この記事は2021年12月17日に「The Finance」で公開された「国内での拡大が予想されるEmbedded Financeの可能性と法的留意点」を一部編集し、転載したものです。
本稿では、国内外で注目を集めるFinTechの一分野であるEmbedded Financeの概要、考えられる国内のビジネス事例、その場合に適用があると考えられる日本法について解説する。
目次
Embedded Financeとは
Embedded Finance(Modular Finance)は、日本語では、埋込型金融、組込型金融、モジュール型金融、プラグイン金融などと呼ばれ「金融以外のサービスを提供する事業者が、金融サービスを既存サービスに組み込んで提供する」というものである。
具体的には、事業者が、ほかの事業者へ金融サービスに必要な基幹システムをAPIベースで提供することを意味する。当該仕組みを利用することで「誰もが低コストで金融サービスをエンドユーザーに提供することが可能になる」といわれている。
Embedded Financeのアイデアがアメリカで一気にメジャーになったのは、著名VC a16zの2020年1月のブログ「Every Company Will Be a Fintech Company」が契機とされる。
2021年11月1日、「金融サービスの提供に関する法律」に基づく「金融サービス仲介業」の制度がスタートした。
金融サービス仲介業の登録(金融サービス法12条)を受けた事業者は、一定の規制の下、顧客に対し高度に専門的な説明を必要とするものとして政令で定めるものを除く「預金等媒介業務(同法11条2項)」「保険媒介業務(同3項)」「有価証券等仲介業務(同4項)」「貸金業貸付媒介業務(同5項)」のサービスをワンストップで提供することが可能となる。
こういった法整備などによって、国内におけるEmbedded Financeは拡大する可能性がある。
Embedded Financeでの登場人物の役割
Embedded Financeの登場人物は概要、下記の3者が想定されている。
日本では、上記[1]のBrandに対し、[2]のEnablerと[3]のLicense Holderを兼ねるFintech企業がサービス提供する事例が生じてくると予想されている。
他方、日本ではメガサービスが上記[1]〜[3]すべての機能を内製化し自己完結型でサービス提供することが予想されており、この場合、Embedded Financeのエコシステムは育たないと考えられる。
Embedded Financeのサービス例と日本法
ここからは、米国でのEmbedded Financeの事例を、Hydrogen社・Head of MarketingのScott Raspa氏のブログ「6 Examples Of Embedded Finance Changing The Future」を参考に、支払、貸付、投資、保険、銀行、カード決済という分類に基づき、日本のEmbedded Financeの導入事例や、導入が予想されるビジネスを記述する。
Embedded Financeの裏側で、システム提供などを行うFinTech企業(通常はEnablerとLicense Holderを兼務するのでその例を中心に記載)への規制、同サービスの提供を受けるBrand(顧客に接点を有する企業)への規制について検討する(※)。
※:Embedded Finance導入事業者に対する犯罪収益移転防止法規制の内容等の検討については「Embedded Finance(Modular Finance)の概要と日本法、日本での可能性」を参照
Embedded Payment(埋め込み型支払)
ユーザーがアプリ経由でサービスや物品を購入、そのアプリ上でサービス提供者や物品販売者(以下、ここでは単にBrandという)への対価の送金(支払)までも併せて行うようなビジネスを日本で導入する場合を考える。
物品の販売やサービスの提供を行うBrandについては、元来のAmazonのように自社で物品を販売する事例と、楽天市場のように他ショップが物品を販売するサービスの両者があるが、本稿では前者を念頭に置いて検討する。
Enabler/License Holderへの法規制
Enabler/License Holderが、銀行に対してユーザーからの為替取引の指図を伝達する電子送金サービスプログラムをAPI提供し、それを運営する場合は、電子決済等代行業に該当し内閣総理大臣の登録を受ける必要がある(銀行法2条17項1号、52条の61の2)。
また、Enabler/License Holderが、ユーザーから回収した対価をBrandに引き渡すサービスを「収納代行サービス」として行う場合であれば特段の規制は適用されないが、Brandから代金回収権限を授権されずにユーザーから回収した対価をBrandに送金するなどにより「為替取引」を行う場合には、銀行業を行う者として内閣総理大臣の免許を受けるか(銀行法2条2項2号、4条1項)、資金移動業者として内閣総理大臣の登録を受ける必要が生じる(資金決済法2条2項、37条)。
