本記事は、荒木俊哉氏の著書『瞬時に「言語化できる人」が、うまくいく。』(SBクリエイティブ)の中から一部を抜粋・編集しています。
さらに言語化力を磨くコツは「経験を思い出す」こと
ここまでお読みいただければ、言語化力とは何か、言語化力を磨くことの大切さ、そして、メモを使った「言語化力トレーニング」まで、ずいぶん理解を深めていただけたのではないかと思います。
特にトレーニングを習慣化してもらうだけで、確実に効果を実感してもらえると思いますので、読み終えたあとも継続して取り組んでいただければ幸いです。
しかし、中にはこのトレーニングに加えて、さらに言語化力を高める方法を知りたいという方もいることでしょう。
私がコピーライターとして仕事をしている中で、言語化という視点で大切にしている習慣、思考法、具体的なメソッド等をご紹介させていただこうと思います。「言語化力トレーニング」にプラスして取り入れていただくことで、より確実に、そして着実に言語化力を磨いていく一助になればという思いからです。
さて、今後あなたがご自身で「言語化力トレーニング」に取り組んでいくなかで、もしかしたら、少し悩んでしまうことがあるかもしれません。それは、このトレーニングが何を書き出してもいい分、何をとっかかりに書き出せばよいかわからない、という悩みです。
制約がないというのは、一見自由に見えて、実はとても不自由です。そのことは、私が普段コピーを書いたり、広告を作ったりしていてもよく感じます。
もしも私がクライアントから、「今回の広告では、予算はいくら使ってもらっても構いません。取り上げてもらう商品も自由に選んでください。ターゲットも誰でも構いません。とにかく自由にアイデアを考えてみてください」と言われたら、正直にいいますと、ちょっと困ってしまいます。「何かもう少し、アイデアを考えるとっかかりになりそうな課題はありませんか?」と、逆に質問してしまうと思います。
このように、自由すぎると何を考えていいのかわからず、結果として何も考えつかない。そんな状況に陥ってしまったりします。そして、それはコピーや広告制作だけに限った話ではない、と思います。どんな仕事にも何かしらの制約があり、その制約を解決したり、乗り越えたりするために、人は頭を使っているからです。
ご紹介している「言語化力トレーニング」は、ある意味で、とても自由です。もちろん「問い」や「思考」「理由」などの存在は、トレーニングをする上での制約ではありますが、メモに書き出す内容は自由です。そこには正解があるわけではありません。
だからこそ、自由すぎてなかなか筆が進まない。もしくは、書き出した内容に意味があるのか、不安になってしまう。そんな壁にぶつかることはきっとあるのではないかと想像します。もしもあなたがメモを書き出しながらそんな悩みを感じたら、ぜひ意識してもらいたいことがあります。それは、メモを書き出す際に「自分の経験を思い出す」という意識を持つことです。
そもそも「経験を思い出す」とは何か?
少し抽象的なので、最初にトレーニングした問いを例に一緒に考えてみましょう。
問い「今のチームの課題点は何だろう?」
すでに実践していただいているので、そのときのトレーニングを振り返りながら読み進めていただければと思います。
まずこの問いに対して、あなたはどんなことに思いを巡らせましたか? きっと、今自分が所属しているチームの面々の顔を思い出したり、チームで取り組んだ過去の仕事に関する記憶をたどっていったりしたのではないかと思います。
では、自分のいるチームの課題点は何だろう? と考えたときに、すらすらとメモに書き出していくことはできたでしょうか? もし、筆が止まってしまったとしたら、何を思い出すことがチームの課題点の言語化につながるか、自分でもあまりわかっていない状態だったからではないかと思います。
このようなとき、メモを通して「問い」に対する言語化を進めていく中でぜひ意識していただきたいのが「自分の経験を思い出す」ということです。
今回の問いでいえば、まずはチームで過ごした自分の経験を思い出してみる、ということになります。チームで会議を行ったときの経験。チームで休憩時間に雑談した経験。チームでご飯に行ったときの経験。きっと、あなたの記憶の中にチームで過ごした経験は無数に存在するはずです。
その記憶の引き出しを片っ端から開けていくような感覚といえばいいでしょうか。そうやって記憶の引き出しを開けていく作業こそが、自分の中にモヤモヤと眠っていた経験を言語化していく作業そのものなのです。
いかがでしょうか? 「『言語化力トレーニング』は、問いに対する自分の経験を次々と引っ張り出す作業なんだ」。そう意識するだけで、自分でもメモに書き出せそうな気持ちになってきませんか?
