本記事は、児玉光雄氏の著書『頭が良くなる!「両利き」のすすめ』(アスコム)の中から一部を抜粋・編集しています。
大谷翔平選手の生い立ちから利き脳について考えてみた
私は、両利き人間がこれからの時代を背負っていく、と考えています。
身体の各器官の非利き側を活性化させることがなぜ必要なのか。それは、各器官は人間にとって最も重要な「脳」と繋がっているからです。そこで、まず脳の利き側の話から始めたいと思います。
いくら科学が加速度的に発達したからといって、人間の脳がコンピュータに置き換わることはほとんど不可能に近いのです。これは私の独断的な予測に過ぎないのですが、少なくともこれから数十年以内に私たちの脳の機能とまったく同等のコンピュータが開発されることはないはずです。
しかし、脳の機能の領域に関する研究は、飛躍的に進歩しています。いまや確実に新しいトレンドが動き出しているのです。例えば、いままで右脳あるいは左脳のどちらか単独で行われていると思われていた高度な作業も、実は右脳と左脳の協同作業によって行われていることが判明し始めています。
右脳と左脳の交信を頻繁にさせながら両者を連動させることで、脳の持っている潜在能力を引き出すことができるのです。残念ながら、ほとんどの人が片方の大脳半球ばかりに作業をさせているので、もっと両者のバランスをとる必要があるわけです。
つまり、あなたがその気になれば、両方の大脳半球をバランス良く使うことができ、両利き人間の仲間入りができるのです。
いまスポーツ界でもっとも注目されているアスリートは、大谷翔平選手で間違いないでしょう。大谷選手は左打ち、右投げです。これはメジャーリーグで3,000本安打という金字塔を打ち立てたイチローさんとも、見事に一致します。
私は、彼らのパフォーマンスの大きな要因が両利きだったことにある、と考えています。実は、大谷選手が左打ちを採用したのは、父親徹さんの影響が大きいのです。このことについて、大谷選手はこう語っています。
「(左打ちか右打ちか)どちらにしようか迷っていて、お父さんとお風呂に入っているときに、『俺、どっちで打ったらいい?』と尋ねると、『打ちやすいほうで打てば?』と言われて、『じゃあ、左打ちにしよう!』と」
徹さんは、少年時代の大谷選手が所属していた野球チームの監督を務めていました。
徹さんは打者としての大谷選手を左打ちにした理由を次のように語っています。
「私自身が左打ちだったので、はじめから翔平の打ち方は指導しやすい左打ちにしました。その中で、インコースならライト方向へ、アウトコースならレフト方向へ、変化球にもしっかりと対応できるようになってもらいたかったので、コースによって打ち分けられるようにしなさいと言い続けたのです」
野球において左打者というのはいくつかの点で右打者に比べて有利です。「ピッチャーにとって、右打者に比べて左打者と対戦する確率が低い」、「一塁までの距離が右打者に比べて短い」といったことが理由です。
大谷選手は左打ちですが、投げるのは右手なので、右利きや左利きの選手よりも明らかに左右脳の交信が頻繁に行われているはずです。それが彼のスポーツ脳を異常なまでに進化させ、2022年シーズンに打者としてホームラン34本、投手として15勝9敗というとてつもないパフォーマンスを発揮する大きな要因になった、と私は考えています。
右脳と左脳を頻繁に切り替えれば、潜在能力を目一杯発揮できる
両利き人間に天才が多いのは、彼らが右と左の脳を効果的に使い分けているからです。天才といえども持っている脳の容量は、私たちとほとんど変わりません。両者の違いは、その使い方にあるのです。
私たちはどうしても片方の大脳半球だけを使ってしまう傾向があります。日頃使い慣れている領域だけにスイッチが入りがちなのです。しかし、それではアイデアも思考パターンも硬直化してしまいます。
一方、天才と言われる人たちは、左右の大脳新皮質を絶えず交信させながらネットワークを進化させています。
図表1-1をしばらくジッと見つめてください。すると、5つの別々のブロックとして見えていたものの中に、LEFTというアルファベットが浮かび上がってきたはずです。この実例で、脳は図形(右脳)と文字(左脳)を、交互にスイッチして機能させていることが確認できるのです。
文字と図形の組合せではなく、図形のみの場合でも、右脳はその解釈を無意識に切り替えています。図表1-2を注視してください。これは「ルビンの壺」と呼ばれる有名な反転図形です。壺のシルエットと、人の顔が向かい合わせになっている図が交互に浮かび上がってくることにあなたは気づくはずです。
