経営課題とは、経営理念やビジョンを達成するために企業が自らに課した目標である。経営者は、日々発生する経営上の問題を解決しながら、重要な経営課題を見極めることが求められる。この記事では、中小企業のコロナショック前後の経営課題について、統計を参考に現状や対策について解説する。
目次
中小企業の経営課題5つとその対応策
中小企業は、日々さまざまな経営課題を抱えて事業活動を行なっている。ここでは、以下の5つの経営課題について、その対応策について解説する。
- 売上の拡大
- 人材の確保
- 財務の健全化
- 後継者不足
- 自然災害への備え
1.売上の拡大
売上の拡大や収益性向上は、成長や拡大を目指す企業にとって最重要の経営課題である。企業内外に向けてさまざまなアプローチがあると考えられるが、主に顧客に目を向けた場合は以下のような取り組みがある。
・新規顧客と販路の拡大
・新しい商品・サービスの開発
・既存の商品・サービスの付加価値の向上
これらの取り組みには、「顧客のニーズの把握」と「自社の商品・サービスの強み」を掛け合わせた戦略が有効である。
・顧客のニーズを把握するには?
顧客のニーズを把握するには、情報源が必要である。本来なら専門の調査会社による大規模な市場調査などが望ましいが、当然コストがかかる。経営資源の少ない小規模な会社が効果的に顧客のニーズを把握するには、どうすればよいだろうか。
中小企業庁による2016年の委託調査において、売上高が増加傾向にある小規模な法人・個人企業を対象に、顧客ニーズの把握のために情報源についてアンケート調査が行なわれている。その結果、回答が多かったものは下記の通りである(複数回答あり)。
・顧客や取引先との日常的なやり取り(75.8%)
・同業の経営者、知人との情報交換(65.2%)
・インターネットによる情報収集(40.5%)
・販売データ等に基づいた分析(31.3%)
上記の回答結果は、売り手と買い手の商圏範囲が同一市町村内の企業のものであるが、同一都道府県や国内全域の企業の回答結果についても、順位や割合に目立った変化は見られなかった。
・自社の強みを把握する方法
上記の調査では、自社の強みを把握する方法についての調査結果も公開されている。多かった回答は、下記の内容であった。
・他の経営者、知人からの評価の把握
・他社との差別化に向けた分析
・販売データ、口コミ等に基づいた評価の把握
また、売上高が増加傾向にある調査対象企業のうち、自社の強みの内容として回答が多かったものは、「要望に応じた柔軟な製品・サービスの提供」、次いで「高付加価値な製品・サービスの提供」であった。
売り手と買い手の商圏範囲で違いがみられたのは、同一市町村内では「充実したアフターサービス」、国内全域では「企業や製品・サービスのブランド力」が比較的多かった点である。
2.人材の確保
企業が事業活動によって収益を上げるためには、人材の確保と雇用維持が欠かせない。中小企業は、人材面においてどのような課題を抱えているのだろうか。
・求人難を経営課題とする事業者が増加傾向に
求人難を経営課題と考える経営者は、依然として多数を占める。
日本政策金融公庫の「全国中小企業動向調査」では、当面の経営上の問題点を取引先の企業を対象に調査し、暦年・四半期ごとの推移を公開している。同調査において「求人難」を当面の経営上の問題点として掲げた企業は、2020年4月~6月期の10.8%底に増加に転じている。2021年同期は15.3%、2022年同期は17.1%、2023年同期は24.6%であった。
人材難の増加とともに減少しているものが「売上・受注の停滞、減少」である。
コロナ禍が明けて、今後の業況回復に期待しており、人材投資に前向きな経営者が多いのではないだろうか。
・目的に合わせた人材戦略が必要に
コロナ前のデータになるが、中小企業庁において、企業にどのような人材が不足しているかについて、求める人材を「中核人材」(高度な業務・難易度の高い業務を担う人材、管理・運営の責任者など)、「労働人材」(責任者となっていない人材、比較的定型的な業務を担う人材など)に分けて調査したデータがある。
その結果、すべての業種(運輸業、建設業、サービス業、情報通信業、製造業、卸売業・小売業、その他)において「中核人材」の不足が「労働人材」を上回る結果となった。
ちなみに当時、中核人材に対する不足感が労働人材を大きく上回ったのは、「運輸業(中核:81.9%、労働:49.2%)」と「サービス業(中核:71.1%、労働:53.3%)」であった。
企業にとって人材に求めるものは、コロナを経てさらに多様化していると考えてよいだろう。さらに労働人口の減少が見込まれる中で、中小企業にも戦略的な人材確保が求められる。
令和5年6月、中小企業庁は「人材活用ガイドライン」を公開した。
