この記事は2022年4月4日に「The Finance」で公開された「金融機関における不祥事の予防・発見の実務対応~近時の不正事例から心理的安全性を考える」を一部編集し、転載したものです。


日本における不祥事対応・危機対応の実務として、第三者調査委員会や社内調査委員会を設置し、不祥事の事実関係や原因、関係者の処分、再発防止策等について検討を行ったうえで、調査報告書を開示するという実務が始まってから10年以上が経過した。

このような実務は、ある程度定着したと考えてよい。しかしながら、それにもかかわらず、現在においても、大きな不祥事が後を絶たない。不祥事が発生した場合には、その内容によっては経営者は経営責任を問われ、場合によっては法的責任まで問われることになるのである。

そのため、多くの経営者は、内部監査部を設置し、内部通報制度を導入し、コンプライアンス研修に力を入れるなど不祥事の発生を防止し、また、発生してしまった場合でも早期に発見しようとしている。それにもかかわらず、なぜ、大きな不祥事が発生しているのであろうか。

目次

  1. 近時に発生した不祥事件の傾向
  2. 不祥事発生のメカニズム
  3. 内部統制とその限界
  4. 正当化と組織風土
  5. 心理的安全性
  6. 心理的安全性の高め方
  7. よりよい組織風土の構築に向けて

近時に発生した不祥事件の傾向

金融機関における不祥事の予防・発見の実務対応~近時の不正事例から心理的安全性を考える
(画像=PIXTA)

近時の金融機関の不祥事としては、①「大手証券会社における相場操縦事案」が報道されている。現在進行中の事案であるため、その詳細は分からないものの、会社の経営陣を含め組織的に相場操縦がなされていた疑いが報道されている。

仮に報道されている通りであるとすると、証券会社の経営幹部の認識のもとで、複数の銘柄に関し、複数回に渡り、相場操縦等がなされていたことになる。このような経営陣が関与する不祥事は、下記に述べる「内部統制の限界」のため、内部統制により防止することは困難である。複数の経営陣が関与していたことを考えると、個人的な問題というより、組織風土上の問題が強く懸念される。

また、金融機関ではないものの、2021年に大きく報道された不祥事としては、②「品質不適正問題」があった。日本を代表する複数のメーカーにおいて、長期間にわたり、組織的に、品質不正が行われていた。

調査報告書によると、古いものでは1980年代以降から行われてきたとされており、単独の部署ではなく、複数の部署で、組織的かつ継続的に行われていた。したがって、担当者間において、さまざまな方法で引き継がれており、世代を超えて、不適切行為が承継されていた。

また、調査報告書によると、不適切行為を行った現場の作業員の中には、そのような不適切行為がいわば当たり前になってしまい、製品の安全性への影響がないような場合にはとりわけ、一種の必要悪のような形で承継されていたものと考えられる。このような組織的な不正に対しても、後述のように、内部統制は無力であり、組織風土上の問題が強く影響している。

このように、近時、発生した不祥事は、いずれも、経営の根幹をも揺るがすほど大きいものである。そして、その特徴としては、個人による横領等のように内部統制により防止できるものではなく、組織風土上の問題が大きな影響を与えている事例であると考えられる。

本稿は、①、②の事例のように、コンプライアンス経営が叫ばれる現時点においても、なぜ、経営の根幹を揺るがすような大きな不祥事が発生するのか、なぜ、それを防止できなかったのかを検討する。

②は金融機関において発生した不祥事ではないものの、例えば、アパートローンに係る不正融資事案は、まさに、組織風土から発生した経営の根幹を揺るがす問題であり、そのような問題が、未だ明らかにされずに隠されている可能性は否定できない。金融機関以外で発生した不祥事も含めて、不祥事の要因を分析することは、金融機関の不祥事を防止する観点からも有用である。

不祥事発生のメカニズム

不祥事の原因分析においては、クレッシーによる「不正のトライアングル」が有名であり、多くの調査報告書の原因分析においても取り上げられている。不正のトライアングルとは、不正が発生するのは、動機、機会、正当化の3つの要素が重なったときであるとするモデルである。

