本記事は、原田曜平氏の著書『メガヒットのカギをにぎる! シン世代マーケティング』(ぱる出版)の中から一部を抜粋・編集しています

ゆとり世代は、意外と〝ゆとって〟いない

コロナ禍でも堅調な大学生の就職・採用環境
(画像=PIXTA)

「ゆとり世代」という名称は、詰め込み教育に対する反省に端を発した授業時間の削減、いわゆる「ゆとり教育」を受けた世代であることに由来します。それゆえその呼称は揶揄的に用いられることが多いのですが、実はゆとり世代は意外と〝ゆとって〟いません。少なくともその下のZ世代に比べると。

たとえば、2008年のリーマン・ショックによってもっとも被害を被ったのは、当時就職を控える大学生だったゆとり世代です。就職内定率を見ても2010年卒と2011年卒が激減しており、就職超氷河期でした。卒業時の年齢を22歳とするなら、それぞれ87年・88年生まれ。ゆとり世代の先頭です。

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(画像=『メガヒットのカギをにぎる! シン世代マーケティング』より)

当時のことを思い出します。私が所長を務めていた博報堂・若者研究所の中で一番優秀だった早稲田大学の男子学生が、なんと就職浪人してしまったのです。

20年来若者とのやり取りを続け、定点観測している身からすると、ゆとり世代以降は親の収入が下がったために苦労人が多い印象です。統計を見ても、親からの仕送り額は減少の一途。仕送りゼロの家庭は10%もあります。仕送り額はバブルがはじけ、団塊ジュニアから落ち始め、ゆとり世代の時も落ち、Z世代で過去最低になっているというのが事実です。

これはZ世代のケースですが、私の研究所で若者研究を手伝ってくれていたCさんという女性の大変さは、それを象徴しています。

Cさんは北関東の某県から大学進学のために上京してひとり暮らしをしていた3年生。親からの仕送りがゼロなので、学費も生活費も借金をして賄まかなっていました。その借金を返せるかどうか不安です、と暗い顔で話すCさん。私は彼女を励まそうと思い、私は「学生時代の借金なんて就職してからなんとでも返せるから、いくらでもすればいいよ」と言いました。するとCさんは「ありがとうございます。ちょっと元気が出ました」。ほっとした私は「ちなみに借金はいくらあるの?」。その答えに絶句しました。なんと700万円。

私はせいぜい50万円、100万円程度だと思い込んでいました。その後、Cさんはキャバ嬢になり、人気を博し、借金を大分返したと風の噂で聞きましたが、生活レベルも性格も派手になったようで、昔の純朴な彼女を知っている身としては複雑な心境です。

こういった状況は、ゆとり世代くらいから始まっています。ゆとり世代が幼少期を過ごした「失われた10年」には、小学校の教室で「誰だれちゃんのお父さんがリストラされたんだって」という会話が普通に交わされていたと聞きます。それまでリストラという用語は一般用語ではありませんでしたが、彼らの子供時代から一般化したのです。

博報堂の若者研究所時代にも、リーマン・ショック以降の不景気時には、「親の退職金が減ったので、急遽学費を奨学金に頼ることになりました」という大学生が急激に増えたことを覚えています。経済的な原因による親の熟年離婚もゆとり世代以降にとても増えた印象です。

家庭の窮乏は、養われている子供たちの心にも大きく影響を与えました。彼らは、自分の力ではどうにもならない家の経済状況の悪化を、生活レベルの目に見える低下をもって味わいました。その結果生まれたのが、「さとり」という価値観です。思春期に形成された「どうせ未来は暗い」というある種の諦念が、その礎になりました。

苦労人の彼らは社会人になると、今度はすぐ上の先輩である団塊ジュニア世代やポスト団塊ジュニア世代から、「ゆとりは過保護で仕事ができない」などとレッテルを貼られ、バカにされました。それゆえ、〝ゆとる〞どころか「頑張らなきゃ!」という気概を持っている子も案外といるように実感しています。ゆとり世代は、少なくとも精神的にゆとる環境にない人も多かった。ひとえに、気の毒なネーミングで損をしている人たちなのです。

将来不安が大きく、安定志向のゆとり世代

博報堂が2018年に20代(当時のゆとり世代)を対象として行った調査によると、「自分の将来イメージは明るい」「身の回りに夢や希望が多い」人の割合が、20年ほどの間に少しずつ下がっていました。つまり、ゆとり世代は他世代に比べて将来不安が大きいのです。理由は先述した通り、思春期に家庭単位での経済危機を経験し、身に染みたから。そして就職に苦労したから。

ゆとり世代にとってこの社会は、ゲームにたとえるなら、生きていくのが大変な「ハードモード」設定という認識なのです。

また、ゆとり世代が会社に入社した頃には、上司にあたる管理職に新人類世代やバブル世代がいて、彼らから日本が経済的に豊かだった時代の話をさんざん聞かされました。そうして自分たちとの格差をより一層、身に染みて感じることになったのです。

