本記事は、原田曜平氏の著書『メガヒットのカギをにぎる! シン世代マーケティング』(ぱる出版)の中から一部を抜粋・編集しています

Wワーキングプアは「働けど働けど、わが暮らし楽にならざる」なり

保険,遺族年金,共働き夫婦
(画像=PIXTA)

「Wワーキングプア」は子供ありの共働き夫婦ですが、決して生活に余裕があるとは言えません。一言で説明するなら、「働けど働けど、わが暮らし楽にならざる」なりな人たちです。

あるサンプル家庭をご紹介しましょう。私の小学校時代の同級生W君です。彼は介護士で妻は保育士。お子さんが2人。住まいは東京23区内ですが都心区ではありません。山手線の外側、かなり駅遠の賃貸マンション。いわば〝東京の郊外〞です。間取りは2LDK。本当はもっと広い所に住みたいけれど、経済的に難しいとのことです。

夫婦ともに仕事は多忙を極めますが、労働時間の長さにしては低い給与と言わざるをえません。その上介護士の仕事は勤務時間が不規則。経済的にも時間的にも毎日余裕がないとW君はこぼします。

W君は若い頃、趣味で楽器を弾いていたのですが、結婚後は仕事と子育てに追われて長らく弾けていません。休日の買い物は完全に子供のものだけ。自分の趣味に使うような金銭的余裕はなく、個人はもちろん家族としての外食も皆無だと言っていました。

この世代は中堅偏差値以上の大学を卒業していても新卒で正社員として入社できなかった人が多くいます。W君もそうでした。彼は楽器のプロ奏者をしながらバイトや派遣労働を繰り返しました。彼らは契約社員や派遣社員、アルバイトといった非正規雇用の状態で何年か働きますが、年齢が上がれば上がるほど状況は悪くなっていく。安い労働力の若者を使いたい職場からは敬遠されますし、次第に転職の口も減っていくからです。

そこで彼らが望みを託したのが資格です。中でも、来たるべき高齢化社会に備えてニーズがあると2000年代に大きく煽られたのが、シルバー産業に従事する介護士でした。

しかしその介護士の給与は非常に低く、またW君の場合、妻の職業である保育士の給与もまた低い。つまり夫婦で馬車馬のように働いても、決して楽にはなれません。

このような「経済的に余裕のない共働きの子持ち」は、団塊ジュニア世代〜ポスト団塊ジュニア世代夫婦の典型と言えます。もしかすると、この世代のボリュームゾーンかもしれません。

ここで比較対象としたいのが、マイルドヤンキーです。私は2013年頃、郊外に住む当時20代から30代前半(≒ゆとり世代〜ポスト団塊ジュニア世代)の人たちをたくさん取材し、その中でも徹底して地元志向・仲間内で群れ、上昇志向のない集団をマイルドヤンキーと名付けました。彼らもWワーキングプアと同様に低収入の人たちが多くいます。ただマイルドヤンキー家族は一様に生活満足度が高く、狭い行動範囲の中で同級生たちとの交流にいそしみ、少ない消費で幸福を感じていました。

しかし現在のWワーキングプアは、そこまで生活満足度は高くなく、子供の世話や日々の生活に追われています。当時のマイルドヤンキーよりも上の団塊ジュニア世代も含めた世代全体として考えると、やはり当時のマイルドヤンキーよりも余裕のなさを感じます。

マイルドヤンキーはガラケー、mixiの第一世代ですから、それらを使って地元友達とつながり続け満足度を高めていました。ある種、地縁をケータイによって復活させたから満足度が上がりました。しかし、団塊ジュニア、ポスト団塊ジュニアは、ケータイを持ったのが社会人になってからの人もいますし、SNSを始めたのは少なくとも社会人になってからです。要は地縁が薄れる時代に育ち、地縁を復活させるツールもまだ普及していなかったのです。

戦後、田舎から東京に出る人が増え、どんどん日本人から地縁がなくなりました。団塊の上くらいの世代から団塊ジュニア、ポスト団塊ジュニアまでの傾向ですから、この世代までのWワーキングプアは不幸なのかもしれません。マイルドヤンキーは地元友達と支え合い、新しい相互扶助、セーフティーネットが登場したのです。

