この記事は2022年5月11日に「ニッセイ基礎研究所」で公開された「高齢者の免許返納は2年連続減少~5月からは「運転技能検査」「サポカー限定免許」導入」を一部編集し、転載したものです。

目次

  1. 要旨
  2. 75歳以上ドライバーの免許返納率は4.72%。昨年より0.38ポイント低下
  3. コロナ禍で自家用車の利用が増加。公共交通機関を避ける傾向は継続
  4. 高齢ドライバーの免許更新制度の見直し
    1. 実車での「運転技能検査」導入
    2. 「サポカー限定免許」の新設
    3. 高齢ドライバーの免許更新制度見直しの課題
  5. 検査対象者の選定、評価基準の継続的な見直しに期待

要旨

免許返納
(画像=PIXTA)

警察庁の発表によると、2021年の運転免許証の自主返納件数は51万7,040件で、前年より3万5,341件減少した。このうち、75歳以上は27万8,785件で、前年より1万8,667件減少した。減少の要因として、昨年に引き続き、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、「3密」を避けた移動手段が好まれるようになったことが考えられる。

本稿では、免許返納率の推移と、5月13日からはじまるサポカー限定免許や運転技能検査等の改正道路交通法の動向を紹介する。

75歳以上ドライバーの免許返納率は4.72%。昨年より0.38ポイント低下

高齢ドライバーによる自動車事故を減らすために、運転免許が不要になったり、加齢に伴う身体機能低下等によって運転に不安を感じるようになった高齢ドライバーには、免許の自主返納(正式には「申請による免許取消」という。)が推奨されている。高齢ドライバーの免許の自主返納は、近年、増加傾向にあった。特に、2019年は、前年と比べて大きく増加しており、同年4月に池袋で起きた事故をはじめとして、高齢ドライバーによる死亡事故に注目が集まったことで、免許返納に対する議論が活発になったことが影響したと考えられる。

しかし、2020年に返納は減少した。また、2021年は、2020年と比べてさらに減少しており、返納率は、2019年と比べると65歳以上で0.5ポイント、75歳以上で1.5ポイント低下していた。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、重症化しやすい高齢者が外出しづらくなったこと(*1)や「3密」になりにくい移動手段である自動車を手放さなくなった可能性(*2)が指摘されている。

免許返納
(画像=ニッセイ基礎研究所)

75歳以上の免許返納率を都道府県別に昨年と比較すると、すべての都道府県で低下しており、免許返納率の停滞は全国的なものと考えられる。

免許返納
(画像=ニッセイ基礎研究所)

返納率には地域差があり、首都圏、大阪圏で特に高い傾向がある。大都市ほど、公共交通機関が充実していて、免許を返納しても移動の代替手段が確保しやすいことによると考えられる(*3)。こういったことから、免許返納を促進するために、バスやタクシーなどの公共交通機関の運賃割引が受けられる等の施策を設けて、運転に替わる移動手段を提供している自治体もある。

ところが、新型コロナウイルス流行下では、公共交通機関の利用に変化があった。


*1:経団連「福利厚生費調査結果」第52~第64回によると、医療・健康メニューの費用がカフェテリアメニュー費用総額に占める割合は、2007年度の1.2%から2019年度の3.9%に増加している。
*2:2021年12月13日 新潟日報デジタルプラス「県内、感染禍で運転免許返納減少 密避け車手放せず、「不安あれば相談を」」等。
*3:村松容子「高齢者による運転免許返納率の都道府県差」ニッセイ基礎研究所 基礎研レター(2019/3/22)


コロナ禍で自家用車の利用が増加。公共交通機関を避ける傾向は継続

図表3は、ニッセイ基礎研究所が2020年6月から定期的に実施している「新型コロナによる暮らしの変化に関する調査(*4)」で、感染拡大前の2020年1月頃と比較した移動行動の変化を年齢別に示したものである。

これによると、「電車やバスでの移動」は、全体の5~6割程度が「減少」または「やや減少」と回答していたが、65歳以上では7割程度と、64歳以下と比べて大きく減少していた。この割合は、それぞれ2020年6月以降大きく変化していない。

一方、「自家用車での移動」が「増加」まはた「やや増加」と回答した割合は、全体で2020年6月(15.1%)から2022年3月(30.5%)に上昇している。年齢による大きな差はなく、高年齢でも全体と同様に上昇していた。また、「徒歩での移動」は、2021年6月以降のデータしかないが、65歳以上で「増加」または「やや増加」と回答した人が2021年6月の23.0%から2022年3月にかけて28.2%に上昇していた(図表略)。