Brandへの法規制
Brandが物やサービスの販売に紐づかずに送金サービスを提供する場合、Brandにも資金移動業の登録が求められる。
もっとも、Brandが、為替取引業務を行うEnabler/License Holderとユーザーを繋ぐユーザーインターフェースの提供を行っている場合など、Enabler/License Holderの為替取引業務の一部を担っているに過ぎない場合、Brand自身は資金移動業者の一部業務の委託先(資金決済法38条1項9号)となり、資金移動業の登録は求められないと考えられる。
Embedded Lending(埋め込み型貸付)
ユーザーがBrandのアプリ上での物品の購入に合わせて購入代金の分割払いローンを組むような事例が想定され、これは(自社)割賦販売、信用(割賦)購入あっせん、ローン提携販売、提携ローンのいずれかをアプリでシームレスに提供する取引ということになろう。
以下では、信用(割賦)購入あっせんを例に説明する(※)。なお、国内事例としては、クレジットエンジン株式会社が、融資の申込、契約、借入、返済までの登録と管理をオンラインで完結できる仕組みを備えたオンライン融資管理システム「CE Loan SaaS」の提供を公表している。
※ :詳細は「Embedded Finance(Modular Finance)の概要と日本法、日本での可能性」のⅡの2を参照
Enabler/License Holderへの法規制
信用(割賦)購入あっせんは、包括信用購入あっせん(割販法2条3項)と個別信用購入あっせん(同法2条4項)に分けられるが、Enabler/License Holderがいずれのサービスを提供する場合でも、事業者の登録制(同法31条、35条の3の23等)、取引条件表示義務(同法30条、35条の3の2)、書面交付義務(同法30条の2の3、35条の3の8等)などの規制が課される。
もっとも、いわゆるマンスリークリアは規制対象外となる。マンスリークリアとは、ユーザーが商品サービスの提供を受ける契約を事業者と結んだ時から2カ月以内に、与信を行った事業者との清算が完了する取引のことだ。
なお、少額の分割後払い規制が導入され、利用者の極度額(利用限度額)を10万円以下にすることを条件として、登録少額包括信用購入あっせん業者について規制緩和が行われている。
少額包括信用購入あっせん業者は、経済産業省に登録を要するが(割販法35条の2の2)、その際の純資産要件が緩和され(同法35条の2の11第1項3号)、資本要件(現行登録時最低2,000万円)が撤廃されている。また、与信管理等や社内体制も簡易なものとすることが認められている(同法35条の2の4、35条の2の11第1項11号)。
Brandへの法規制
Enabler/License Holderが提供する信用(割賦)購入あっせんについて、Brandが取引の媒介を行う場合、Brandに適用される法規制はない。
Embedded Investment(埋め込み型投資)
国内事例としては、金融機関の口座において投資一任業務を提供する株式会社FOLIOの4RAPというサービスが誕生している。当該サービスは、Enabler/License Holderがプラグイン型SaaSを提供し、Brandである金融機関が管理する口座上で、口座保有者にラップ・ロボアドサービスを提供するというものである。
Enabler/License Holderへの法規制
実際に投資一任業務を行うEnabler/License Holderは、金融商品の価値などの分析に基づく投資判断に基づいて有価証券又はデリバディブ取引に係る権利に対する投資として、ユーザーの金銭その他の財産の運用を行うもの(金商法2条8項12号ロ)であれば、投資運用業者としての登録(同法28条4項1号、29条)が求められ、最低資本金規制(同法29条の4第1項4号イ等)、体制整備義務(同法29条の4第1項1号へ)などの規制が適用される。
Brandへの法規制
上記の4RAPの例では、Brandである金融機関は、自社内の口座の顧客に対し投資一任契約の締結の代理又は媒介(同法2上記の4RAPの例ではBrandである金融機関は、自社内の口座の顧客に対し投資一任契約の締結の代理又は媒介、同法2条8項13号)をすることになる。
投資助言・代理業(同法28条3項)を行うために金商法33条の2に基づく登録をする必要が生じる。このような登録を受けた金融機関を登録金融機関といい(同法2条11項柱書)、金融商品取引業者と同様の行為規制(同法36条~40条の5)などが適用される。
なお、銀行、協同組織金融機関、その他政令で定める金融機関以外の者(第一種金融商品取引業を行う者及び登録金融機関の役員及び使用人を除く)の場合には、投資助言・代理業を取得するほか、金融商品仲介業の登録を行うことでも、投資一任契約の締結の媒介を行える(同法2条11項4号、66条)。なお、金商法66条が金融機関以外の者のみに金融商品仲介業の登録を認めているため、金融機関は金融商品仲介業ができない。