ひとつ言っておかなければならないのは、この貧しさは彼らが怠慢だったから招いた自己責任などでは決してないということ。これは間違いなく日本経済の停滞に起因するものです。バブル世代より上の世代は好景気の頃に入社しましたから、経済が停滞しても上がりきった給与がそうそうは落ちませんし、落ちるとしても徐々に、となります。しかし団塊ジュニア世代以降は最初から高くない。そもそも就職が厳しい。入れたとしても給料があまり上がらない。先輩ほどは上がらない。文字通り、貧乏クジを引きました。

よく、「介護士や保育士の給料が低いことを知っていてその職に就いたのだから、自業自得だ」と言う人がいますが、それは違います。給料に関わらず社会的意義でこの職業を選択した人もたくさんいますし、前述したように、不遇なロスジェネは資格に頼るしか生き抜く術がない人もたくさんいました。その資格の中でも、士業などに比べれば比較的容易に取得できるものとして介護士や保育士があったのです。当時は社会不安が煽られた上に、資格がすべてといったムードがありました。逆にそれ以外の選択肢や抜け道を社会が提示できない時代でもあったのです。

Wワーキングプアは楽に家族体験をしたい

Wワーキングプアは経済的に余裕がないので、高単価消費や趣味などの個人消費は見込めませんが、逆に家族に対する消費には貪欲ですし、彼らが唯一消費できる領域と言うこともできます。

例を挙げましょう。彼らをドンピシャの客層とする「焼肉キャンプ」という焼肉店です。関東に3店舗を有する同店の店内はまるでキャンプ場のよう。室内にもかかわらず屋外BBQのような機材が用意されています。私も行ってみましたが、店内はほぼ家族連れ。親は団塊ジュニア世代、ポスト団塊ジュニア世代、ゆとり世代の上半分あたりが中心、子供は未就学児から小学生が中心でした。ほとんどの家族はミニバンタイプの車で来店します。とにかくお肉が安いので、食べざかりの子供たちがいても懐に優しい。駅前や繁華街に多い焼肉チェーン店・牛角などに比べれば随分と割安です。彼らが欲しいのはズバリ、家族での体験です。

店内の客層をさらに観察すると、非常にマイルドヤンキー的な匂いがします。母親の金髪率は高く、小太りで化粧は濃いめの人が多い。彼女たちは皆一様にお酒かコーラを飲んでいました。マイルドヤンキーらしく地元の友達ファミリーと2世帯で訪れ、子供たち同士が楽しそうに騒いでいる光景も目に入ります。

「焼肉キャンプ」がウケている理由は、安価かつ家族での体験ができることですが、もうひとつ言うなら、その家族での体験が「楽にできる」ことでしょう。もし実際に山などに行ってキャンプやBBQをしようと思ったら、大変な手間と時間とお金がかかります。道具を買い揃え、早起きして、ガソリン代を使い、車を遠方のキャンプ場まで走らせ、テントを張って、火を起こして……。「貧乏暇なし」を実感する人も多いWワーキングプア夫婦には、ちと荷が重い。

とはいえ、子供たちに非日常的な体験はさせてあげたい。そういうWワーキングプアのニーズに、同店は見事に応えました。最小限の手間で、インスタントに家族キャンプの気分が楽しめるのです。

メガヒットのカギをにぎる! シン世代マーケティング
原田曜平(はらだ・ようへい)
1977年東京都生まれ。広告業界で各種マーケティング業務を経験した後、2022年4月より芝浦工業大学・教授に就任。その他、信州大学・特任教授、玉川大学・非常勤講師。BSテレビ東京番組審議会委員。マーケティングアナリスト。専門は日本や世界の若者の消費・メディア行動研究及びマーケティング全般(調査、インサイト開発、商品・パッケージ開発、広告制作等)。2013年「さとり世代」、2014年「マイルドヤンキー」、2021年「Z世代」がユーキャン新語・流行語大賞にノミネート。「伊達マスク」という言葉の生みの親でもあり、様々な流行語を作り出している。主な著書に『寡欲都市TOKYO 若者の地方移住と新しい地方創生』(角川新書)、『Z世代 若者はなぜインスタ・TikTokにハマるのか?』(光文社新書)、『アフターコロナのニュービジネス大全』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。その他テレビ出演多数。

※画像をクリックするとAmazonに飛びます
ZUU online library
(※画像をクリックするとZUU online libraryに飛びます)