コロナ禍では、行動が制限され、移動そのものが減少している。流行開始初期と比べてワクチン接種が進み、日常生活が戻りつつある現在においても、「3密」となる可能性がある公共交通機関の利用は減少したままで、自家用車や徒歩などが増加する傾向が続いている。図表3に示した「自家用車での移動」は、必ずしもアンケートの回答者本人が運転しているとは限らないが、65歳以上では、64歳以下と比べて公共交通機関の利用が減少している割合が高く、自家用車が手放しにくい状況であることが推測できる。

免許返納
(画像=ニッセイ基礎研究所)

*4:詳細は、ニッセイ基礎研究所「新型コロナによる暮らしの変化に関する調査」を参照のこと。


高齢ドライバーの免許更新制度の見直し

実車での「運転技能検査」導入

免許返納を推奨しつつも、免許の返納が難しい地域でも、高齢ドライバーが安全に運転し続けられるように、免許更新時の検査や講習が見直されてきている。高齢ドライバーは、免許更新時の年齢に応じた講習や検査を受ける必要がある。2009年に免許更新時の年齢が75歳以上のドライバーに対して「認知機能検査」が、2017年に一定の違反行為をした75歳以上のドライバーに対して「臨時認知機能検査」が義務づけられた。

しかし、加齢による機能低下は、認知機能だけではないことから、2022年5月13日(*5)からは免許証更新の際に75歳以上で、過去3年間(*6)に一定の違反歴(*7)がある場合は、高齢者講習と認知機能検査に加え、実車を使った「運転技能検査」の受検が必要となる。「運転技能検査」は、免許の有効期間内であれば、合格するまで繰り返し受検できるが、有効期間までに合格しなければ、「認知機能検査」に進むことができず、免許を更新できない(図表4)。

免許返納
(画像=ニッセイ基礎研究所)

*5:免許の有効期間の満了日が2022年11月13日以降の人が改正道路交通法の適用を受ける。
*6:運転免許証の更新期間内の誕生日の160日前を基準とし、その日から過去3年間
*7:「運転技能検査」の対象となる違反歴は、(1)信号無視、(2)通行区分違反、(3)通行帯違反等、(4)速度超過、(5)横断等禁止違反、(6)踏切不停止等・遮断踏切立入り、(7)交差点右左折方法違反等、(8)交差点安全進行義務違反等、(9)横断歩行者等妨害等、(10)安全運転義務違反、(11)携帯電話使用等とされている。


「サポカー限定免許」の新設

5月13日からは、自動ブレーキや踏み間違い時の加速抑制装置が搭載された安全運転サポート車(サポカー)に限定して運転できる「サポカー限定免許」もスタートする。

対象となるのは、安全運転支援装置が搭載された普通自動車で、以下(1)または(2)に該当するもので、対象車両のリストが警察庁サイトに掲載されている(*8)。

(1) 衝突被害軽減ブレーキ(性能認定)+ペダル踏み間違い時加速抑制装置(性能認定)
ともに国土交通大臣による性能認定を受けているもの

(2) 衝突被害軽減ブレーキ(保安基準)
道路運送車両の保安基準に適合するもの

生活を送る上で車は手放せないが、運転に不安を感じている場合は選択肢になり得るかもしれない。しかし、サポカー限定免許では対象車両以外の運転は認められず、運転技能検査などの合否基準は変わらない(*9)とされていることから、サポカー限定免許への変更は限定的である可能性がある。


*8:2020年3月からスタートしたサポカー補助金対象の車両でも該当するとは限らないので注意が必要だ。
*9:2021年11月18日 東京読売新聞「高齢運転者の事故防止 免許更新「技能検査」を新設」等。ただし、2020年3月3日 日本経済新聞「高齢ドライバー実車試験 内容・合格基準が焦点に」によると、警察庁が限定免許保有者には、実車試験の一部を免除することを検討している旨が記載されている。


高齢ドライバーの免許更新制度見直しの課題

改正道路交通法では、認知機能検査の内容や診断結果の簡素化(新認知機能検査)(*10)や、認知機能検査の結果にかかわらず高齢者講習の指導時間を2時間講習に統一する(*11)ことで、検査・講習の手続きを行いやすくする。認知機能検査の内容や講習の簡素化は、高齢ドライバーの免許更新の厳格化という視点では逆行しているように感じられるが、背景に高齢ドライバーの増加にともなう実施機関の負担の増加がある。免許を更新する75歳以上は、毎年200万人程度で、そのうち実車試験の対象は7%程度と見込まれている(*12)。