動機

不正を起こす直接的な要因であり、例えば、多重債務を負っており、生活資金が足りなかった、遊ぶ金が欲しかった、営業成績をあげたかった、このままでは組織がなくなってしまうと思ったなどである。この例のように、個人的な動機もあれば、組織的な動機の場合もある。

機会

不正を起こすことができるような状況を指す。例えば、本来、複数名で対応しなければならないはずの現金の管理とその記帳の業務を1人で担当していた場合などである。不正の機会をなくすのには、有効な内部統制を整備・運用することが有用であり、逆に、機会があったということは、内部統制が有効でなかったことが想定される。

正当化

不正行為者の、やってはいけないと分かっていながら、その規範を乗り越える心の働きを言う。不正の行為者であっても、その行為が悪いことであり、行ってはいけないことは認識している。そのため、そのような行為を行うのには、通常は、心理的・倫理的なハードルが立ちふさがり、躊躇するものである。

「正当化」とは、そのような心理的なハードルを下げるための心の中の言い訳である。例えば、「こんなにサービス残業をさせられているのだから、この程度のお金を横領しても問題ない、残業代かわりだ」「このことは、規則違反にはなるが、誰も守っていない。むしろ、会社のためになる」などであり、不正実行者は、このような都合の良い言い訳により少しでも心理的・倫理的なハードルを下げるのである。この例のように、正当化のもととなる要因は、組織的な要因もあれば、個人的な要因もある。

内部統制とその限界

クレッシーの不正のトライアングルによると、不正を防止するためには、この3要素がそろわないようにする必要がある。このうち「機会」については、有効な内部統制を構築することが効果的な防止策である。内部統制については、会社法上の内部統制構築に係る決議や金融商品取引法上の内部統制報告書に基づく開示がある。

大和銀行ニューヨーク支店事件のように、仮に、有効な内部統制が構築されておらず、その結果として、本来防止できるような不正が防止されずに発生してしまったときは、経営者は、内部統制構築義務違反を理由に、会社から損害賠償請求をされる可能性があるのであり、とりわけ多くの金融機関においては、これらの制度が導入される前から、経営の重点事項として内部統制の構築に経営資源を割いてきている。

このように、多く金融機関や事業会社では内部統制の構築に一定の経営資源を投入しているにも関わらず、日本の企業、それも一流企業と言われるような企業においても、組織的かつ長期的な不祥事がとまらないのはなぜであろうか。

それは、内部統制には、一定の限界があるのであり、どのように内部統制を構築したとしても、それで防ぐことができない不正があるからである。例えば、経営者が内部統制を無効化している場合には、内部統制によって、経営者の不正を防止することはできない。

また、「複数の担当者による共謀」がある場合も、内部統制によって、不正を防止するのは困難である。内部統制の仕組みとしては、担当者の少なくとも一方が、不適切な行為であると気が付くことにより防止する仕組みとなっていても、担当者通しで共謀している場合には、そのような確認の仕組みは機能しない。

組織的・長期的に起こっている不正の多くは、複数者の共謀によりなされているものであり、内部統制が機能していなかった。実際、上記に上げた相場操縦の事案も、品質不正の事案も、内部統制のみでは不正を防止できなかったのである。

正当化と組織風土

不正を、内部統制で防止できない場合には、不正のトライアングルのうち残りの「動機」と「正当化」をなくすことにより防止することになる。動機は、個人的な要因も大きいが、正当化は、組織風土を改善することが有用であり、長期的な対応が必要であるものの、対応可能である。

実際、多くの調査報告書において不正の原因として組織風土が問題とされ、再発防止策としては組織風土の改善を挙げている。以下は、調査報告書で組織風土が問題としてされている事例である。

  • 危機意識の低さ
  • うえに物が言えない
  • 風通しの悪い組織風土
  • 上意下達
  • 組織的な隠蔽体質
  • むら社会

心理的安全性

多くの調査報告書においては、再発防止策として、組織風土の改善、とりわけ、風通しのよい組織風土を構築することがあげられている。これに関連して、近時、「心理的安全性」を高めることが組織風土の改革にとって重要であるとの指摘がなされている。

「心理的安全性」とは、「チーム内で、他のメンバーが自分の発言に対して罰したり拒絶したりしないという信頼を持てる状態」であり、1999年にハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授によって提唱された用語である。

