人的資本の可視化と情報開示
コーポレートガバナンス・コードの改訂など、企業は人的資本の可視化を行った上で、ステークホルダーへの開示が必要になってきている。この流れはどのようにして起こったのだろうか。
なぜ人的資本の情報開示が求められるのか
米国証券取引委員会(SEC)は2020年8月に『Regulation S-K』において、アメリカの上場企業に対して事業運営で重視している人的資本の取り組み状況や目標について情報開示することを義務化した。
人的資本は、企業の成長に関わる事業戦略を実行するために欠かせないものであり、投資家が企業を投資先として適切か否かを判断するための重要な情報と定義したのである。
欧州においても、2022年4月に欧州財務報告諮問グループ(EFPAG)が『欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)』の草案を公表しており、人的資源情報の開示の制度化を進めている。
人的資本開示とISO30414
ISO30414は、2018年12月に定められた人的資本の情報開示ガイドラインであり、人的資本を「社内で議論すべき、社外へ公表すべき」指標として位置付けている。求められているのは、人的資本の企業における貢献度を可視化して、透明性高く外部に公表することだ。
ISO30414では、以下の11の領域で58項目の人的資本の情報開示が求められている。
- コンプライアンスと倫理
- コスト
- ダイバーシティ(多様性)
- リーダーシップ
- 企業文化
- 労働安全性、安全、福祉
- 生産性
- 採用、異動、離職
- スキルと能力
- 後継者育成計画(サクセッションプラン)
- 労働力
人的資本の情報を開示するメリット
人的資本の情報開示はガイドラインに従って実施するため手間がかかる。しかし、大きく3つのメリットも得られる。
投資家やステークホルダーからの信頼向上
人的資本情報を開示する最大のメリットは、投資家やステークホルダーから無形資産である人材についての評価を得られる点にある。信頼性の向上は企業ブランドの強化にもつながり、競争優位性を確保する助けとなる。
企業価値判断は収益性や事業安定性などがまず評価され、付加価値として人的資本が評価されることがほとんどだろう。そのため、中小企業にとっては人的資本の情報開示メリットは少ないと感じるかもしれない。
しかし、人的資本の透明性を高めれば、企業の経営方針や社員の育成や活用に対する取り組みが明確になり、長期的な視点で企業を評価する投資家に対して好印象を与えられる。
また、社員のスキルアップやキャリア開発に積極的に取り組む企業は、持続可能な成長を目指していると判断されやすく、将来的な成長性や安定性が高いと見なされます。結果的に、中小企業でも投資家からの関心を引きやすくなり、資金調達の機会が増える可能性がある。
優秀な人材の獲得と定着率向上
人的資本の情報開示は、求職者に対して企業の魅力をアピールする手段となる。企業がどのように社員を育成し、キャリア開発を支援しているかを明示することで、優秀な人材の興味を引けるだろう。
デジタル化に伴って、求職者は企業が提供する成長機会や働きやすい環境を重視する傾向にある。人的資本に関する情報を公開すれば、企業が社員を大切にし、長期的な成長をサポートしていることを示せるため、求職者はその企業で働く魅力を感じやすくなる。
また、既存の社員に対しても、自身の成長やキャリア開発のサポート内容が明確になるため、モチベーションの向上やエンゲージメントの強化が期待できる。結果的に、離職率の低減や人材の定着が図られ、企業の人材戦略が一層強固になるであろう。
組織の持続的成長と改善の促進
人的資本の情報開示をすると、改めて自社人材のスキルレベルや人材配置について再確認する機会が得られる。それによって、「リスキリング」などの育成計画策定や人材配置の抜本改革など、ただの人事活動ではなく事業革新につながる人材戦略の策定に役立てられるだろう。
また、外部からのフィードバックを受ければ、新たな視点やアイデアを取り入れることができ、組織全体の成長も促進できる。
人的資本の情報開示は、企業文化の透明性を高めるとともに、従業員のエンゲージメントを強化し、持続的な改善のサイクルを確立する助けとなる。