「言語化力トレーニング」に限らず、どんな仕事でも、何かしらのとっかかりや自分なりの型を持っていると、それだけでスッと仕事に取り組めるようになったりしますが、あれと同じです。
繰り返しになりますが、言語化におけるとっかかりは、「自分の経験を思い出す」こと。これだけ覚えておいていただければ、メモ書きを通して、きっとあなたの言語化力は自然と磨かれていくはずです。
ただし、自分の経験を思い出す際に、ひとつだけ、非常に大切なポイントがあります。それは「経験とは何か?」ということです。あなたなら、「経験とは何か?」と聞かれてどう答えますか? 経験という言葉への理解が、言語化力を上げる大事なポイントになりますので、もう少し詳しくお話ししてみたいと思います。
「経験」=「できごと」+「感じたこと」
経験とは何か。もし私がそう聞かれたら、「できごと」と「感じたこと」という2つの要素で構成されていると答えます。
「できごと」とは、まさに過去に体験した事実や事柄そのものです。そして「感じたこと」とは、過去に体験した事実や事柄を通じて自分が感じたことを指しています(図表8)。
過去の経験を思い出してみてくださいと言われると、意外と多くの人が「できごと」ばかりを思い出そうとしてしまい、そこで「感じたこと」にまで意識が及ぶ人が少ないように感じます。
少し概念的な話なので、いまいちピンとこない方もいらっしゃるかもしれません。そこで、先ほど例として挙げた「今のチームの課題点は何だろう?」という問いの「言語化力トレーニング」を通じて、もう少し具体的に「できごと」と「感じたこと」の違いをお話ししてみようと思います。
チームの課題点をメモに書き出しながら言語化していくにあたって、まずは「チームでの経験」を思い出そうというお話を先ほどさせていただきました。たとえば、最近チームで行った会議についてご自身の記憶をたどってみましょう。
そのときに重要なのは、「このあいだチームで会議をやったなぁ」という「できごと」で思考を止めないことです。残念ながら「できごと」ばかり思い出しても、それはあなたの意見や思いの言語化にはつながりません。その「できごと」を通じて、あなたが「感じたこと」は何だったのか。そこにまで思いを巡らすことこそが「チームでの経験を思い出す」ということなのです。
たとえば、会議でリーダーばかりが発言をしていた場合、あなたはきっと、チーム内の風通しの悪さやメンバーの積極性の低さを感じていたことでしょう。その「感じたこと」こそが、チームに対してあなたがこれまでモヤモヤと感じていた課題点を言語化する、ということなのです。この言語化の瞬間は、「できごと」を思い出すだけではたどり着けません。「できごと」と「感じたこと」までセットで思い出すことで初めてたどり着けるのです(図表9)。
さぁ、ここまでの話を頭の片隅に置きながら、2つの「言語化力トレーニング」のメモを見てみてください(ここでは「思考」と「理由」のうち、「思考」の部分のみを切り取っています)。どちらのほうがより「思いや意見」の言語化につながるメモになっているでしょうか?
Aは、自分のチームに関して思い出した「できごと」がひたすら書き出されているメモになっています。一方でBは、「できごと」を通じて自身が「感じたこと」までしっかりと思い出し、言葉にして書き出されたメモになっています。この2つのメモを見比べると、Bのほうがより「思いや意見」が言語化されたメモになっているとおわかりになっていただけるでしょうか?
「言語化力トレーニング」において、あなたが立てた「問い」に関する過去の経験を思い出す際に、できごとの中で「感じたこと」をメモに書き出す意識を忘れないこと。それが、トレーニングをより効果的にしてくれますので、ぜひご自身でも実践してみてほしいと思います。
そして、経験を思い出すことが、言語化力を磨く鍵になることは、「言語化力トレーニング」においてのみの話ではありません。会議中に突然質問をされた場面。企画書で自分の思いをつづるとき。他にも、あなたがビジネスの中で自分の「思いや意見」を求められるどんな場面においても、まずは「経験を思い出す」という意識を持つことが、きっとあなたを助けてくれます。
そして繰り返しになりますが、経験を思い出す際には、「できごと」だけでなく、そこで「感じたこと」をセットで思い出すようにしてみてください。そして「感じたこと」を発言するようにしてください。そのクセをつけるだけで、たとえ突然の質問に見舞われても、あなたにしか言えない意見を自然と言えるようになっていると思います。
一橋大学卒業後、2005年に株式会社電通に入社。営業局の配属を経てクリエーティブ局へ。その後は、コピーライターとしてさまざまな商品・企業・団体のブランディングに従事。これまで手掛けたプロジェクトの数は100以上、活動は5大陸20か国以上にのぼる。
世界三大広告賞のうちCannes LionsとThe One Showのダブル入賞をはじめ、ACC賞、TCC新人賞、NIKKEI ADVERTISING アワード、YOMIURI ADVERTISING アワード、MAINICHI ADVERTISEMENT DESIGN アワードなど、国内外で20以上のアワードを獲得。
広告以外にも、国際的ビッグイベントのコンセプトプランニングや、スタートアップ企業のビジョン・ミッション・バリュー策定のサポートも行う。また、毎年一橋大学でコピーライティングやアイデア発想のゼミも開講している。
コピーライターとしての長年の経験を通して「どう伝えるか」の前に「何を伝えるか」こそが大切だと感じるようになり、本書を執筆。本書が初の著書になる。 ※画像をクリックするとAmazonに飛びます