この記事は2022年3月24日に「The Finance」で公開された「デジタル人民元とは?現状・影響・問題点を解説【2022年版】」を一部編集し、転載したものです。
中国の中央銀行である中国人民銀行が2022年2月に行われた北京五輪で、外国人向けに初めてデジタル人民元を提供しました。中央銀行が発行するデジタル通貨の最先端として世界から注目を集めています。デジタル人民元の概要からデジタル人民元がもたらす影響や問題点など網羅的に解説します。
目次
デジタル人民元とは
デジタル人民元とは、中国人民銀行が発行している「法定デジタル通貨」です。実際の通貨と同様に「いつでも・誰でも・どこでも」利用ができることを目的に作られました。これまで中国国内で28都市、6,200億元(1兆130億円)の取引が街中の飲食店などで、実証実験として行われています。
スマートフォンに専用アプリをインストールし、店舗にある読み取り機での支払いや、支払人と受取人のスマホをタッチするだけでの決済など、利便性が広がっているのが特徴です。中国では実証実験として実際の街中の買い物から、補助金を政府から個人へ支払うのにも利用されています。
また中国人民銀行が2021年7月に公表した、「中国におけるデジタル人民元(中国数字人民币、e-CNY)の調査研究の進展」によれば、デジタル人民元の正式導入のスケジュールは決まっていません。現在も実証実験は進められており、2022年2月に行われた北京五輪において、外国人向けに初めてデジタル人民元が提供されました。
今後は中国人のみならず、短期で訪れた外国人向けにも利用ができるようにすると考えられています。
デジタル人民元と他の仮想通貨の違い
デジタル人民元とビットコインなどの仮想通貨の大きな違いは、法定通貨であるかどうかです。
法定通貨とは国家として価値が保証されるもので、最終的な決算手段として認められているものです。法定通貨の場合だと、国家としての経済がどうかで価値が決められるため、大きな価格変動は起きにくくなります。
一方で仮想通貨には裏付け資産がありません。そのため金銭的価値の乱降下が激しい傾向があります。ビットコインの価格が急上昇した、暴落したなどのニュースを目にした人も多いのではないでしょうか。
近年では情報通信技術の進歩を背景に、中央銀行デジタル通貨(CBDC:Central Bank Digital Currency)の開発を目指す国が多くなってきました。そのためデジタル人民元は、中国の中央銀行にあたる中国人民銀行が管轄する「法定通貨」になります。
デジタル人民元が作られた背景と現状
デジタル人民元が作られた背景には2つの理由があります。1つは「Facebookがデジタル通貨であるLibra(リブラ)を発表したこと」。もうひとつは「人民元の世界的地位を向上させ、デジタル人民元をデジタル通貨の基軸通貨にしたいこと」です。
2019年にFacebookがデジタル通貨であるLibra(リブラ)を発表しました。ドル、円、ユーロなど世界的に価値の高い法定通貨の担保として、発行されるとされたため、中国国内でも広く流通されることが考えられています。
しかし、中国共産党はLibraが流入することで、国民の資金の移動や利用に関する監視・統制が失われてしまうことを危惧しており、国内の資金移動を監視・統制したいと考えています。
こうした国内の資金移動を監視・統制ができなければ、中国国内の経済が不安定になる恐れがあるためです。そのためデジタル人民元をLibraが流入するより先に導入したいと考えています。
また、中国ではデジタル人民元の開発を2014年から開始し、2017年にデジタル通貨研究所を設立、前述した国内での実証実験につなげています。さらに法制度も、2020年1月に「暗号法」が2020年10月に「人民銀行法改正法案」が整備されており流通の準備に積極的なのが特徴です。
ここまで急速に進める理由は「人民元の世界的地位向上」です。現在の世界の通貨基軸である米ドルはデジタル化されておらず、人民元が先にデジタル化され、世界的に利用されるようになれば、人民元の世界的地位向上につながります。
また、今後、デジタル通貨が主流になればデジタル人民元がデジタル通貨の基軸通貨となり、世界市場において中国が中心になる可能性を秘めています。
こうした背景から中国ではデジタル人民元が推進され、国内の多くの地域での実証実験から、北京五輪を活用した外国人向けの活用までを、積極的に行なっているのが現状です。
デジタル人民元発行のメリットと中国の狙い
人民元の国際的なプレゼンスの強化
前述したように現在の世界の通貨基軸は米ドルです。しかし米ドルはデジタル化されておらず、人民元がデジタル通貨の中心になれば、人民元の国際化が強化されるでしょう。
さらに中国は2013年に習近平国家主席が「一帯一路」を掲げたことによる広域経済圏を築いており、こうした広域経済圏にデジタル人民元が定着すれば、より強固な国際化につながっていくとされています。そのため中国では早期にデジタル人民元を定着させ、デジタル人民元通貨圏を構成することで、人民元の国際的な存在感の強化を狙っていると考えられます。
監視・統制の強化
中国では過去に元安圧力が強まったことで、海外に資金が流出したことが幾度となく起こっています。さらに流出には不正な手段が使われていたこともあり、近年ではより監視の強化を強めているのが現状です。こうした背景から人民元をデジタル化すれば、中国内部での元の動きをより把握しやすくなります。
国内での監視・統制を強化することで、海外への資金流出リスク減らしたい狙いがあると考えられています。
金融政策の強化
