本記事は、和田秀樹氏の著書『老人入門 - いまさら聞けない必須知識20講 -』(ワニブックス)の中から一部を抜粋・編集しています。

脳の萎縮と脳の機能低下は相関しない

サイエンス,シニア
(画像=metamorworks/stock.adobe.com)

頭を使えば脳は萎縮しても機能は低下しない

今度は脳についてです。

高齢になって誰もが不安になるのは認知症でしょう。

70代で認知症が始まる人だっているのですから、筋肉や関節といった身体の機能より脳が心配だという人は多いと思います。

でも、ここでも特別なトレーニングは要りません。自由時間にやりたいことを楽しむだけで身体機能は維持されるように、脳も楽しみながらその機能を維持することはできるからです。脳というのは実はみんな委縮します。老化に伴って脳細胞が減ってくるのですから脳そのものの体積も減ります。萎縮することじたいは避けられないのです。

認知症にはさまざまな種類や原因がありますから、脳の萎縮がそのまま認知症につながるわけではありません。でも90代になれば半数以上の人に認知症の症状が現れること、脳が萎縮すればそれだけ機能低下も避けられないことを考えれば、老化が認知症の大きな原因になることは事実です。

ところが、脳の萎縮と実際の認知機能の低下は必ずしも一致しません。私は高齢者の脳のCTやMRI画像を毎年100枚以上診ていますが、知能レベルも高く話し方もしっかりしていて認知症とはとても思えないような人でも脳の萎縮がかなり進んでいたり、逆に認知症が進んで何もわからなくなってしまった人の脳が、それほど萎縮していないという例をいくつも見てきました。脳の萎縮と機能低下は相関しないということです。

筋肉でしたら、萎縮すれば筋力は衰えます。筋力が衰えれば、歩いたり持ち上げたりといった機能も低下します。

廃用性症候群という言葉はすでに出てきましたが、筋肉の萎縮は使われないことが原因でした。

ところが脳の萎縮は、老化による神経細胞の減少が原因ですから、どんなに頭を使う人でも避けられません。

脳は無数の神経細胞が集まってできていますが、少しずつ細胞は死んでいきます。わずかなパーセンテージでも80年、90年と生きてくると死んだ細胞の分だけ脳と頭蓋骨の間にすき間ができてきます。これが脳の萎縮です。

しかし脳の機能は細胞の数や容積に左右されるのではなく、神経細胞同士の間に張り巡らされた回路、無数のネットワークの働きによって維持されます。この回路が精密で丈夫なほど、脳の機能も高まります。

どうすればネットワークが強化されるのかといえば、頭を使うことです。覚える、考える、議論する、文章を書く、そういったインプット、アウトプットに関わるさまざまな作業を実行することで、神経細胞にネットワークが張り巡らされ、強化されていきます。

逆の言い方をすれば、どんなに神経細胞の数が多くても、それを結びつける回路がなかったり、あっても脆弱ぜいじゃくな場合は、脳の機能は高まらないということです。まだ脳の萎縮がない幼児より、萎縮が始まっている高齢者のほうがさまざまな機能、たとえば理解力とか判断力が優っているというのも、長い年月をかけた脳の鍛え方が違うからということになります。

脳は筋肉ではない

頭のいい人の脳の使い方
(画像=fotogestoeber/stock.adobe.com)

筋肉や関節のような身体的機能の低下を防ぐために、自由時間を楽しみましょうと提言しました。

簡単に言えば、楽しみながら身体を動かすことでした。

そうすることで、筋肉も使われますから衰えが防止されます。もう70代過ぎたら筋肉マンでなくてもいいのです。それを目指すことも不可能ではありませんが、かなり苦しいハード・トレーニングをノルマにしなければいけません。

でも日常生活の中で身体を動かし続けるだけで、いまの筋肉は維持できます。少なくとも歩くとか持ち上げるといった動作は維持できます。身体的な機能は維持できるのです。

脳も同じです。自由時間を楽しむ、ただそれだけです。

ただし脳の機能を高めるためには、知的な刺激がなければいけません。自由時間を楽しみながら知的な刺激も与える。こう書くと何やら小難しいことをやらなければいけないような気もしますが、要は楽しめばいいのです。