中小企業が抱える経営課題を起点に、必要な人材を「中核人材」と「業務人材」に分け、それらを「採用」で確保するのか「育成」で確保するのかといった視点から、その企業に合う人材戦略を提案するものだ。
人材に関する経営課題の洗い出しや採用戦略を考える際の思考整理に役立てたりと、幅広い使い道がある内容になっている。
(参考)中小企業庁:「中小企業・小規模事業者人材活用ガイドライン」及び事例集を公表します
3.財務の健全化
財務の異常から問題点が見つかり、新しい経営課題が見つかることもある。特に、異常なコストの増加や資金繰り悪化の兆候を見逃してしまうと、取り返しのつかない事態になる。
また、すべての経営課題に対する取り組みは、財政基盤があってこそ実現できる。些細な問題に見えても、早期に対策を講じる価値は高い。
・3期分の決算書を見てみよう
会社の決算書は、その企業のさまざまな問題を映し出している。
まず、3期分ほどの損益計算書と貸借対照表を分析し、増減の理由を考えよう。まずは、増収増益か増収減益なのか傾向を掴んでから、細かい勘定の増減を見ていくと効率がよい。
次に、数字を同業他社と比べてみよう。自己資本比率や経常利益率、付加価値額、労働分配率などの指標であれば比較しやすい。比較データは国が公開しているものでもよいし、顧問税理士に相談してもよいだろう。
国が公開している比較データには、合計11産業の中小企業を対象にした「中小企業実態基本調査」や、製造業・卸売業・小売業を対象とした「経済産業省企業活動基本調査」が参考になる。突出した数値がある時は、その原因を探してみよう。
4.中小企業・小規模事業者の後継者不足
2025年までに中小企業・小規模事業者の経営者のうち約245万人が、経営者の引退年齢である70歳を迎える。そのうち約半数の127万(日本企業全体の3分の1)が、後継者未定であるというデータがある。
帝国データバンクの「全国企業「後継者不在率」動向調査(2020年)」によると、後継者のいない企業は、2017年の66.5%をピークにやや減少傾向にある。しかし、2020年は65.1%であり、依然として重要な問題であることに変わりはない。
「事業承継・引継ぎ支援センター」など公的機関による支援もあるため、後継者不在の経営者は、ぜひ相談機関を活用していただきたい。
5.自然災害への備え
地震や台風等の自然災害は、企業の活動に大きな影響を与えるリスクである。予測不能かつ不可避というこの問題に対し、平時からの備えが重要であることは多くの経営者が認識しているところだろう。
・資機材や資金の確保、BCPなどの対策を
2020年10月、帝国データバンクの調査で、自然災害に対する対応を進めていると回答した中小企業は33%(前年比+9.4%)であった。
主な取り組み内容として回答があったものには、社内連絡網の整備、非常時向け備品や飲料水・非常食などの準備、ハザードマップの入手、非常時の社内対応体制の整備やルール化、防災・避難訓練の実施、資金の確保、事業継続計画(BCP)の策定などである。
事業継続計画(BCP:Business Continuity Plan)とは、災害などの不測の事態の発生時、重要な業務を中断させることなく、また、中断が生じてもできる限り早く復旧させるための体制及び手順を示したものである。
帝国データバンクの2021年5月の調査資料では、事業継続計画(BCP)を「策定している」と回答した企業が15%、「現在、策定中・策定を検討している」と回答した企業が31%であった。「策定している」と回答した企業の多くは「従業員のリスクに対する意識が向上した」、「事業の優先順位が明確になった」、「業務の定型化・マニュアル化が進んだ」など、有事対応への意識向上だけでなく、普段の業務改善についても効果を感じている。中小企業庁では、今後BCPに対する意識の向上や浸透が望ましいとしている。
・中小企業防災・減災投資促進税制とは
中小企業による事業継続計画(BCP)を策定することによって「中小企業防災・減災投資促進税制」による税制上のメリットが受けられることがある。
青色申告者である中小企業等が、防災・減災の事前対策に関する計画として経済産業大臣の認定を受けた「事業継続力強化計画」に基づき1年以内に設備投資を行った場合、特別償却18%(令和7年4月以降に取得する対象設備は16%)の税制措置を受けることができるというものだ。
下記の資産の取得等が対象になる。
コロナショック後の経営課題や経営上の問題点の変化
2020年の新型コロナウイルス感染症の感染拡大等により、商品・サービスの内容、デジタル技術の導入、従業員の働き方などさまざまな変化が求められた。コロナ禍前後での経営課題には、どのような変化が見られるだろうか。
デジタル技術の活用、人材強化、社会課題の解決が上昇傾向に
一般社団法人日本能率協会が2021年7~8月に実施した「当面する企業経営課題に関する調査」(517社回答)のニュースリリースの内容によると、前年の同協会による同趣旨の調査と比べて、下記の変化が見られた。
