本記事は、長谷川建一氏(著)、元榮太一郎氏(監修)の著書『世界の富裕層に学ぶ海外投資の教科書』(扶桑社)の中から一部を抜粋・編集しています
資産把握の世界的なネットワーク
ここ数年で、プライベートバンクを利用されている日本人のお客様から、次のような問い合わせを受けることが増えています。内容は、口座を保有しているスイスの銀行(プライベートバンク)からのもので、「毎年税務当局に資産に関する必要な報告を行っている」ことや、「口座を開設した当時にさかのぼって、居住地で適用される税制の観点から問題がない口座であることを、会計士などの専門家に証明してもらうよう要請された」というものです。
そうした要請の中には、期限内に必要な証明を提出しない場合には、口座の解約さえ強制されるという話まで聞こえてきます。
背景には、スイスの金融監督当局が、スイスにあるプライベートバンク各行に対して、スイス域外に居住する顧客を対象にサービスを提供する場合には、顧客の居住国の法規制にも遵守していることの確認を促して、指導をしているという動きがあるようです。
そもそもの話として、スイスをはじめとするプライベートバンクが世界中の富裕層から資産運用先として信頼を集めた理由の一つは、顧客の個人情報を守秘義務の観点から厳格に守ってきたことが背景にあります。
しかし近年は、米国や欧州各国、OECD加盟国などで、富裕層への課税強化の動きがでてきていることや、プライベートバンクが富裕層の資産の秘匿に手を貸し、課税逃れ同然の行為に利用されてきたとの批判が高まっていることもあるでしょう。
現在では、スイスのプライベートバンクでさえ、守秘義務についての考え方は大きく様変わりしてきました。取引に当たっては、より取引の透明性の確保が要請されるようになってきました。
一方で、資産防衛や資産運用のためにマーケットや商品へのアクセスを確保し、金融ソリューションに手が届くようにしておくことは、やはり富裕層であれば担保しておきたいということに変わりはありません。市場が多様化し、変化も激しくなる中、溢れかえる雑多な情報を選別するにも、しっかりした眼を持つ金融機関との付き合いは重要になってきます。
もちろん、金融機関にとっても法令遵守態勢が厳しく問われる昨今、火のないところに煙が立つようなことはしたくないというという思いがにじみ出ます。取引や残高など内容を明らかにしないという姿勢よりも、プライベートバンクの本来ある姿を、利用者側も金融機関側もしっかり認識しておくべき時ではないでしょうか。
日本の富裕層の悩み
日本の富裕層の悩みは「事業承継」であるといわれます。
日本では「相続税」が課せられます。しかも最高税率は55%と重税であるため、3代目に承継される頃には、相続税の負担が重すぎて創業初代の築いた資産がゼロになってしまうとよく言われます。
日本の富裕層の富は、主に国内不動産や自社株(未上場株)で構成されています。これらの資産は流動性に乏しく、換金性が低いことが特徴です。
また、相続税の納付は、相続財産の所有者だった人の死亡から10か月以内に現金で済ませないといけません。これはとても厳しいことです。借り入れしようにも、未上場の株は担保としての価値を認めてくれる金融機関はなかなかありません。長年の関係性を良好に保った場合のみ可能でしょう。
日本の富裕層は、相続・承継が発生した時に「資産にどういう課税が掛かるのか」をしっかりと把握しておく必要があります。
エステートタックス(資産課税)
富裕層にとっては、資産を管理することはもちろん大切なのですが、保有する資産に課税される「資産課税」にも十分気をつけておかなくてはなりません。相続税、贈与税、固定資産税などが資産課税に当たります。
資産をうまく管理し価値を高めたとしても、資産に課税されることで大きな影響を被ってしまっては元も子もありません。
資産課税に対しては、ルールに則った対策を事前に講じることによって、負担する税額を圧縮したり、税務リスクをコントロールすることもできます。実際、こうした対策を講じるかどうかで、大きな差が生じてしまうのも現実なのです。税理士など高い専門性を持つ専門家を入れて、しっかりと対策を講じておくべきでしょう。
日本の資産課税の中で大きなウエイトを占めるのが「相続税」です。相続税は非常に大きな金額になることがありますので、富裕層は事前に財産の洗い出しと評価を行い、準備を進めていかなければなりません。
早く始めることは時間の無駄という考えの人もいますが、筆者の経験からは、準備と対策に時間をかけた人のほうが、結果としてはスムーズな相続と相続税納付に繋がっているといえます。
日本の相続税の計算は本当に大変です。土地なのか建物なのか株式なのか、相続資産によって算定方法や基準が異なるだけでなく、各種控除や特例などの制度も複雑です。相続財産として何があるのかを洗い出し、状態を含めて把握して、その相続税評価額を算定しておくことをお勧めします。
特に、非上場株式や不動産が相続財産に含まれる場合には、注意が必要です。
また、家族間での財産の移転に関しては、「相続」「生前相続」「贈与」のどれにも当てはまるという点も問題を難しくしています。相続税を申告するためには、過去の贈与や贈与税申告にも確認すべき点があったり、譲渡を絡めていれば譲渡所得税の申告も絡むことがあります。
そして、相続税の納付の最大のネックは、期限がすぐにきてしまうということです。相続税の「申告期限」は相続の開始があったことを知った日(通常は、被相続人の死亡日)の翌日から「10か月以内」です。
例えば、12月15日に被相続人が亡くなられた場合、翌年の10月15日が申告期限になります。相続税を実際に支払う期限である「納付期限」についても申告期限と同じ日となります。期限を1日でも過ぎると延滞税や過少申告加算税、無申告加算税、重加算税などの対象となりえます。本来なら様々な相続税額の軽減を受けられるのに、それらが受けられないという事態が発生しかねません。
「10か月」と聞くと十分な時間があると感じるようですが、実はあれこれ作業を積み重ねるうちに間に合わなくなりそうだと、肝を冷やされる方が多くいます。