新型コロナウイルス流行前も、高齢者講習の予約は混雑しており、必ずしも好きなタイミングで受講することができなかった。新型コロナウイルス流行以降は、感染予防のために、講習1回あたりの定員を減らしたことで、今でも予約が取りにくい会場がある(*13)。また、運転技能検査導入にともない、試験費用が増大することも課題となっており、検査対象を拡大しすぎると通常の免許更新業務に支障がでてくることが懸念されている。

新しく始まる運転技能検査では、公平性が課題となっており、地域や受検場所によって評価に差が出ないような工夫が求められている。また、2020年に行われた実証実験では、受検者の23%が「安全運転が期待できないほどの運転技能」として不合格となったという(*14)。運転技能検査での評価基準は、こういった研究を踏まえて定められたため、実際の運転技能検査導入によってどの程度が不合格になるかはわからないが、定めた受検対象範囲が適切か、評価基準で重大事故が防止できているか今後検証が必要になるだろう。


*10:これまでの「時間の見当識(検査時における年月日、曜日及び時間を回答)」「手がかり再生(一定のイラストを記憶し、採点には関係しない課題を行った後、記憶しているイラストをヒントなしに回答し、さらにヒントをもとに回答)」「時計描画(時計の文字盤を描き、指定された時刻を表す針を描く)」の3項目から「手がかり再生」「時間の見当識」の2項目に簡素化される。診断結果も、「認知機能の低下のおそれがない/認知機能の低下のおそれがある/認知症のおそれがある」の3段階から、「認知症のおそれがない/認知症のおそれがある」の2段階になる。
*11:これまでは認知機能検査の結果が「認知機能の低下のおそれがない」の場合は2時間の講習、「認知機能の低下のおそれがある」の場合は個別講習を追加した3時間の講習を実施している。
*12:2021年11月4日 朝日新聞デジタル「高齢ドライバーの実車試験とサポカー限定免許、来年5月13日から」
*13:2022年3月15日 朝日新聞「免許更新、滞る認知検査 予約難慢性化、3カ月待ちも 高齢ドライバー増/神奈川県」等。
*14:2021年11月18日 東京読売新聞「高齢運転者の事故防止 免許更新「技能検査」を新設」


検査対象者の選定、評価基準の継続的な見直しに期待

以上のとおり、高齢ドライバーの免許返納率は2年連続して低下していた。新型コロナウイルスの流行にともない、3密になる可能性がある公共交通機関の利用が減り、自家用車での移動が好まれるようになっていることの影響が考えられる。しかし、その一方で、高齢化にともなう運転者不足や公共交通機関利用者の減少、新型コロナウイルスによるさらなる利用減少によって、交通事業者の経営も悪化しており、地域公共交通の維持も難しくなってきている。

移動のための代替手段が確保できない限り、高齢者が自立した生活を送り続けていくためには、高齢者自身が安全に運転を継続するための環境整備や健康状態の確認が必要となる。2022年5月13日には、運転技能検査とサポカー限定免許が新しく導入される。認知機能検査や運転技能検査は、免許の有効期限内であれば、合格するまで何度でも受検できることからもわかるように、なるべく高齢になってからも運転が続けられるような仕組みとなっている。また、認知機能検査で「認知症のおそれがある」と判定された人の6割が免許更新を断念している(*15)ことから、免許返納を考える重要な機会ともなっている。検査対象者の選定、評価基準の継続的な見直しに期待したい。

一方で、加齢による機能の低下は過去の違反歴や免許更新のタイミングとは関係なく起き(*16)、重大事故を引き起こす可能性がある。日ごろの健康状態の悪化や加齢による衰えをカバーするようなサポート体制が必要だろう。自動運転技術や安全運転サポート技術の向上、さらには近年開始している自分自身の運転技術の癖を数値化するシステムや運転行動の変化から認知機能の低下を早期発見する技術の開発などの新たな技術の実用化・普及に期待が高まる。


*15:2022年3月23日 朝日新聞「「認知症おそれ」6割免許断念」等。
*16:2020年3月9日朝日新聞社説「道交法の改正 高齢者への対策さらに」によると、高齢ドライバーによる死亡事故例を見ると、8割以上は過去3年以内に違反行為をしていないとのこと。


村松容子(むらまつ ようこ)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 准主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

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