この記事は2022年3月8日に「The Finance」で公開された「バーゼルⅢ最終化の見直しのポイントと影響」を一部編集し、転載したものです。


2021年、金融庁は、銀行の自己資本比率規制を見直す「バーゼルⅢ最終化」の規則案を公表した。

原則として2023年3月期から適用される(*)。しかし、内部格付手法等の内部モデルを利用しない国内基準行(海外に営業拠点を持たない銀行)は、それより2年後ろ倒しして、2025年3月期から適用される予定である。
*:EUでは2025年から適用予定であり、金融庁も「諸外国の規制動向等も踏まえつつ、引き続き検討」としていることに注意

バーゼルⅢ最終化では、信用リスク、マーケット・リスク、オペレーショナル・リスクの算出方法が大きく見直されるため、各行は準備を進める必要がある。以下、規則案に基づき見直しのポイントと影響について解説する。

目次

  1. バーゼルⅢ最終化の見直しのポイント
    1. 信用リスクの見直し
    2. マーケット・リスクの見直し
    3. オペレーショナル・リスクの見直し
  2. 金融機関への影響
    1. 自己資本比率への影響
    2. 業務への影響
  3. 持続可能な金融機能の維持に向けて

バーゼルⅢ最終化の見直しのポイント

バーゼルⅢ最終化の見直しのポイントと影響
(画像=PIXTA)

信用リスクの見直し

標準的手法の見直し

信用リスクについては、様々な見直しがなされる。まず、標準的手法において、株式のリスク・ウェイト(RW)が、100%から、原則として250%、投機的な非上場株式は400%に引き上げられ、株式投資がしづらくなる。ただし、RWの引き上げは5年間かけて段階的に行われるため、影響も段階的に生じることになる。

事業法人向け債権は、現行制度では、格付に応じて20%~150%、無格付であれば100%のRWが適用される。見直し後も基本的に現行制度と同様だが、格付がBBBの場合、RWが100%から75%に引き下げられ、無格付の場合、中堅中小企業(売上高50億円未満)に該当するものはRWが100%から85%に引き下げられる。新たに中堅中小企業というカテゴリーが設けられるため、銀行は貸出先が該当するか判定する必要が生じる。

住宅ローンは、現行制度では、自己居住用も賃貸用(アパート・ローン)も同じ扱いとされ、抵当権で完全に保全されているか否かに応じて、35%か75%のRWが適用される。見直し後は、自己居住用と賃貸用が区別され、後者にはより大きなRWが適用される。

RWの判定方法は、原則として、ローン残高を担保物件の額で割ったLTV(Loan To Value)比率に応じたRWとされるため、銀行は新たにLTV比率を算出する必要が生じる。RWは、基本的に、自己居住用の場合は20%~70%、賃貸用は30%~105%である。ただし、国内行については、LTV比率によらない、より簡素な方法も認められる。この場合、抵当権で完全に保全されているか否かに応じて、自己居住用は35%か75%、賃貸用は75%か105%が適用される。

リテール債権は、個人向け以外の対象範囲が現行制度の「中小企業」向けから「中堅中小企業」向けに拡大される。そのため、新たに与信先が中堅中小企業に該当するか否か確認する必要が生じる。

ただし、国内基準行については、2029年3月30日までは現行制度上の中小企業に該当すれば見直し後の中堅中小企業と扱うことが認められており、与信先が中堅中小企業に該当するか確認するための一定の猶予期間が与えられる。

その他にも様々な見直しがなされるが、銀行としては単にRWを変更するだけではなく、「中堅中小企業」等の新たに認められたカテゴリーについては、それに該当するか確認する作業が新たに生じることになる。また、国内基準行には負担軽減措置が認められている場合もあり、それを利用するか判断する必要がある。

内部格付手法の見直し

内部格付手法とは、デフォルト確率など、銀行が推計したパラメータを所定の算式に代入して信用リスク・アセットを算出する手法である。

バーゼルⅢ最終化の見直しの問題意識の一つは、内部格付手法等の内部モデルを利用している銀行が、自己資本比率の分母を圧縮して自己資本比率を引き上げているのではないかというものであった。

そのため、「資本フロア」が導入され、内部格付手法を含む内部モデルを利用する場合の自己資本比率の分母の額は、各種リスクの測定方式のうち標準的な手法で算出した額の一定割合を下回ることが認められなくなった。一定割合は、当初50%でスタートし、段階的に72.5%に引き上げられる。

さらに、株式や、金融機関や連結売上高が500億円超の事業法人に対するエクスポージャーについて、内部格付手法の適用が制限される。

マーケット・リスクの見直し

銀行が債券トレーディングを行っている場合、金利や信用スプレッドの変動などにより、債券の価格が変動するリスクが生じる。また外貨建証券を保有していれば、為替変動により価格が変動するリスクが生じる。このようなマーケット・リスクも自己資本比率の分母に算入される。

ただし、現行制度では、トレーディング勘定の資産・負債の額が一定の額未満の場合、マーケット・リスク相当額を算入しないでよいとする特例が定められている。そのため、多くの銀行はマーケット・リスク相当額を算入していない。