さらに、図表1-3を見てください。この立方体が2種類の見え方をすることがわかりましたか? これは「ネッカーの立方体」と呼ばれるもので、一般的には、奥行き反転図形と呼ばれています。
まず、立方体を斜め上から見た図が浮かび上がってくるでしょう。そのとき、A面が手前に、そしてB面は奥に見えます。次に斜め下から見た図に切り替えると、今度はA面が奥に、そしてB面は手前になって見える斜め下から見た図が浮かび上がってくるはずです。
このような図形を使用することで、右と左の脳だけでなく、片方の脳単体でも、視点を頻繁に切り替えていることを確認できるのです。これは、あなたの意志というよりは、自動的、かつ無意識に切り替わると言ったほうがよいかもしれません。
まずは、これらのイラストを使って、2つの画像が交互に切り替わる感覚を楽しんでください。
ただし、これはあくまでも脳の内部でどのようなことが起きているかを確認するための練習です。実際に左右脳を切り替えるトレーニングはこの後で色々と紹介していきます。
もはや右脳・左脳の概念は崩れつつある
私は過去35年以上にわたり、「スポーツと脳」というテーマで右脳の機能アップを促進するトレーニング開発に尽力してきました。そこでわかったことは、右脳・左脳という概念だけで語るのはもはや時代遅れだということです。
多くの人々が誤解していることがあります。実は脳という臓器は解剖学的に見て文字や数字を処理するには、とても不向きだということです。
なぜなら脳にとってその作業はまったく慣れていない、新しく身につけた能力だからです。人類の650万年という歴史の中で、この能力を身につけたのはほんの数千年前からでしかないのです。
しかも、人間以外にこの能力を身につけている動物はほとんど存在しないのです。
トレーニングされたわずかなゴリラやオウムだけが、初歩的な言語処理ができるに過ぎません。
これらの言語処理は脳にとっては、苦手で不慣れであるため、とてもストレスがかかる作業なのです。長時間あなたがパソコンとにらめっこをしているとき、あなたの心がストレスを感じているというより、むしろあなたの脳が悲鳴を上げているのです。
脳の最後のフロンティアは間違いなく非言語の領域です。
実は大脳半球はさまざまな機能を分担で行っいるのです。図表1-4は知能の分担領域を示したものです。著名な心理学者ハワード・ガードナーは、ヒトの脳の働きには7つの知能があると主張しています。
それらを図表1-5に示します。このうち⑥対人的知能と⑦個人的知能は「情緒的機能(EQ)」と呼んでその前の5つの知能と区別しています。日本を代表する脳科学者、澤口俊之博士はこれに絵画的知能を加え、その領域を示しています。
ご存じのように、大脳半球は左右に分割されており、身体運動的知能と論理数学的知能は両方の大脳半球で、言語的知能は主に左脳が、そして空間的知能、絵画的知能、音楽的知能は主に右脳が主役となっていることが判明しています。
つまり、右脳が主に芸術、空間、直感的な機能を担っており、左脳は分析、論理、言語的な機能を担っているのです。
しかし、人間の大脳半球は、厳密に右脳単独で創造的な機能を担っているわけでもなければ、左脳だけで論理的な思考をしているわけでもないのです。
結局脳は、常に右脳と左脳が交信しながらその連携作業により、機能しているのです。その証拠に、多くの作業をこなしているときの脳の活性領域を調べると、大脳新皮質のさまざまな領域が関与していることがわかります。むしろ右脳あるいは左脳単独で行われている作業を探すことのほうが難しいのです。つまり、全脳的に脳を機能させることにより、より高次な創造力を駆使したり、スポーツにおけるパフォーマンスを向上させたりできるのです。
米国五輪委員会スポーツ科学部門本部の客員研究員として、米国五輪選手のデータ分析に従事。過去30年以上にわたり、臨床スポーツ心理学者として、ゴルフ、テニスを中心に数多くのアスリートのメンタルカウンセラーを務める。
また、右脳活性プログラムのカリスマ・トレーナーとして、これまで数多くの受験雑誌や大手学習塾に右脳活性トレーニングを提供。この分野の関連書は100冊以上、累計発行部数は150万部を超える。
主な著書はベストセラーになった『この一言が人生を変えるイチロー思考』(三笠書房)をはじめ、『勉強の技術』(SBクリエイティブ)、『大谷翔平 勇気をくれるメッセージ80』(三笠書房)、『脳力向上! 大人のパズル』(成美堂出版)、『能力開発の専門家が作ったそうぞう力とさんすう力がみるみる育つこども脳トレドリル』(アスコム)など200冊以上。日本スポーツ心理学会会員、日本体育学会会員。※画像をクリックするとAmazonに飛びます