済活動の回復が始まっている。まずは消費財に動きがあるようだ。小売のDIは−4から+3へ改善した。そして、対面サービスでも持ち直しの動きがある。対個人サービスのDIは−45から—9へ大きく改善した。まだ移動や会食に対する抵抗感は残っているようで、飲食・宿泊サービスのDIは−74から—50へと、改善は小さかった。一方、不動産、通信、情報サービスなどは、ウィズコロナの新常態が引き続き強い業況感を支えている。しかし、新型コロナウィルスの感染拡大の第六波の警戒感も、オミクロン型を含め残っている。サービス業の回復には、雇用不足が足かせとなる可能性がある。1−3月期の大企業非製造業先行きDIは+8と、横ばい圏内にとどまっている。政府の経済対策に含まれたGo toトラベル再開への期待感も含まれるだろう。10−12月期の全規模全産業の雇用人員判断DIは−21(マイナスが不足)と、7−9月期の−17から不足感が強まっている。特に、中小企業非製造業の雇用人員判断DIは−31と、かなり不足感が強い。サービス業の回復を雇用不足が抑制となるリスクがある裏返しで、マーケットが予想するより強い賃金上昇が起きる可能性がある。10−12月期の大企業非製造業の経常利益計画(当社季節調整)は前年度比+44.2%となり、7−9月期の+23.5%から更に上振れ、好調な収益が賃金上昇につながる可能性がある。

実体経済が弱くても、景況感が底割れなかったり、株価が上昇してきた背景には、民間の信用が拡大できる環境なのかを左右する信用サイクルが腰折れなかったことがあった。日銀短観の中小企業金融機関貸出態度DIが信用サイクルをきれいに示す。政府・日銀による給付金、信用保証、無利子無担保融資、金融緩和などで中小企業の資金繰りを支え、DIは下落を回避し、高原状態を続けてきた。10−12月期の中小企業貸出態度DIは+18と7−9月期から変化はなく、水準はまだ高く、信用サイクルは持ちこたえている。負債の拡大で流動性をまかなってきた企業が、業績の回復が遅れる中で、まだ負債の維持が困難となるソルベンシーの問題に陥るリスクが残っている。オミクロン型の感染拡大が、経済活動の回復を阻害すれが、そのリスクは更に高まる。一方、オミクロン型の懸念が高まる前に、経済対策の規模を膨らませて、企業と家計への支援を拡充したのは、岸田内閣のファインプレーで、経済活動の底割れを防ぐ力になるだろう。まだ経済活動の自律的な回復頼みの局面ではなく、十分な規模の経済対策で経済活動を支える局面にあったということだ。経済活動の回復を継続できるかは、堅調な信用サイクルが維持できるかにかかっている。日銀の新型コロナウィルス感染症対応の資金繰り支援特別プログラム(2022年3月末が期限)は、大企業向けの対策であるCP・社債等の買入れは縮小されるが、中小企業への影響を考慮して金融支援特別オペは9月末まで延長されるだろう。

信用サイクルが堅調であれば、2022年度以降の景気回復は、設備投資サイクルの上振れがけん引し、好調な企業収益と賃金上昇を背景に、企業の新たな商品・サービスの投入が消費を刺激する好循環が、緩やかなU字型から強いV字型に進展することになるだろう。労働需給逼迫などによる生産性と収益率の向上の必要性、第四次産業革命を背景としたAI・IoT・ロボティクスを含むデジタル投資、脱炭素を含むグリーン投資、遅れていた中小企業のIT投資、老朽化の進んだ構造物の建て替え、都市再生、先端科学技術の研究開発、そして新型コロナウィルス感染拡大後の新常態への適応などの投資テーマがある。コロナショック下でのIT技術の活用の経験がイノベーションを促進するかもしれない。2021年度の大企業設備投資計画は前年比+9.3%となり、実体経済の状況と比較し、かなり強い。更に、規制緩和を含むコスト削減中心の改革から、政府の投資中心の改革への成長戦略の転換を具体化することで、岸田内閣の経済政策を過小評価しているマーケットの見方を変えることができるのかに注目だ。グリーンやデジタル、先端科学技術などの投資フィールドをニューフロンティアとして拡大しようとする政府の成長投資は追加の経済対策で積み増される可能性がある。来年の通常国会では、景気回復の促進策の追加と、春にまとめられる自民党の「新しい資本主義実行本部」の提言と民間からの意見を取り入れ、成長投資の拡大を含む更なる経済対策が策定される可能性がある。2022年度から2023年度にかけてはバブル崩壊後のGDP比17%弱の天井を打ち破る動きが起こるだろう。設備投資サイクルがデフレ構造不況下の低くて固い天井の突破に向けて動き出すことで、企業の長期的な成長期待と収益期待がついに上昇したことが意識される。

図1:経常利益計画

経常利益計画
(出所:日銀、作成:岡三証券)

図2:信用サイクルを示す日銀短観中小企業金融機関貸出態度DIと失業率

信用サイクルを示す日銀短観中小企業金融機関貸出態度DIと失業率
(出所:日銀、総務省 作成:岡三証券)

図3:設備投資サイクルを示す実質設備投資GDP比

設備投資サイクルを示す実質設備投資GDP比
(出所:内閣府、日銀 作成:岡三証券)

田キャノンの政策ウォッチ:10月第三次産業活動指数の予想

15日に経済産業省が発表する10月第3次産業活動指数は前月比1.9%と予想する。9月(同0.5%)から増加幅が拡大すると予想する。9月末に緊急事態宣言が解除されたため、小売業や、飲食・娯楽といった生活娯楽関連サービスを中心にサービス業の回復が確認できるだろう。10月の日銀実質消費は2020年12月以来の高水準だった。先行きを見通すと、感染症の警戒感があることや旅行や観光関連の回復はまだ期待できないため、感染拡大防止のためのスポーツ・文化イベントの延期が本格化する前の2020年2月の水準まで回復するにはまだ時間がかかるだろう。

岡三証券チーフエコノミスト
会田卓司

岡三証券エコノミスト
田 未来

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