本記事は、和田秀樹氏の著書『老人入門 - いまさら聞けない必須知識20講 -』(ワニブックス)の中から一部を抜粋・編集しています。

頭を使う人のほうが元気で長生きする

ミドル,男性,医者
(画像=apiox/stock.adobe.com)

長寿の専門医はいない

去年(2021年)、ノーベル物理学賞を受賞した眞鍋淑郎さんは90歳での受賞でした。

テレビに流れた受賞のインタビューを観てもまだまだお元気で若々しい印象があります。

それで気がついたのですが、私の印象として学者や作家のような創造的な頭の使い方をしている人が案外、皆さん長生きしているということです。たとえば聖路加国際病院の名誉院長を最後まで務めた医師の日野原重明先生は105歳で亡くなる直前まで仕事を続けていました。

作家の佐藤愛子さんは『九十歳。何がめでたい』を書いたあと、『九十八歳。戦いやまず日は暮れず』を上梓じょうししたように100歳間近でいまだに執筆を続けています。瀬戸内寂聴さんも99歳で亡くなる直前まで旺盛に活動されていました。こういった人たちは、ただ長生きするというだけでなく、100歳前後まで現役で創作や講演活動を続けているのですから、脳もしっかりしていることになります。

もちろん身体も元気だということになりますが、肉体的な老いはどんな人でも避けられません。その老いを補って余りあるエネルギーを脳は保ち続けていることになります。

医学で肉体的な老化を防ぐことはできません。どんな総合病院にも老化を防ぐ専門外来はないのです。

だとすれば、私たちは医者の言うことをきくより実際に長生きしている人を見習い、その人たちの生き方や暮らし方を真似したほうがいいことになります。

そこで思い出して頂きたいのは、スポーツマンより学者や芸術家のようなクリエイティブな仕事をしている人に長寿者が多いということです。

単純に考えると、若いころから身体を鍛えて筋肉も十分に備わり、丈夫で病気知らずの人ほど長生きしそうですが、現実にはとくにスポーツや肉体労働にも縁がないまま頭を使い続けた人が長生きしているというのはどう理解すればいいのでしょうか。

肉体的な老化はよほどのトレーニングを実行し続けない限り、避けられません。

けれども知的な活動はいくつになっても続けることができます。

それによって脳の機能が衰えなければ、いろいろな好奇心や楽しみを見つけることができます。

すると、好奇心を満たすためにも身体を動かすことになります。老いが加速するフェーズに入っても、活動的に生活できて老いを食い止めることができるのです。

「私にはまだまだやりたいことがある」

たぶん瀬戸内寂聴さんもそんな気持ちで亡くなる直前までご自身の意欲を奮い起こしていたのだと思います。訪ねてくる人と会い、ご自身もあちこち歩き回っていました。そういった活動もすべて、身体の老化を食い止めてくれます。もちろん、寂聴さんのステーキ好きはよく知られていました。栄養素やエネルギーの補給も十分だったことになります。

歳を取るほどいろいろなことが億劫になってくる

老人
(画像=PIXTA)

「その気になれない」はいくつになっても最大の壁

好奇心や自分にとって楽しいことが脳を刺激するとわかってしまえば、あとは簡単な気がします。

ところが、ここからが難しいのです。好奇心のままに動けるのは子どものように無邪気で元気な時期だけです。高齢になってくると、どうしても腰が重くなります。体力が落ちて疲れやすいというのもありますが、それ以前に気持ちが上向いてこなくなります。

「そのうち」とか「気が向いたら」というブレーキがかかってしまいます。

「いまはその気になれない」と言い訳が出てしまいます。老いは意欲を低下させるのです。

この意欲の低下も老いの大きな特徴になります。

たとえば定年前はあれこれやってみたいことが頭の中にはあります。

「時間ができたらずっと我慢していたことができるんだな」と想像すると嬉しくなります。

ところがいざ仕事を引退して半年ほど骨休めのつもりでのんびりしてしまうと、「さあ、やろう」という意欲がわいてきません。思い浮かぶことはあっても、「そのうち」とか「時間はあるんだから慌てなくていいだろう」と先延ばしにしてしまい、結局ウヤムヤになってしまうのです。これも老いの怖さです。どんなに身体は元気でも、意欲が衰えてしまえばその身体を動かすことも億劫になりますから老いはどんどん加速されます。

なぜ老いは意欲を低下させるのでしょうか。

そのいちばんの原因は感情が老化することです。

いわゆるワクワクするとかドキドキするといった高揚感がなくなってくると、「さあ、やろう」という意欲も薄れてきます。外部からの刺激に気持ちが反応しなくなるのですから、好奇心も生まれてきません。

ではなぜ感情が老化するのでしょうか?

じつはこれも脳と関係があります。

前頭葉は楽しさ優先の脳

老いれば脳も萎縮することはすでに話しましたが、脳全体が均等に萎縮するわけではありません。前頭葉と呼ばれる、ちょうど額(前頭部)に包まれた部分から萎縮が始まっていきます。前頭葉は人間だけに特別に発達した脳の部位ですが、ここは感情や創造性といった、ある意味ではいちばん人間らしい分野を受け持っています。この「創造性」というのも大事なポイントになりますので記憶に留めておいてください。

ところで前頭葉の萎縮はかなり早い時期から始まることがわかっています。40代とか50代のころからCTやMRI画像でわかるようになりますから、感情の老化や意欲の低下というのは中年世代にとっても他人事ではありません。いわゆる中年期の意欲減退や高揚感の消失というのも、この前頭葉の萎縮が原因となっていることが多いのです。

でも、脳の萎縮は機能低下とは相関しないのでした。

前頭葉も同じで、刺激を与えることで機能低下を防ぐことができます。

前頭葉が好きなのはドキドキすることです。

(1)初めての体験

(2)ワクワクするような楽しいこと

このふたつがポイントになります。

逆に言えば、いつもと同じような行動や、最初から結果のわかっているようなことには前頭葉も刺激されません。マンネリは最大の敵なのです。

よく定年を迎えて時間ができたら旅行に出たいと考えます。そういうときでも、何度か訪ねたことのある観光地より、いままでまったく考えもしなかった街や地域を選んだほうがドキドキ感は高まります。「京都が好きだから京都ゆっくり回ろう」と計画するより、まったく訪ねたことのないアジアの街を個人パックのツアーでもいいから目的地に選んだほうがいいのです。食べ慣れた好物の料理より、聞いたこともなくて味もまったく予測できない料理を食べてみたほうがいいのです。

あるいは運動神経に自信がなくてスポーツは誘われても断ってきた人が、「この際だからやってみるか」とテニスに挑戦したり、音痴で笑われるからと避けてきたカラオケに繰り出してみるのもいいでしょう。

たとえ失敗して笑われたとしても、そこで感情が高揚すれば思いがけなくも楽しめたりします。それだけでも気分はグンと高まってきます。前頭葉が大いに刺激を受けたことになります。

=老人入門 - いまさら聞けない必須知識20講 -
和田秀樹
1960年、大阪府生まれ。精神科医。老年医学の専門家。東京大学医学部卒業後、東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『六十代と七十代 心と体の整え方』(バジリコ)、『80歳の壁』(幻冬舎新書) など著書多数。

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