ただ、こう聞くと「だったらさらに若年世代であるZ世代だって同じでは?」と思われるかもしれませんね。しかしZ世代はもっと楽天的です。

理由のひとつとして挙げられるのが、Z世代が思春期を過ごした2010年代は―さまざまな評価はありますが―アベノミクスが一定の成果をあげ、少なくとも雇用に関しては回復基調にあったことです。後述しますが、Z世代の就活は超売り手市場で、文字通りどこにでも就職できた人も多くいました。ですからZ世代は(2022年時点では)ある意味で苦労知らず。この社会は「イージーモード」であるという認識でここまで生きてきています。

もちろん、先ほどのCさんのような事例もあります。Z世代とて経済格差が浸透してきているので、家庭の経済的窮乏という苦労を味わっていないわけではありません。しかし、「それまでそんなことがなかったのに、いきなり貧困化した」ゆとり世代が、心の根本に「世の中はいつひっくり返るかわからない……」という不安感を常に抱えているのに対し、Z世代は物心ついた頃から「親の離婚も貧困家庭も、世の中に一定の割合存在する、特に珍しくない状態」なので、ある意味で感覚が麻痺している。不安を口にするゆとり世代に対して、「え? そもそも世の中ってそういうものじゃないんですか?」と返すのがZ世代なのです。

ゆとり世代に話を戻すと、将来不安を抱えた彼らには、将来を見据えたサービスや消費に関する具体的な提案が効くでしょう。一例としては、保険や金融商品。「この保険に入っておけば、70歳になった時に年金がこれだけしかもらえてなくても安心です」といった売り文句が効くでしょう。

そろそろ結婚適齢期に入り、住宅ローンを組み始めるゆとり世代ですが、ローン設計も今までと同じ発想では振り向いてくれないでしょう。従来は、たとえば地方で土地が安い地域であれば「35年ローンで組める最大額で、少しでも広く大きな家を買えるような提案」が普通の発想でした。しかし彼らが相手の場合そうではありません。リスクの低さを強調した「60歳までに払い終わるローン」「身の丈に合った大きさの家」の類いが刺さるはずです。

将来不安の大きい彼らは基本的に高額商品の購入を躊躇しますから、高い買い物は安心感をセットにして勧めるとよいでしょう。先述したようにマイルドヤンキーの一定比率はゆとり世代なので、彼らの欲しがる高級ミニバンを地元の友人夫婦と共同購入してもらう、二世代で同時に買ってもらい割引する、といったサービスもありかもしれません。ひとりで買うのは怖いけど、友達とふたりならなんとなく安心、という感覚です。**

総合すると、ゆとり世代は若いうちからとことん安定志向です。とにかく冒険はしたくない。20代を対象とした前述した博報堂の調査でも、「安定した暮らしが欲しい」という回答比率は1992年から2018年までおおむね上昇しています。

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(画像=『メガヒットのカギをにぎる! シン世代マーケティング』より)

安定志向によって資格を取りたがったり、公務員志向が強いのもゆとり世代の特徴です。そういった意味では、企業の採用担当者がゆとり世代を中途採用する場合、「給料はそれほど高くないけど、絶対にクビは切りません」という公務員的なアピールが人材集めには効果をもたらしそうです。実際、ゆとり世代の就活時期には、公務員志向・資格志向が大変高まった時期でもあります。なんだか、とても寂しい話ではありますが……。

ちなみにZ世代はアベノミクスによって景気が回復したこともあり、公務員志向はかなり減り、大企業志向に戻りました。曰く「公務員なんて給料安いじゃん。大企業だったら給料高いし、たくさん人を採用してるし」。

こうして考えると、バブル世代も団塊ジュニア世代もそうですが、いかに就職活動時の記憶が、その人の仕事観や人生観を大きく左右するかがよくわかりますね。まさに三つ子の魂百まで、です。

メガヒットのカギをにぎる! シン世代マーケティング
原田曜平(はらだ・ようへい)
1977年東京都生まれ。広告業界で各種マーケティング業務を経験した後、2022年4月より芝浦工業大学・教授に就任。その他、信州大学・特任教授、玉川大学・非常勤講師。BSテレビ東京番組審議会委員。マーケティングアナリスト。専門は日本や世界の若者の消費・メディア行動研究及びマーケティング全般(調査、インサイト開発、商品・パッケージ開発、広告制作等)。2013年「さとり世代」、2014年「マイルドヤンキー」、2021年「Z世代」がユーキャン新語・流行語大賞にノミネート。「伊達マスク」という言葉の生みの親でもあり、様々な流行語を作り出している。主な著書に『寡欲都市TOKYO 若者の地方移住と新しい地方創生』(角川新書)、『Z世代 若者はなぜインスタ・TikTokにハマるのか?』(光文社新書)、『アフターコロナのニュービジネス大全』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。その他テレビ出演多数。

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