見直し後はこの不算入特例が厳格化され、上記の条件に加え、外国為替リスクが一定額未満であるという条件も満たさなければ、不算入特例が適用されなくなる。

不算入特例が適用されない場合、原則として下記の3つが求められる
①保有する金融商品をトレーディング勘定とバンキング勘定に分類する
②「トレーディング・デスク」を設置し、リスク管理体制を整備する
③マーケット・リスク相当額を算出し、自己資本比率の分母に加える

ただし、トレーディング業務を行っておらず、バンキング勘定の金融商品しか持たない銀行は、実際上、上記の①②は不要で、③のマーケット・リスク相当額も外国為替リスクのみ算出すればよい。

オペレーショナル・リスクの見直し

オペレーショナル・リスク相当額は、現行制度の算出方式が廃止され、見直し後は、「事業規模要素」に、過去の損失実績を表す「内部損失乗数」をかけて算出する方式に一本化される。「事業規模要素」は、銀行の金利収益・受取配当、役務取引、金融商品取引の規模を表す額であり、各行は新たにこの額を算出する必要が生じる。

内部損失乗数をかけることにより、過去に損失額が大きい銀行ほど、オペレーショナル・リスク相当額が大きくなる仕組みになる。ただし、金利収益・受取配当等の規模が一定水準未満の場合、内部損失乗数は1とされ、オペレーショナル・リスク相当額は事業規模要素の額と等しくなる。

金融機関への影響

自己資本比率への影響

バーゼルⅢ最終化の見直しでは株式のRWの引き上げが注目されており、金融庁はこれにより地域銀行の自己資本比率は、0.31%程度低下すると試算している。ただし、株式以外にも様々な資産のRWが見直され、RWが引き下げられるものもあり、今回の見直しにより一概に自己資本比率が低下するとは限らないだろう。

例えば、事業法人向け債権のうち、無格付の中堅中小企業のRWは100%から85%に引き下げられる。引き下げ幅は株式の引き上げ幅より小さいが、事業法人向け債権の額は株式の20倍程度あるため、事業法人向け債権のうち無格付の中堅中小企業向け債権が占める割合が50%あれば、株式のRW引き上げの影響はほぼ相殺される(*)。

*:株式の額をaとすると、RW引き上げ(100%から、便宜的に全て250%に引き上げと仮定)により、1.5aだけ信用リスク・アセットが増加する。事業法人向け債権の額が株式の20倍で、そのうち50%が無格付の中堅中小企業向け債権だとすると、RWが100%から85%に15%減少するので、a×20×50%×15%=1.5aだけ信用リスク・アセットが減少する

一方、内部格付手法採用行は、内部格付手法による信用リスク・アセットの圧縮状況によっては、資本フロアの導入により自己資本比率の分母が増大し、自己資本比率が低下する恐れがある。

業務への影響

業務への影響として、証券投資を行いづらくなる可能性がある。株式はRWが100%から250%または400%に引き上げられる。事業法人発行の劣後債は、現行制度では100%か150%のRWが適用されるものが多いと思われるが、見直しにより一律150%となる。

G-SIBが発行するTLAC債は、国内基準行が保有する場合、現行制度では、自行の自己資本の5%相当額までは低いRW(我が国のG-SIBが発行するもののRWは20%)が適用され、それを超えた部分に150%のRWが適用されるが、見直し後は一律150%に引き上げられる。

また、マーケット・リスクの不算入特例の条件として、外国為替リスクが一定水準を超えないことも追加されるため、この水準を超えそうな銀行は外債投資を一定限度に抑える可能性もある。

持続可能な金融機能の維持に向けて

バーゼルⅢ最終化の見直しの適用時期は、当初、2022年とすることで国際的に合意されていたが、コロナ禍を受けて2023年に延期された。我が国では、内部モデルを用いる国内基準行に対しては、さらに2年後ろ倒しして2025年から適用される予定である。適用時期に向け、各行は準備を進める必要がある。

ただ、各行は現時点で最低所要水準をある程度余裕をもってクリアしている。加えて、足元の業績が好調なこともあり、今回の見直しで自己資本比率が最低所要水準を下回る可能性は低い。好調な業績の要因の一つは、地銀を中心に、コロナ禍を受け2020年に導入された実質無利子・無担保融資が積みあがっており、(債務者に代わって各都道府県等が支払う)利息収入が下支えしていることである。

実質無利子・無担保融資は元金の返済が最長5年間免除されているが、その多くは今年から返済が開始される。債務者の中には依然経営状況が厳しい者も多く、返済が困難で破綻するケースも生じる懸念がある。

実質無利子・無担保融資は信用保証協会が債務の全額または80%を保証しているため、銀行が直接損失を被る額は小さいが、その債務者に別途自前の融資(プロパー融資)があれば損失が生じるし、そもそも地元企業の多くが破綻すれば地銀は営業基盤を失ってしまう。

コロナ禍を受けた資金繰り支援で積みあがった企業債務は巨額であり、過剰債務の解消に向けて銀行だけでなく官民を挙げて取り組む必要があるが、銀行としても当事者意識をもって債務者の経営改善や事業再生に取り組むことが期待される。


[寄稿]金本 悠希
大和総研
金融調査部 主任研究員
2005年大和総研入社。金融規制、金融商品取引法、税制等を担当。著書は『詳説 バーゼル規制の実務』(共著 2019年 金融財政事情研究会)など