シンカー:岸田内閣の下での金融政策は、日銀に丸投げではなく、財政政策も緩和を続け、政府・日銀の強い連携で2%の物価目標を目指すことになる。日銀は、2%の物価目標を到達できる可能性はこれまでより高まったと判断し、現行の金融緩和の枠組みを粘り強く維持するだろう。2022年7月23日に鈴木審議委員と片岡審議委員が退任する。7月中旬までに参議院選挙が実施されれば、その結果を受けて、どのような政策スタンスを持った候補が新たに任命されるのかに注目である。現行の金融緩和の枠組みと2%の物価目標を支持する候補が任命される可能性は高い。どのような審議委員が任命されるのかで、2023年の新執行部の任命に対する岸田内閣の考え方が示唆されることになるかもしれない。参議院選挙で連立与党が勝利し、岸田内閣の経済政策が信任されれば、黒田総裁を含む日銀現執行部が2023年4月8日に退任した後も、政府・日銀の共同声明の下での連続的な運営が重要視され、新執行部の下でも現行の金融緩和の枠組みと2%の物価目標は維持されるだろう。日銀の金融政策の動向は、人事ではなく、あくまで景気物価動向が左右することになるだろう。黒田日銀総裁の退任で、金融政策に不連続な変化が起きるというのは杞憂だろう。

会田卓司,アンダースロー
(画像=PIXTA)

12月16・17日の日銀金融政策決定会合では、「2%の物価安定の目標の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで」、目標からの短期的なオーバーシュートの許容とマネタリーベースの拡大方針を含む、「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)付き量的・質的金融緩和」を継続し、日銀当座預金の政策金利残高の金利を−0.1%、長期金利の誘導目標を0%程度とする現行の緩和政策のフレームワークの現状維持を決定した(賛成8反対1)。長期金利の誘導目標から0.25%程度の乖離に収まるように上限を設けない長期国債の買入れと、年間12兆円程度を上限としたフレキシブルなETFの買入れなど、資産買入れ方針も維持された。日銀は、「当面、新型コロナウィルス感染症の影響を注視し、必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる」と、引き続き緩和的な政策スタンスも維持した。

景気判断は「内外における新型コロナウィルス感染症の影響から引き続き厳しい状態にあるが、基調としては持ち直している」と、前回から据え置いた。先行きの判断も、「感染症によるサービス消費への下押し圧力や供給制約の影響が和らいでいくもとで、外需の増加や緩和的な金融環境、政府の経済対策の効果にも支えられて、回復していく」と、前回からおおむね据え置いた。

実体経済が弱くても、景況感が底割れなかったり、株価が上昇してきた背景には、民間の信用が拡大できる環境なのかを左右する信用サイクルが腰折れなかったことがあった。日銀短観の中小企業金融機関貸出態度DIが信用サイクルをきれいに示す。政府・日銀による給付金、信用保証、無利子無担保融資、金融緩和などで中小企業の資金繰りを支え、DIは下落を回避し、高原状態を続けてきた。10−12月期の中小企業貸出態度DIは+18と7−9月期から変化はなく、水準はまだ高く、信用サイクルは持ちこたえている。

負債の拡大で流動性をまかなってきた企業が、業績の回復が遅れる中で、まだ負債の維持が困難となるソルベンシーの問題に陥るリスクが残っている。オミクロン型の感染拡大が、経済活動の回復を阻害すれが、そのリスクは更に高まる。経済活動の回復を継続できるかは、堅調な信用サイクルが維持できるかにかかっている。日銀の新型コロナウィルス感染症対応の資金繰り支援特別プログラム(2022年3月末が期限)は、大企業向けの対策であるCP・社債等の買入れ増額措置は3月末で終了し、4月以降は元のペースに徐々に戻されるが、中小企業への影響を考慮して金融支援特別オペ(中小企業等向けのプロパー融資分)は現行の取り扱いのまま9月末まで延長された。大企業向けや住宅ローンを中心とする民間債務担保分は、3月末で終了する。

岸田内閣の経済政策は、これまでの「新自由主義」型アベノミクスから、「分配・成長(新しい資本主義)」型アベノミクスであるキシダノミクスに変化し、不完全であったリフレ政策が家計に所得を回すようなより完成したもの(アベノミクス2.0)になる。これまでの「新自由主義」型アベノミクスは、金融政策は「日銀の異次元緩和のみで2%の物価目標を目指す」、財政政策は「プライマリーバランス黒字化目標重視による、財政の単年度主義に基づく小さな政府(政府の機能縮小)」、成長戦略は「規制緩和やコスト削減による総供給の効率化」であった。新たな「分配・成長」型のアベノミクスは、金融政策は「財政拡大との合わせ技の緩和で2%の物価目標を目指す」、財政政策は「成長による増収を家計に分配することで、財政の複数年度主義に基づき、しばらくは十分な財政赤字を維持する大きな政府(政府の機能向上)」、成長戦略は「政府の成長投資と所得分配で企業と家計を支えて総供給と総需要の相乗効果の拡大」となる。

金融政策では、日銀に丸投げではなく、財政政策も緩和を続け、政府・日銀の強い連携で2%の物価目標を目指すことになる。日銀は、2%の物価目標を到達できる可能性はこれまでより高まったと判断し、現行の金融緩和の枠組みを粘り強く維持するだろう。2022年7月23日に鈴木人司審議委員と片岡剛士審議委員が退任する。7月中旬までに参議院選挙が実施されれば、その結果を受けて、どのような政策スタンスを持った候補が新たに任命されるのかに注目である。現行の金融緩和の枠組みと2%の物価目標を支持する候補が任命される可能性は高い。どのような審議委員が任命されるのかで、2023年の新執行部の任命に対する岸田内閣の考え方が示唆されることになるかもしれない。

参議院選挙で連立与党が勝利し、岸田内閣の経済政策が信任されれば、黒田総裁を含む日銀現執行部が2023年4月8日に退任した後も、政府・日銀の共同声明の下での連続的な運営が重要視され、新執行部の下でも現行の金融緩和の枠組みと2%の物価目標は維持されるだろう。日銀の金融政策の動向は、人事ではなく、あくまで景気物価動向が決することになるだろう。黒田日銀総裁の退任で、金融政策に不連続な変化が起きるというのは杞憂だろう。FRBの金融政策の正常化の継続で、日米金利差拡大が大きな円安の力となり、景気拡大が強くなる中、 日銀は2024年度から長期金利の誘導目標を景気・マーケットの拡大と物価上昇率の加速を阻害しない速度で引き上げ始めるだろう。短期の政策金利目標をプラスに戻し、イールドカーブ・コントロールを含む緩和体制から脱却するのは、2%の物価目標を達成し、政府がデフレ完全脱却宣言ができるようになる2025年度となろう。

岡三証券チーフエコノミスト
会田卓司

岡三証券エコノミスト
田 未来

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