人民元をデジタル化させることで、金融政策の強化につながることが挙げられます。なぜならデジタル人民元に金利をつけることが可能になるからです。
現時点で中国人民銀行はデジタル人民元への金利はつけないとしていますが、将来的に金利をつける可能性はあるでしょう。そのような場合、マイナス金利をデジタル人民元につけることが可能になり、金融政策の幅が広がって行くことにつながります。
AML/CFTの強化
目に見えにくいお金の流れも、デジタル化することで送金情報を隅々まで見ることが可能になり、また、よりリアルタイムでのお金の流れを把握することも可能となります。そのためデジタル人民元の活用は、AML/CFTの強化にもメリットがあると言われています。
中央銀行デジタル通貨 (CBDC) 分野でのリード
法定通貨のデジタル化は世界的に見ても進んでいません。そのため世界に先駆けて「中央銀行デジタル通貨(CBDC)」を発行することで、デジタル分野における技術・運用面でリードを奪えます。
なぜなら先駆けて行なった国ほど、デジタル通貨の規格や仕様を決定できるからです。前述した通り、中国では一般への実証実験や外国人向けへのテストなど実用化に向けた動きを加速しています。さらに法整備も進んでいるため、他国が中国をモデルケースにする場合も出てくるでしょう。
デジタル通貨が世界に広がれば広がるほど、中国が中央銀行デジタル通貨(CBDC)でのリードが鮮明になってきます。
デジタル人民元の仕組み
デジタル人民元の仕組みは「第1階層」「第2階層」「第3階層」の3ステップで流通することです。
「第1階層」は中国人民銀行が国有銀行などの仲介機関に対して、デジタル人民元を発行します。発行された仲介機関は、同価値の「準備金」を中国人民銀行へ渡すことで完了です。
「第2階層」ではデジタル人民元を発行された仲介機関が消費者に対して配布します。消費者は事前に、仲介機関へ入金した分と同じ分のデジタル人民元を受け取れる仕組みです。
最後に「第3階層」は消費者が実際に利用します。店舗での買い物はもちろんのこと、個人間でのデジタル通貨の送付も可能になっています。
デジタル人民元の利用方法
デジタル人民元の利用にはアプリを活用しています。消費者はスマートフォンにデジタル人民元専用のアプリをインストールし、自身の情報を入力した後、自身のデジタルウォレットを開設することからスタートです。
開設後は中国人民銀行が指定した仲介機関からデジタル人民元を受け取り、自身のデジタルウォレットにチャージします。チャージが完了したら利用者はデジタル人民元を利用できます。
その後は日本でも行われているスマホ決済と同じように、スマホにデジタルウォレットのQRコードを表示させ、店舗側に読み取ってもらうことで、支払いが可能です。
またスマートフォンを持っていない人に向けて、「カード型」のハードウォレットでの活用もテストされています。カード型ハードウォレットでは、カードの右上に小さな画面があり、支払額や残額などが表示される仕組みです。他にもスマホ同士の接触で決済ができるオフライン決済のテストも行っています。
デジタル人民元の問題点とリスク
デジタル人民元の大きなリスクは中央権力の管理下に置かれているという点です。中国の中央権力が管理しているため、デジタル人民元を利用しているユーザーが「いつ、どこで、どのように」利用したかを、リアルタイムでモニタリングする権限を有しています。
デジタル人民元を発行している中国人民銀行は、匿名性を担保しているといいますが、一部では実名で利用しているシーンがあるのも事実です。そのためデジタル人民元は利用を開始した瞬間、どこまで行っても中央権力の管理下に置かれていることになります。
中央権力のさじ加減によって、利用用途が大きく変わってしまうことは、日本人が利用する場合、間違いなくリスクと言えるでしょう。
こうした点はビットコインなどの仮想通貨が中央権力から距離を置く、中立の立場を取っている点と比較して大きく異なります。
デジタル人民元がもたらす影響
繰り返しになりますが、現在の世界の基軸通貨である米ドルについては、デジタル化はされていないのが現状です。
こうした状況の中、デジタル人民元が中央銀行デジタル通貨として浸透していくことになれば、世界のビジネスの中心が米国から中国へ変わっていくことも考えられるでしょう。
米国は2022年1月20日の米連邦準備制度理事会(FRB)が発表した報告書の中で、米国のデジタル通貨の取り組みは、デジタル人民元の取り組みから「大きく後れを取っている」と言わざるを得ないのが現状としています。
加えて中国がCBDCでいち早く成功を収める結果となれば、親中国家はもちろんのこと、一帯一路の経済圏に入っている国家、アフリカ諸国などが中央銀行デジタル通貨を発行する際に、舵取りをする可能性も高くなるでしょう。
現在、貿易をはじめとした米中対立は深刻です。米中対立はデジタル通貨の分野にも広がっており、米議会は先行しているデジタル人民元の影響が、世界経済のバランスや先行きに影響を与えることを警戒しています。
そのためデジタル人民元の広がりは、これまでの世界経済のあり方を変える可能性を秘めています。
まとめ
デジタル人民元は中央銀行デジタル通貨の最先端として世界から注目を集めています。デジタル人民元の影響は今後、米中対立の大きな争いのひとつになることも危惧されています。
既存の通貨だけでなく、中央銀行デジタル通貨が浸透すれば、世界経済が変わる可能性も秘めています。現在、信用度の高い日本円や世界の基軸通貨である米ドルは、安泰に見えるかもしれません。しかし中央銀行デジタル通貨がさらに浸透した、10年後、20年後にどうなっていくかは読めないのが現状です。
デジタル人民元の動きを、今後も注視していくことが必要と言えます。