この記事は2022年3月15日に「The Finance」で公開された「【連載】金融機関におけるdXとは」を一部編集し、転載したものです。
金融機関は加速するビジネス環境の変化の中で生き残るためにはビジネスモデルの変革を求められている。具体的には、顧客体験をOMOの観点で見直したり、新規事業を創出したり、抜本的にコスト構造の見直しをすることが必要となっている。その際に、これまで通りのやり方では対応に限界があり、本来目指したい姿には届かないのである。そのギャップを埋める鍵になるものこそが「dX」であると考えている。
「dX」とは
デロイトでは、デジタル化(Digitalization)と dX(Business Transformation with Digital)はまったく違うものとして捉えている。
デジタル化とは、デジタル技術を活用して「部分的・局所的」にオペレーションやチャネルなどを改善することと定義している。
一方で、dXは、デジタル技術を活用して全社的・抜本的にビジネスモデルを含めた変革を行いビジネスにおける競争上の優位性の確立を狙うことと定義している。それゆえに、デロイトでは、ビジネス変革が主で、デジタルは従で変革を実現するイネーブラーであるという考えのもと、DXではなく「dX」と表現している。
ただ、金融機関の取組を拝見すると、デジタル化の取組に留まっているケースが多いように感じている。要するに、D(Digitalization)が取り組みの中心で、X(Transformation)はできていないのである。
具体的には、デジタルを活用した深化の取り組みはできているが、ビジネスモデルの変革に繋がる探索の取り組みは遅れている。また、今の延長(フォーキャスト)が多く、バックキャストができていないともいえる。さらにいえば、ソリューションドリブンになっており、真に顧客起点・イシュードリブンな取り組みになっていない。
原因としては、トップマネジメントが長期的な目線で経営の舵取りができていないことに依拠していると考えられる。トップマネジメントがQuick Winを優先して深化の実行のみを指示することで、現場は指示された深化の実行に時間を取られて探索が疎かになっている。
その結果、現場において探索に係る経験・知見が貯まらず、新たな施策にトライするスキルが身に付かない、という悪循環に陥っているのではないかと推察される。加えて、探索のプロセスや取り組みを評価する制度などのイノベーションを創出するための仕組みが整備されていないということも一因といえよう。
金融機関が実行すべきdXとは
デロイトでは、金融機関が実行すべきdXを「Goal & Aspiration」「5 Elements」「Capabilities」の3つの観点で捉えている。
「Goal & Aspiration」とは
dXを通じて目指す姿のことを示しており、定量・定性の観点から具体的なゴールが策定されていること、その実現に向けたロードマップが具体的になっていることが求められる。その際に、金融機関が長期的に目指す姿とdXを通じて目指す姿がアラインしており、それぞれの位置づけが明確になっていることが重要である。
金融機関によっては、dXといいつつも全体像個別施策のボトムアップ的な寄せ集めになっており、dXのゴールや定義が曖昧なまま進めているケースも多くみられる。ここで重要なのは、dXを通じて目指す姿については、中長期的な目線を持ってトップダウンで策定することである。
「5 Elements」とは
金融機関がdXを通じて目指す姿(Goal & Aspiration)をビジネス、オペレーション、IT、データ、組織・人材の5つの観点に分解し、具体的にどのようなことをするべきか示したものである。
- ビジネス
・既存事業においては新たな顧客体験を基に売上増、顧客満足度向上が実現していること
・新規事業においては新たな収益の柱になっていること - オペレーション
・柔軟かつリーンなオペレーション態勢が構築され、生産性が高まっていること - IT
・安価かつアジリティの高いアーキテクチャ等の最新技術の活用が進んでいること
・dXを支えるIT態勢が実現していること - データ
・社内外のデータを一元的に集約し、AI等の最新技術を活用して分析が実現していること - 組織・人材
・デジタル・IT人材が十分に育っており、ベンダー依存が解消されている
・顧客中心思考、失敗を許容する文化、新たな働き方が定着している
「Capabilities」とは
5 Elementsそれぞれの目指す姿を実現する上での必要なケイパビリティを示しており、経営が変革にコミットし推進主体の下で実行管理されていることが求められる。
dX推進のポイント
dXに係る取組の多くは不確実性を内包したものとなるため、dXの進め方として「Think big(大局で考える)」「Start small(小さく始める)」「Scale fast(一気に広げる)」という3ステップに分けて進めることを提唱する。
すなわち、あるべき姿を具体的に描くところからスタートし(Think big)、その実現に向けた各種施策の中で比較的取組みやすく、実現可能性の高い単位でプロジェクト化し(Start small)、プロジェクトを通じての軌道修正や成功体験を糧に、迅速に全社展開させ成果を刈り取る(Scale fast)という考え方である。
全社的にdXを推進し定着化させるためにはそれをドライブする社内の人材を発掘・育成することが重要だが、dX人材は決定的に不足しているのが現状である。そこで、ポイントとなるのは、「内製化するdX人材の範囲を定義すること」、「内製化するdX人材を外部パートナーを活用して早期育成すること」の2つである。
ビジネスプランナー、アーキテクト、プログラムマネジャー、デジタルマーケティングスペシャリストなど、ビジネス変革をする際のコアとなる人材については内製化を目指し、その他の人材については外部リソースを活用して量を充足していくというのが基本的な方針となるであろう。
また、内製化する人材についても、すぐに既存の人材だけでは対応できないので、外部パートナーを活用した伴走型OJTでの人材育成が現実解である。中途採用では調達できる規模感が不十分であり、IT企業をM&Aする場合は時間軸が読めず実現性が不明確であるからである。
デロイトのdX関連の様々なプロジェクトの経験を踏まえた、dX推進の際の、陥りがちな罠と推進のポイントを紹介させて頂ければと思う。dX推進は全社改革をすることと同義であり、志のある一部の社員が推進すれば実現できるものではなく、全社の取組とするうねりを作ることが非常に重要になる。
- 道しるべ(dX戦略)を具体的に描く
- トップマネジメントが実行にコミットする
- 一歩目となる取組は必ず成功させる
- 実行権限・予算をdX所管部署に委譲する
- 事業部門に主体性を持たせる
- 組織の能力を獲得・強化する
- 失敗を認めるカルチャーを作る
最後に、dX推進に際して、想定した効果が創出できているか測定・管理することも重要である。その際には、適切にKGI(Key Goal Indicator)やKPI(Key Performance Indicator)を設定する必要がある。たとえば、dXの取組全体を評価する指標がKGIで、dX推進に係る各施策のゴールや進捗をKPIとすることが多い。
KGIについては、企業の経済活動全体では一般的に財務視点の指標(収益増、コスト削減等)を設定することが多いが、ことdXにおいては財務視点の指標に加えて顧客視点の指標(NPS、アプリのダウンロード数・アクティブユーザー数等)併せて定めることが重要である。なぜなら、dXは顧客起点の発想を持ってビジネスモデルを変革していくものであるからである。
外資系戦略コンサルティング会社を経て現職金融業界を中心に、中期・長期経営計画策定、DX戦略策定・実行、新規事業立案、営業戦略立案、デジタル業務改革など、幅広いテーマのプロジェクトに従事。「デジタル起点の金融経営変革」(中央経済社)執筆
シンクタンクにて事業企画/事業開発等を経て現職。入社後、金融インダストリーにて、金融機関における中長期戦略策定支援、非金融事業者における金融事業参入に向けた事業構想策定支援に従事。