また、銀行などの金融機関以外の者に関しては、金融サービス仲介業の登録を受けた場合にも、顧客に対し高度に専門的な説明を必要とするものとして政令で定めるものを除き、投資一任契約の締結の媒介が可能となる(金融サービス法11条4項4号)。
金融機関が金融サービス仲介業を行えるか否かは個別業務ごとに見る必要があり、銀行その他の政令で定められる者については金融サービス仲介業にかかる有価証券等仲介業務を行えない(金融サービス法15条6号、金融サービス法施行令22条)。
Embedded Banking(埋め込み型保険)
国内事例としては、インシュアテック企業である株式会社justInCaseがSaaS型保険システム「joinsure」により、保険の募集、保険契約管理、保険金請求システムを他社に提供している。
Enabler/License Holderに対する法規制
Enabler/License Holderが保険の取扱いを行うには、内閣総理大臣による保険業免許が必要となるが(保険業法3条1項)、その例外として、保険期間を原則1年とし1被保険者あたりの保険金額の上限を1,000万円 (保険業法施行令1条の5、6)とする代わり、規制緩和された少額短期保険業制度(保険業法272条1項)が設けられている。
Brandに対する法規制
保険会社からの委託を受けて、保険契約システムをBrandのサイトなどにAPI連携し、ユーザーからの保険契約の申込みを受ける等の保険募集(同法2条26項)をBrandが実施する場合、Brandは、特定保険募集人として内閣総理大臣の登録が求められる(同法276条)。
特定保険募集人等が行える「保険募集」の範囲については、一定の制限がある(※)。
※:特定保険募集人が行える「保険募集」の範囲については、保険会社向け総合的な監督指針Ⅱ-4-2-1に定められている
なお、金融サービス仲介業の登録を行った場合にも、顧客に対し高度に専門的な説明を必要とするものとして政令で定めるものを除き、保険契約の締結の媒介が可能となる (金融サービス法11条3項)。
Embedded Banking(埋め込み型銀行)
銀行などの金融機関における預金口座にAPI連携し、Brandのシステム上の操作で預金の入金や出金を実現するビジネスモデルなどが想定される。
Enabler/License Holderに対する法規制
Enabler/License Holderは銀行自体となることが通例と思われるが、銀行以外のFinTech企業としては、銀行やBrandに一種のシステム提供を行う会社となるか、もしくは預金契約の締結の代理・媒介を行うような銀行代理店や金融サービス仲介業として業務を行うことが考えられよう。
なお、金融機関以外のFinTech事業者などが銀行などと同様の口座を設けて直接預り金サービスを行うことは、出資法2条1項により禁止されている。
Brandに対する法規制
Brandについても、自らが預金契約の締結の代理・媒介を行うものとして、銀行代理業や金融サービス仲介業として業務を行うことが考えられる。
Embedded Card Payments(埋め込みカード決済)
日本においては、資金移動業者自体がデビットカードを発行するといった事例等が考えられる(※)。
※:大企業が給与支払や系列会社向けの支払を自社が発行するカードアカウントで行うといった想定事例については「Embedded Finance(Modular Finance)の概要と日本法、日本での可能性」のⅡの6を参照
Enabler/License Holderに対する法規制
資金移動業者自体が、自社に送金のために資金を預け、または、預けられた資金をATMなどで引き出す、という仕組みを提供することは、銀行業との差異が問題とはなりうるが、資金移動業の第一種から第三種の分類に応じた上限額の範囲で行うことは可能だとは思われる。
また、このような資金移動業者がEnablerとして他社に自社のデビットカードシステムを提供することも理論上は可能と思われる。
Brandに対する法規制
資金移動業者が提供するデビットカードシステムの提供を受けるBrandは、資金移動業の一部を行う委託先として、資金移動業者の管理・監督を受けながら業務を行うことになると思われる(資金決済法50条、資金移動府令27条)。
東京大学法学部、ニューヨーク大学LLM卒。FinTech協会キャピタルマーケッツ部門事務局、日本ブロックチェーン協会顧問。Best Lawyers rankingsにおいて日本の金融機関規制法及びFinTech分野の弁護士(2021、2022)としてランク・イン。また、Chambers and PartnerにおいてもFinTech分野の弁護士(2020、2021)としてランク・イン。資格:弁護士・ニューヨーク州弁護士
慶應義塾大学法学部、一橋大学法科大学院卒。2013年から2019年まで日本ユニシス株式会社法務部に勤務し、2019年12月、創・佐藤法律事務所に入所。FinTech、M&A、ファンド、ブロックチェーン、一般企業法務などを主に取り扱う。第一東京弁護士会IT法研究部会委員。 資格:弁護士