自分がやってみて楽しいこと、夢中になれることなら何だっていいと考えてください。

たとえばただのおしゃべりでもいいです。くだらない話、昔の愉快な思い出話、これからやってみたいことや、死ぬまでにぜひ実現させたい計画、そういった話をもし、面白がって聞いてくれ、しかも相手も同じように楽しそうに話してくれるならおしゃべりは盛り上がります。

相手の話を聞き、自分の考えやアイディアを打ち明ける。会話というのはインプットとアウトプットがつねに同時進行ですから、脳にとってこれ以上の刺激はありません。そのときもし、脳のそれぞれの部位が活動していることを示す赤ランプでもあれば、たぶん脳の広範囲な場所で赤ランプが点滅するはずです。

映画好きな人なら、もう何十年も前の、10代や20代のころに熱中した映画を観るのもいいでしょう。古い映画はいま、アマゾンのようなものに有料会員登録さえすればかなりの作品を観ることができますし、レンタルのDVDでもいいでしょう。

もうストーリーも細かいシーンも忘れていますから、観ればそれなりに新鮮な感動があります。かつて熱中した俳優たちはやはり魅力的ですし、思い出すこともたくさんあるはずです。

「そういえばあのころは場末の名画座をはしごをして1日過ごすときもあったな」

映画の内容を思い出すだけでなく、自分の青春時代を思い出して甘酸っぱい気分になるかもしれません。でも、そういうきっかけでもなければ、数十年前の自分や、身のまわりの出来事を思い出すことなんてありません。風景、食べ物、出会った人たちのこと、もしかすると完全に忘れていた記憶がよみがえることだってあるかもしれません。五感で思い出すことだってあるでしょう。脳のそれこそありとあらゆる部分で赤ランプが点滅します。たっぷりと刺激を受けているシグナルですね。

脳が活動しているあかしですからそれだけで十分です。

脳トレなんかして鍛えなくていいということです。難しい講義を聴いたり本を読んだりしても脳を鍛えることには実はなりません。たぶん退屈で赤ランプも点かないでしょう。脳は筋肉ではないのです。

理解できるかどうかよりワクワクするかどうか

筋肉でしたら、つらくても苦しくても、鍛えれば鍛えただけの効果があります。腕立て伏せは毎日10回やるより100回やったほうが腕の筋肉や腹筋がついてくるはずです。

ところが脳は筋肉ではありませんから、たとえば難しい計算を頭が痛くなるほど繰り返しても、何の効果もありません。脳が膨らむこともなければパワーアップすることもありません。

そもそも退屈だったり、いやで厭でたまらないことなんか、脳は本気でやろうとしないのです。苦手な勉強と同じですね。英語が苦手な受験生は1時間の授業が長くて、どんなに必死で黒板の字をノートに書き写しても、教師の話を聞いても、さっぱり頭に入ってきません。ただただ眠くなるだけです。

ところが得意な科目となれば1時間はあっという間に過ぎます。歴史が好きな受験生なら教師の話を聞いていても、「その後はどうなるんだ」「どうしてそんなことが起きたんだ」と興味や疑問がわいてきます。教師がその興味や疑問に応えてくれれば授業内容はバッチリ頭に入るでしょう。もちろん眠くなんかなりません。

眠くなるだけの授業と夢中で聞いてしまう授業、どちらが脳を刺激しているかは言うまでもありません。この差は高齢になるほどはっきりしてくるのです。

脳をいちばんその気にさせるのは好奇心です。

「これからどうなるんだろう」「この先に何があるんだろう」「どんな味がするんだろう」

そういった未知の世界への興味とか、憧れが脳を何より喜ばせます。喜ばせるというのは意欲を掻き立ててくれるということです。「やる気」になるのです。

当然、自分が好きな分野やテーマほど好奇心を掻き立てます。興味のないことや苦手なことには関心すら持ちません。脳を鍛えるにはどうすればいいのか、もう明確ですね。自分がワクワクできること、好奇心を刺激してくれること、つまり楽しいと感じることをやればいいのです。ハードワークである必要もないし、ハイレベルである必要もありません。自由時間をいかに楽しみ尽くすか、それを考えるだけでも脳にはいい刺激になるでしょう。

=老人入門 - いまさら聞けない必須知識20講 -
和田秀樹
1960年、大阪府生まれ。精神科医。老年医学の専門家。東京大学医学部卒業後、東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『六十代と七十代 心と体の整え方』(バジリコ)、『80歳の壁』(幻冬舎新書) など著書多数。

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