この記事は2022年3月28日に「The Finance」で公開された「Embedded Financeの事例分析と今後の展望」を一部編集し、転載したものです。


Embedded Finance(エンベデッド・ファイナンス)は2020年ごろから広く使われるようになった。金融事業者と非金融業者が協力して実現するサービスであり、Fintechの最新形態である。国内の金融機関でも取り組みが始められている。本稿では、Embedded Financeの概要を解説し、海外事例を紹介するとともにSME向けEmbedded Financeの可能性について考察する。

目次

  1. Embedded Finance (エンベデッド・ファイナンス) とは
  2. 海外の成功事例
  3. SME向けEmbedded Finance

Embedded Finance (エンベデッド・ファイナンス) とは

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(画像=PIXTA)

Embedded Finance(エンベデッド・ファイナンス)という語は2020年ごろから広く使われるようになった。金融事業者と非金融業者が協力して実現するサービスであり、Fintechの最新形態だ。

非金融事業者のサービスのなかに金融サービスを組み込む(embedする)ことで、エンドユーザーが日常的に利用する非金融サービスを金融サービスチャネルへと変貌させる。

エンドユーザーは、わざわざ金融事業者の用意したチャネルへ出向かなくとも、自然な導線で金融サービスを利用できるようになる。非金融事業者にとってはサービス利用の活性化、金融事業者は非金融事業者経由でのユーザー獲得という利益を享受することができる。まさにWin-Win-Winである。

Embedded Financeの実現にはオープンAPIが不可欠だ。APIとはアプリケーション・プログラミング・インターフェイスの略で、複数のコンピュータープログラムを一体的に実行させるための連携手段。そして異なる企業間でのプログラム連携を実現するものを特にオープンAPIと呼ぶ。

非金融事業者は、金融事業者が用意したオープンAPIを活用することで、Embedded Finance型のサービスを実現する。API型の金融サービス提供モデルのうち、銀行やノンバンク決済事業者がAPI経由で口座サービスを提供する場合は、これをBanking-as-a-Service(BaaS)とも呼ぶことがある。

海外の成功事例

国内では住信SBIネット銀行、新生銀行、GMOあおぞらネット銀行、ふくおかファイナンシャルグループ傘下のデジタル銀行であるみんなの銀行の取り組みなどが知られている。特に住信SBIネット銀行は「NEOBANK」というブランドでEmbedded Financeを積極推進しており、JAL、Tマネー、ヤマダ電機といった著名企業との協業をスタートさせている。

とはいえ、まだ国内Embedded Financeはまだ始まったばかりであり、明確な「勝ちパターン」は模索中といえるだろう。しかし、海外ではすでに、AppleやUberなどの世界的大企業を含む多くの非金融事業者がEmbedded Financeに取り組み、成功を収めている。

ここでは、Appleの取り組み事例を紹介する。

2019年にApple社が同社として初めて発行したクレジットカード「Apple Card」は、Embedded Financeの大型事例として知られている。チタン製の物理カードもあるが、これはアプリ決済できない場合のための予備的な位置づけ。その本質はアプリ利用をメインとするバーチャルカードであり、そのアプリが提供するユーザー体験(User Experience:UX)にはAppleらしいユーザー本位主義が貫かれている。

「Apple Card」の金融機能を担っているのは、米国の大手銀行であるGoldman Sachs。リテールバンキングには新規参入したばかりだが、API経由でのEmbedded Financeを武器に大手ユーザーを獲得する戦略でAppleとの提携を実現。

「Apple Card」においては、Goldman Sachsが入会審査やカード利用の承認判定処理などを含むクレジットカード業務全般を担いつつ、Appleに対しては利用明細などのカードデータをリアルタイムで連携するというフォーメーションだ。

カード業務から解放されたAppleはアプリUXに注力し、従来のカードアプリとは大きく異なる斬新な使用感で「Appleらしさ」を遺憾なく発揮。支出の振り返りや利用額の返済といった家計管理面での自然な利用導線も功を奏したのか、「Apple Card」は「米国クレジットカード史上最速の拡大を記録した」と言われたほどの成功を収めた。

「Appleならでは」のクレジットカードを熱狂的に受け入れたユーザーはiPhoneからAndroidスマホに乗り換えようなどとは思わない。つまり、AppleはiPhoneユーザーのさらなる囲い込みに成功。そしてリテールバンキングに進出したばかりのGoldman Sachsは、Appleのブランド力を活用して一気に数百万のカードユーザーを獲得することができた。Embedded FinanceがもたらすWin-Win-Winの好例である。

なお、AppleのEmbedded Financeはもう一つある。メッセージアプリであるiMessenger上でお金を送りあえる「Apple Pay Cash」だ。こちらはBaaSとEmbedded Financeに特化したモバイル銀行Green Dotの金融機能を組み込むことで実現している。