エイミー・エドモンドソンは、その著書「恐れのない組織『心理的安全性』が学習・イノベーション・成長をもたらす」(英治出版株式会社)の中で、「複雑で不確実な世界で成功するために必要なものの」の1つとして、心理的安全性を挙げている。

同書においては、アメリカのウェルズ・ファーゴ銀行による不祥事や東日本大震災時の原発問題等を掲げたうえで、これらの問題は、心理的安全性に問題があったと論じている。

例えば、ウェルズ・ファーゴ銀行の営業の不正事例では、2002年から2016年にかけて顧客に無断で口座やクレジットカードを作るという不正が行われていたが、これは、同書によると、「特定の売上を達成することで特別手当が支給され、トップの管理職の年間賞与に影響した」ことや、「支店の職員は、無謀ともいえる販売数を割り当てられたうえ、進捗状況を毎日念入りに追跡された」ことが、その要因の一つであったとされている。(以上、「恐れのない組織『心理的安全性』が学習・イノベーション・成長をもたらす」より)

このような、環境下においては、従業員は、無理をしてでも売上を上げねばならず、上司に意見や異論などいえず、極めて「心理的安全性」が低い状態であったと考えられる。

このように、心理的安全性の低い職場では、従業員が上司や周囲の者に、率直に意見を述べることができず、おかしいと思うことをおかしいと言えずに、不適切な行為が継続的に行われてしまうことがある。とりわけ、日本は、同質性の高い文化と言われており、上司や前任者が当然に行っていた行為に対しては、必要悪として罪悪感もなく行ってしまい、それを後任の者や周囲の者、部下に広めてしまうことがある。

このような組織において、不祥事を防止するのは、内部統制では十分ではなく、正しい企業風土、とりわけ心理的安全性を高めることが必要である。

心理的安全性の高め方

心理的安全性を高めるためには、組織のリーダーの行為が重要な役割を果たすとされている。同書では、リーダーの心構えとして、「感謝を表す」「失敗を恥ずかしいものではないとする」「明らかな違反に制裁措置をとる」の3つが重要であるとしている(*)。

感謝を表す

部下が行った行為に対して耳を傾け、また、アイデアや疑問を話してくれる人に対して感謝を伝えることである。このような感謝を伝えることにより、部下は、間違っているかもしれない疑問点についても率直に話せるのである。

失敗を恥ずかしいものではないとする

不確実性やイノベーションには失敗は受容できないものではなく、当然に発生するものであるとの認識を共有することである。失敗から学び、その学びを共有することにより周りにも好影響を与えるのである。そのため、失敗を回避することを目標とするのではなく、失敗を通じた素早い学習を促進することを目標とする必要がある。これにより、素直に話し合い、素早く学び、イノベーションを起こすことができるとされている。

明らかな違反について処罰する

組織において、非難されても仕方がない行為が何かを示したうえで、それに部下が違反した場合には、制裁措置をとることである。場合によっては、懲戒解雇をすることも含まれるとされている。明らかな違反行為については、明確な処分をすることにより、心理的安全性は高まるとされている。

*本稿では、心理的安全性を高めるための方法として、同書のごく一部しか紹介できない。興味のある方は、ぜひ、同書を読まれることをお勧めする。

よりよい組織風土の構築に向けて

近時発生している経営の根幹を揺るがすような大きな不祥事は、いずれも、内部統制によって防止できるものではなく、組織風土に根ざしている。組織風土に問題がある場合、組織風土を改善しない限り、どんなに内部統制を強化しても、内部監査を行っても、内部通報体制を整備しても、不正はなくならない。

むしろ、継続的・組織的な不正が、組織の奥深くで脈々と行われている可能性もある。心理的安全性を高め、風通しのよい組織風土を構築することは、そのような不正を防止するための不可欠な要素である。


[寄稿]木内 敬
三浦法律事務所
パートナー弁護士・公認会計士

2006年長島・大野・常松法律事務所、2011年から金融庁検査局に出向、2019年から現職。金融機関・事業会社の不祥事調査等を専門とする。三菱電機ガバナンスレビュー委員会委員。