本記事は、加藤俊徳氏の著書『脳の名医が教える すごい自己肯定感』(クロスメディア・パブリッシング)の中から一部を抜粋・編集しています
「自分はダメだ」と考える〝脳の癖〟が問題
私が出会った20代後半の男性なのですが、目的意識もしっかりしていて努力家の人がいます。彼は大学受験に2回ほど失敗し留年もしましたが、結果的に国家試験に合格することができました。
私からしたら、それ自体で素晴らしいと思うのですが、彼は違いました。
実際に社会で働き始めて、いろいろ上手くいかないことがあったらしいのですが、彼はそれを自分の能力のなさだと考えているのです。
「大学受験に失敗し、留年もしている。国家試験も何度も落ちている。やっぱり自分は人よりも能力がなかった。だから社会に出てもうまくいかないんです」
自分はダメだとすっかり落ち込んでいるのですが、おかしいと思いませんか?
人よりも失敗した数は多い彼ですが、諦めることなく取り組み、結局望みを叶えているのです。意志の強さ、まじめな取り組み、これまでの経験……。
私から言わせれば、彼には他の人にない「能力」があるのです。そこにフォーカスせずに、なぜマイナスばかりに目を向けようとするのでしょうか?
これはこの20代の男性だけではありません。クリニックを訪れる人たちを見ると、自分を必要以上にダメだと思い込み、自信を失ってしまっている人が多いのです。
読者の皆さんも、自分を顧みてそんなところがないでしょうか?
私から言わせると、ただただ「もったいない」の一言です。
自分の価値を認め、存在を肯定する感覚を「自己肯定感」と呼びます。この自己肯定感が低いばかりに、本来ならもっと前向きに生きることができるはずなのに、つまらないところで躓き、落ち込んでしまう人が少なくありません。
私自身、若い頃は自己肯定どころか、自分を否定する気持ちが強い人間でした。
しかし、それゆえに強い自己肯定感を得ることもできました。だから、なおさら「もったいない」と感じてしまうのです。
ものの見方、考え方をちょっと変えることで、世界がまったく違ったように見えてくるからです。
医師としての私の経験と、脳科学者という立場、そして自分自身のこれまでの人生を振り返って、自己肯定感も自己否定感も、一種の脳の癖=回路のようなものだと考えるようになりました。
冒頭の20代の彼は自分の中で、「自分はダメだ」「人よりも能力が低い」という脳の癖=回路ができ上がっているのです。
だから、周りから見ると、彼には努力する才能、諦めない才能など、いろんな才能があるのに、肝心の彼にはそれが見えていないのです。
私自身がその癖に気がつき、意識的に考え方と行動を変えたことで、自己肯定感を築き上げることができた、と言いました。それは私だけではなく、誰もが脳の仕組みとカラクリを理解することで、できることだと確信しています。
「認知」が歪んでしまっている
脳の癖によって、自分自身の姿を正確に見ることができない人は少なくありません。
ちなみに、自分をどう認識し、どんな人間だと自分で判断するか? これを心理学の用語で「自己認知」と呼びます。自分の価値観や性格、長所と短所を、自分自身で認識することです。
自分を正しく評価するには、その大前提として自己認知がしっかりとできていることが大前提になります。
ところが、これが案外難しいのです。
とくに自分で自分を見る場合、どうしてもさまざまな主観や願望、思い込みが入り込んできます。本来の自己像とは違った像を勝手に作り上げ、それを自分自身だと錯覚してしまうことになります。
それが「脳の癖=回路」なのですが、先ほどの20代後半の男性などは、まさにそのパターンだと言えるでしょう。
精神療法の分野に「認知行動療法」というものがあります。人間のマイナスの気分は、間違った考え方や歪んだ思考=「認知の歪み」から生まれるという考え方です。
「認知の歪み」とは、まさに思考の癖であり、脳の癖だと考えられます。米国の精神科医であるデビッド・D・バーンズは、「認知の歪み」のパターンを明らかにしました。
それらの認知の歪みを正すことで、脳の癖を直し、マイナスの気分を失くすことができると説いたのです。ちなみに、代表的な認知の歪みには以下のものがあります。
「一般化」
一度や二度の失敗を拡大して捉え、「自分はいつもこうだ」とか「ダメ人間だ」と結論づけてしまう。「絶対」「いつも」「すべて」「必ず」という言葉をよく使う人に多い。
「結論の飛躍」
相手の気持ちや考え方を、勝手に決めつけてしまう。たとえばLINEですぐに返信が来ないと、「きっとあの人は自分を嫌っている」と思い込んでしまう。
「誇大、過小評価」
たとえば自分の欠点を大きく捉え、長所をあまり評価しないなど、ある部分を誇大に評価し、ある部分を過小に評価する。
この他にも、「白黒思考」(物事を白か黒か、はっきりさせないと気が済まない。グレーゾーンのない思考)、「極端なマイナス化」(完ぺき主義の人に多く、少しのマイナスがあってもすべてがダメだと考える)、「ラベリング」(対象にレッテルを貼り、決めつけて安心する)、「すべき化」(~するべきだ、~しないといけない、というように理想化して考える)といったものがあります。
前述の20代の男性の場合は、「一般化」や「誇大、過小評価」などが当てはまりそうです。
このような「認知の歪み」は誰でも、多少なりとも持っています。ただ、この認知の歪みが強いと、自分を必要以上に否定し、自信を失ってしまうことになります。
当然、自己肯定感も育ちません。ひどくなると、抑うつ状態に陥ってしまう人もいます。
クリニックで相談を受けたとき、私はその人がどんな認知の歪みを持っているかを見極めます。その上で、無意識の「認知の歪み」に気づかせ、正しく自己評価、自己認知ができるようにしています。
自己肯定感と8つの脳番地
私は脳内科医ですから、「認知の歪み」はもちろん、「自己認知」や「自己肯定感」に関しても、脳の働き方という視点で説明できると考えています。
すでにこれまでの著書の中で説明していますが、脳にはそれぞれ役割に応じた「脳番地」があることがわかっています。
MRI(磁気共鳴画像法)で脳を詳細に研究した結果、脳は場所によってそれぞれ分担する働きが決まっていることがわかったのです。
そして、その脳番地は左右の脳に約60ずつ、計120あることも判明しています。さらに、それは以下のように大きく8つの脳番地に分類できるのです。
●「思考系脳番地」=思考や判断に関する脳番地 ●「感情系脳番地」=感性や社会性に関係する脳番地 ●「伝達系脳番地」=話したり伝えることに関係する脳番地 ●「運動系脳番地」=体を動かすことに関係する脳番地 ●「聴覚系脳番地」=耳で聞くことに関係する脳番地 ●「視覚系脳番地」=目で見ることに関係する脳番地 ●「理解系脳番地」=物事や言葉を理解することに関係する脳番地 ●「記憶系脳番地」=覚えたり思い出すことに関係する脳番地
この脳番地の場所を、わかりやすく示したのが下の図です。これらの脳番地はそれぞれ得意とする働きがあるのですが、独立して働くのではなく、それぞれが緊密に情報をやり取りしながら働いていることがわかっています。
自己認知に関わる脳も、そんな脳の全体的な働きによって生まれているのですが、とくに「理解系」「思考系」「記憶系」が働いていると考えられます。
そして、「認知の歪み」は脳番地の働き方のバランスが悪くなっている状態と考えられます。つまり各番地の情報交換が滞り、偏った働き方をしているのです。
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