この記事は2022年3月15日に「The Finance」で公開された「【連載】金融機関の経営戦略の考え方」を一部編集し、転載したものです。


目次

  1. 今後の経営の考え方 ―― Zoom out/Zoom in
  2. 経営戦略を構成する3要素 ―― パーパス、長期戦略、中期経営計画
  3. 経営戦略検討の際の3要素 ―― 目指す姿、ビジネスモデル、オペレーティングモデル
【連載】金融機関の経営戦略の考え方
(画像=PIXTA)

今後の経営の考え方 ―― Zoom out/Zoom in

金融機関にとって、規制で守られた中で同様のビジネスモデルを堅牢に維持し続ければよかった時代は終わり、長引く低金利、デジタルディスラプターの存在、規制緩和等により、根本的なビジネスモデルを変革することが求められている。

ただ、経営手法については、従前と変わらず中期経営計画を軸とし「3年単位での目標設定」×「単年度計画」というサイクルで経営を回しているケースが多くみられる。中期経営計画は確実な実現に主眼を置いて現状の延長線上で作られることが多く、中期経営計画を軸とした経営は金融機関のビジネスモデルの変革が進まない一因になっていると考える。

では、将来が読めない中、ビジネスモデルの変革を実現していくためには、経営をどのように考えていけばよいのであろうか。デロイトは、「Zoom out/Zoom in」という、長期と短期という2つの時間軸での経営を提唱している。

すなわち、10年後の将来像を描く「Zoom out」と、足元の短期的施策を立案・実施する「Zoom in」の2つの概念の反復により、長期的なビジョンを描きつつ、6カ月から12カ月単位の将来性の高い足元施策を実施するというサイクルを回転させ方向性を常に修正していくというものである。

▽「Zoom out/Zoom in」のイメージ

【連載】金融機関の経営戦略の考え方
(画像=The Finance)

経営戦略を構成する3要素 ―― パーパス、長期戦略、中期経営計画

他業界を見てみると、中期経営計画を廃止し、長期ビジョンを基軸とした戦略策定の動きが強まっている。例えば、不動産業界においては業界トップ2の三菱地所、三井不動産の2社は、共に10年計画を策定している。

三菱地所は、より長期的にサステナブルにステークホルダーに対して価値提供を行うためとして、「長期経営計画2030」という長期計画を、三井不動産は、外部環境が大きく変化する中で長期的な視点に立った戦略を実行していく重要性を感じたとして、「VISION 2025」という長期経営方針を策定している。

一方、金融機関を見てみても、5年〜10年の中長期計画を掲げる金融機関も見られる。たとえば、みずほ銀行は「5カ年経営」を策定し、前に進むための構造改革を通じて次世代金融への転換を企図している。

この流れは地域金融機関も同様で、七十七銀行は中期経営計画の代わりに、現状の延長線上にない七十七グループを目指すべく「Vision 2030」という長期計画を策定し、地域社会(宮城・東北)のプラットフォーマーを目指す方向性を定めている。

では、金融機関はどのような軸で経営戦略を策定するのがよいのだろうか。デロイトでは、「パーパス」「長期戦略」「中期経営計画」の3要素がポイントであると考えている。まず、将来にわたって不変の「パーパス」を定めた上で、そのパーパスを実現するための「長期戦略」、および長期戦略を実現するための施策やKPIを定めた「中期経営計画」を定める必要がある。

不確実な世の中において、金融機関にとっての経営理念にも通ずる「パーパス」は重要になってくる。かつては主語が企業であるミッション・ビジョン・バリュー(自社はこのような姿を実現したい)という言い方で語られることも多かったが、近年では主語が社会である「パーパス(社会の中で、このような存在価値を発揮したい)」と言われることが多い。

たとえば、ソニーではこれまでミッション、ビジョン、バリューを掲げていたが、2019年に不変のパーパスとして「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」を掲げ、これに紐づくビジョンについては、各事業の時間軸を鑑み、個々の事業で設定している。

「長期戦略」の必要性は、上記記載の通りだが、検討する際に重要なアプローチが、「シナリオプランニング」という考え方である。これは、業界に起こる可能性のある不確定要素をベースに、現在と非連続的な複数の世界観(=シナリオ)を構築するものであり、現在からの延長線で将来を予測するこれまでのアプローチとは全く異なる。

複数シナリオを予め用意した上で長期戦略を策定することにより、10年後の業界の大きな変化や、その際の自社の事業機会や経営リスクを捉え、実際に変化が起きた場合により最適な決断をすることが可能となるのである。

「パーパス」「長期戦略」に加えて、金融機関においては3年~5年の「中期経営計画」も策定する必要がある。これは、金融機関がITを軸とした装置産業である、という産業構造に由来する。3~5年の中期スパンでの大規模なIT投資や、それに伴う業務・事務の見直しといった施策の計画にあたっては、10年先を示した「長期戦略」と1年未満の短期的施策のみならず、「中期経営計画」を併せて策定する必要があるのである。

【連載】金融機関の経営戦略の考え方
(画像=The Finance)

経営戦略検討の際の3要素 ―― 目指す姿、ビジネスモデル、オペレーティングモデル

経営戦略を検討する際は、「目指す姿」「ビジネスモデル」「オペレーティングモデル」の3要素について検討していく必要がある。長期戦略の場合は現状の延長線上にない戦略が求められるので、「目指す姿」「ビジネスモデル」に比重を置いて策定する。一方で、中期経営計画の場合は目標達成のための実効性のある施策が求められるため「ビジネスモデル」と「オペレーティングモデル」に比重を置いて策定していく。

  • 「目指す姿」
    定性的・定量的な目標や、それらを達成するためのタイムフレームは何か

  • 「ビジネスモデル」
    Where to Play(どこで戦うか):国・地域、商品、顧客セグメント等、どのようなセグメントで戦うか
    How to Win(どのように勝つか):上記セグメントでの、自社のポジショニングや、バリュープロポジション(差別化要素)は何か

  • 「オペレーティングモデル」
    ビジネスモデルを実行する上でのオペレーション、IT、データ、組織人材に係る重要施策は何か。リソースが社内にない場合は、社外からのM&A等での調達も含めて検討する

単に、3要素を漏れなく検討すればよいだけではなく、3要素それぞれを相互に連関させながら検討することが重要になる。トップダウンで「目指す姿」から順に検討していくとともに、ボトムアップの観点で都度実現性を検証し、「オペレーティングモデル」から順に検討をブラッシュアップしていく。

たとえば、いくらいい「ビジネスモデル」であったとしても、「オペレーティングモデル」(組織のリソースなど)を鑑みるとそれが実現できないのであれば、その「ビジネスモデル」は再考すべきである。


[寄稿]梅津 翔太
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 銀行・証券ユニット/モニター デロイト ディレクター
外資系戦略コンサルティング会社を経て現職金融業界を中心に、中期・長期経営計画策定、DX戦略策定・実行、新規事業立案、営業戦略立案、デジタル業務改革など、幅広いテーマのプロジェクトに従事。「デジタル起点の金融経営変革」(中央経済社)執筆

[寄稿]大木 拓
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 銀行・証券ユニット/モニター デロイト マネジャー
日系大手SIerを経て現職。カード会社・金融機関に対するシステム更改・導入に係るPMO、戦略策定・業務構築支援の他、ASPサービスの立上げ・仕様策定などの経験を有する。