Goldman Sachsのほうも「Apple Card」の成功を足掛かりとしてEmbedded Financeへの取り組みを加速。2020年には小売の両雄であるAmazonとWalmart、そして格安航空会社のJetBlueとともに、後払いやビジネス融資という与信型のEmbedded Financeを展開している。

SME向けEmbedded Finance

生活者向けサービスの文脈で語られることの多いEmbedded Financeだが、エンドユーザーを個人に限定する必要はない。むしろEmbedded FinanceはSME向けビジネスアプリにおいて力を発揮する可能性があると筆者は考える。

実際、上で触れたAmazonとWalmartのEmbedded Finance型サービスはネットマーケット出品者への事業性融資、Uberのそれはドライバーへの報酬送金というビジネスサービスだ。

特に筆者が注目するのは、特定業種の事業者に共通な課題へのソリューションを提供する、業種特化アプリにおけるEmbedded Financeの可能性だ。当該領域の事業者に不可欠なツールとの位置づけを獲得したビジネスアプリにおいては、決済や送金、ビジネス融資といった金融機能の組み込みで、アプリの利便性と収益力がさらに向上する向上させる可能性がある。

ここでは米国から2つの事例を紹介する。

最初に紹介する「Wrapbook」はCMやTV、映画などコンテンツ産業向けのビジネスアプリ。この業界は俳優など演技者だけでなくメイクやヘアスタイルなど専門性を持った多様な人材によって成り立っているが、短期間の「プロジェクト型」の雇用である点が大きな特徴である。

年に数回、下手をすれば数十回も契約行為をする従事者もいるが、雇用者の側も契約管理や給与支払い、必要な保険への加入など煩雑な作業に追われている。IT化が浸透していなかったこの業界をターゲットに2018年に創業したのがWrapbookで、雇用者と従事者を繋げるビジネスマッチング機能が支持されてリピート利用者が増大しているという。

ビジネスマッチングというコア機能は非金融だが、ひとたび契約関係となったユーザー間では給与の支払いや保険の処理などで金融ニーズが生じる。WrapbookアプリはEmbedded Financeでそうした金融ニーズにも対応することで、コンテンツ産業向けビジネスアプリとしての価値向上を実現している。

次の事例は、ヨガスタジオ運営者向けビジネスアプリの「Mindbody」。ヨガスタジオは、インストラクタに対してレッスン用の部屋を貸し出し、当該レッスンへの参加者を募る。部屋・インスタクター・参加者の3者をマッチングし、3者それぞれのスケジュールを管理するのがコア業務となる。

そして、参加者から受講料を徴収するための決済機能、そして売上の一部をインスタクターに報酬として支払う資金移動機能が、アプリの価値向上をもたらす金融機能となる。Mindbodyに出資している米ベンチャーキャピタルのアンドリーセン・ホロウィッツによると、同アプリは各ユーザー企業から月に約250ドルの売上を得ているが、そのうちサービス月額利用料は150ドルで、残り100ドルは決済機能の手数料などだという。決済機能の提供が収益性を大きく向上させていることになる。

日本国内でも、業種特化型アプリにおけるEmbedded Financeがすでにある。注目したいのは、「建設現場で働くすべての人を支えるアプリ」と自らを位置付けている「助太刀」だ。

2017年のサービス提供から急速にユーザー数を伸ばしており、すでに16万を超える事業者が利用しているという。建設現場は70を超える職種の人材が適切な順序とタイミングで作業することで成り立っているが、現場が必要とする人材の確保は主に人脈と電話連絡に依存しており、業界としての大きなボトルネックとなっていた。

助太刀は、建設現場と職人の間のビジネスマッチングをコア機能として提供し、作業報酬の円滑な支払いを支える金融機能として「助太刀あんしん払い」を提供している。また、個人で活動する「一人親方」が300万人以上、その多くが労災保険未加入という業界の改善を目指し、2019年にはアプリで申込が完結する「助太刀労災」も開始している。

助太刀自身も、金融機能がアプリの価値を高めていることを明確に認識しており、「Fintech事業」を同社の柱の1つとして位置付けている。助太刀自身はEmbedded Financeという用語は用いていないようだが、これは国内におけるSME向けEmbedded Financeの代表事例といえるだろう。

オープンAPIを駆使し、金融と異業種の新たな協業のかたちを実現しようとしているEmbedded Finance。個人向けの生活サービス分野だけでなく、SMEビジネスアプリにおいてもその変革力を発揮していくことを期待したい。


[寄稿]森岡 剛
株式会社インフキュリオン コンサルティング
マネジャー

株式会社日立製作所研究開発本部を経て2014年より現職。決済とフィンテックの豊富な海外事例情報を踏まえた分析に定評。社内外の各種メディアへの寄稿や社外講演など情報発信にも取り組む。博士(コンピューターサイエンス、トロント大学)。