この記事は2022年9月14日に「第一生命経済研究所」で公開された「平均賃金で見た「安い日本」」を一部編集し、転載したものです。


賃金,労働
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目次

  1. 日本はランキング下位
  2. 成長しないグループの国
  3. 国際比較でみた打開策

日本はランキング下位

円安が進んで、輸入物価が急上昇している。これは、円の購買力が低下して、ドルと交換する円の数量が増えるという「交易条件」の悪化が起こっているということでもある。交易条件の悪化は、日本で働いて稼いだ給料で、どのくらいの輸入品が買えるか、という購買力の低下をも示している。

まずは、国際比較データをみてほしい(図表1)。OECDは、2021年までの平均賃金の34か国の国際比較データを示している。これはドル・ベースで換算してある。

日本は、2021年は34か国中で24位である。順位が下位の方にあることは今に始まったことではない。24位は、2019年から変わらずだが、1991年からみると時間とともに順位が落ちていることがわかる。1991年13位(23か国中)、2000年18位(34か国以下同じ)、2010年21位、2015年24位、2021年24位である。この間、2013年に韓国に抜かれた。2018年にはイスラエルに抜かれた。驚くのはOECDに加盟した中東欧諸国に次々に抜かれていることだ。2016年にはスロベニア、2020年にはリトアニアに抜かれている。

第一生命経済研究所
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平均賃金の時系列データの変化をみると、将来、日本はポーランド(2021年の日本との差17.1%)、エストニア(同18.3%)、ラトビア(同22.0%)、チェコ(同22.3%)には追いつかれる可能性がある。中東欧のOECD加盟国にはほかに、平均賃金の低い国として、ハンガリー(同35.8%)とスロバキア(同39.4%)がある。

実は、このランキングの前提になる為替レートは、2021年1ドル109.8円で計算されている。仮に、これを最近の為替水準(ドル円で言えば1ドル145円)に置き換えると、日本のドル建ての平均賃金は、▲24.3%ほど低下する。すると、ポーランド、エストニア、ラトビア、チェコに抜かれてしまう(28位に転落する計算)。つまり、24位というランキングは、まだ円高水準の前提で評価しているときの順位ということになる。1ドル145円で28位に転落という結果は、「安い日本」もここまで来たかと思わせる。

成長しないグループの国

日本を抜いていく中東欧の国々と日本の違いは何であろうか。それは、成長する国と成長しない国の違いである(図表2)。

残念ながら、日本は成長が止まった状態が長く続いて、平均賃金が追い抜かれた。1991年頃は、日本は他のG7諸国(米国、英国、ドイツ、フランス、カナダ)とも大差はなかった。OECD諸国でも平均に近かった。それが今や下位グループにある。

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OECD34か国の平均賃金の推移をみると、日本と同じように平均賃金が増えない国があることに気付く。イタリア、スペイン、ポルトガル、ギリシャである。南欧諸国の4か国は、日本に似ている。

日本と南欧4か国の共通点は、まず政治的基盤の類似性を思い付くが、それを除くと人口高齢化率が高いことである(図表3)。日本は世界一で28.7%(直近2022年8月29.1%)。それに続き、イタリア(23.6%)、ポルトガル(23.1%)、スペイン(20.3%)となっている。

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この高齢化率は、その国の平均年齢とも重なる。日本は、全人口の平均年齢(中央年齢)は48.4歳(2020年)だ。イタリアの47.3歳を越えて世界一である。平均年齢が上がると賃金が下がる理由は、賃金の低いシニア労働者が多く労働参加していて、その人達が非正規形態、あるいは自営業で働いていることの反映だろう。

高齢化するほど平均所得が落ちるという原理は、欧州の中で南欧諸国の経済成長率が低いこととも符合する。

もうひとつ、人口以外では、財政状況が悪い点でも、日本と南欧4か国は似ている。政府が財政出動に過度に依存してきたことは南欧諸国での特徴に思える。そう言えば、日本は物価高対策として、住民税非課税世帯を対象に1人5万円の給付金を散布することを決めた。物価対策といっても、その内容は財政依存の対策だ。

この住民税非課税世帯の7割超が65歳以上の高齢者である。年金制度をさわらず、減税するのが住民税非課税世帯を対象とした給付金支給の意味である。賃金が低いままであることを放置しておいて、一時的な減税をするというのも、物価対策として、「ストライクゾーンを外して変化球を投げた」対応に思える。

賃上げを促進することが、ストライクを取りに行く本筋の政策だろう。賃金が上がれば、年金支給額も少し遅れて上がっていく。

国際比較でみた打開策

日本の平均賃金を上げる方法は様々に指摘できる。本稿では、国際比較という視点に絞って、その打開策を示したい。

単純な論理として、日本の平均賃金が安いのならば、安い労働コストを武器にして、輸出を増やせばよい。「今まで賃上げすると輸出競争力が落ちる」と心配してきた人は、輸出競争力が向上したのを利用しなくてはいけないと思う。

国際比較データをみると、実は1人当たり輸出額が大きい国ほど、平均賃金も高いという傾向がみられる(図表4)。スイス、オランダ、ベルギー、アイルランドは、特に1人当たり輸出額が大きい。いずれも1人当たり平均賃金が上位の国々である。日本とイタリア、ポルトガル、スペイン、ギリシャは1人当たりの輸出額が小さい。日本の平均賃金を越えたスロベニアは、1人当たりの輸出額が大きい。チェコ、スロバキア、ハンガリーも割と1人当たりの輸出額は多い。

これらの国々がドイツなど西欧への輸出促進で、賃金を増やしてきたことがわかる。「平均賃金が上がると輸出が減る」のではなく、因果関係は「輸出を増やして平均賃金を上げる」ということなのかもしれない。

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なお、米国は1人当たりの輸出額が極めて低い。米国は大国であり、輸出促進で稼ぐという戦略を採らなくてもやっていける。英国、フランスも、輸出は少ない。輸出が少なくても、内需がそれなりに増えていければ成長できる。

しかし、日本や南欧は、高齢化している分、内需のパワーが落ちて、それが成長率を押し下げているのだろう。輸出促進はそれを回避するための打開策だと考えられる。

第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生