【2021年】
・前年から大きく上昇したものは「人材の強化(採用・育成・多様化への対応)」(31.8%→37.7%:2位)、「売り上げ・シェア拡大」(30.8%→35.2%:3位)、「デジタル技術の活用・戦略的投資」(15.4%→19.3%:6位)
・1位は、前年と同じ「収益性向上」(45.1%→40.8%)。
【3年後(2024年)】
・前年から大きく上昇したものは「デジタル技術の活用・戦略的投資」(19.2%→24.2%:5位)、「CSR、CSV、事業を通じた社会課題の解決」(8.6%→13.2%:9位)
・上位は、「人材の強化(採用・育成・多様化への対応)」(39.7%→36.9%:1位)、「新製品・新サービス・新事業の開発」(32.1%→29.4%:2位)、「事業基盤の強化・再編、事業ポートフォリオの再構築」(32.1%→29.0%:3位)
【5年後(2026年)】
・前年から大きく上昇したものは「CSR、CSV、事業を通じた社会課題の解決」(7.7%→13.0%:2位)
・1位は、前年と同じ「事業基盤の強化・再編、事業ポートフォリオの再構築」(17.3%→13.3%)
同協会は、この結果を「今後の成長を見据えた課題へとシフトしていることがうかがえる結果」とし、デジタル技術の活用や人材の強化、企業の社会性への対応の3点が必要となるとコメントしている。
出典:一般社団法人日本能率協会「日本企業の経営課題2021」調査結果速報【第1弾】
原材料高は依然として関心が高い経営課題
2021年頃から多くの経営者が不安に感じている経営課題に「原材料高」がある。
日本政策金融公庫の「全国中小企業動向調査」において、中小企業が当面の経営上の問題点と感じるもののうち、2021年4月~6月期ころから「原材料高」が急速に増加した。
経済産業省によると、IMFによる見通しでは、インフレ率の世界的なピークは2022年であり、2023年や2024年には低下していくそうだ。日本の場合は2022年から食料・エネルギー価格が上昇し、2022年半ば頃から全体的な物価上昇となった。2023年1月に全体的な物価上昇はピークアウトしているとしつつも、食料・エネルギー価格を除く総合指数は上昇傾向が続いていると分析している。
(参考)経済産業省:令和5年版 通商白書「高まるインフレ圧力」より
新しい時代に向けた経営課題3つ
新型コロナウイルス感染症による影響がようやく収まったと思えば、天然ガスや原油といった資源の高騰が始まり、この数年間だけを見ても、企業を取り巻く環境は大きく変わっている。
こうした変化を受けて、この項では、以下の経営課題について解説する。
・デジタル化の推進
・社会課題(SDGs、CSR、CSV)
・適切な価格交渉
デジタル化の推進
2021年版中小企業白書に掲載された野村総合研究所の調査によると、企業のデジタル化に対する優先度が、新型コロナウイルスの流行後に高まっていることが判明した。
また、デジタル化の取り組みとして新型コロナの流行後に重要度がもっとも上がったと回答のあった項目は「経営判断や業務プロセスの効率化・固定費の削減」、次いで「新たな事業や製品、サービスの創出と改善」であった。
出典:中小企業庁「2021年版中小企業白書」
中小企業庁「2021年版中小企業白書」
【デジタル化の経営課題】
前項のデジタル化に対する調査では、デジタル化に取り組む上での課題についても調査している。
回答した企業を、従業員の人数によって5つのグループ(0~20人、21~50人、51~100人、101~300人、301人以上)に分けたところ、従業員数が多い企業ほど、下記の3つの課題を抱えている割合が高かった。
・アナログ文化・価値観が定着している
・組織のITリテラシーが不足している
・長年の取引慣行に妨げられている
このことから、これまでに形成された企業文化が、デジタル化に関しては妨げになっていることが推測できる。また、人数に関わらず全体的に多かったのは、「明確な目的・目標が定まっていない」であった。
日本能率協会による「当面する企業経営課題に関する調査」においても、同様の傾向がみられた。
DX推進に取り組み始めている企業に対し、取り組みにあたっての課題を調査したところ、以下のような結果であった。
・DX推進に関わる人材が不足している(88.5%)
・具体的な事業への展開が進まない(67.1%)
・DX に対するビジョンや経営戦略、ロードマップが明確に描けていない(66.2%)
出典:一般社団法人日本能率協会「日本企業の経営課題2021」調査結果速報【第3弾】
【リスキリングへの取り組み】
リスキリングとは、業務の変化に対応するために必要になるスキルを事業者が役員や従業員に獲得させることだ。セミナーの受講、社内外の勉強会への参加、資格取得のための援助など、さまざまな方法がある。
社会課題への取り組み
・SDGs
「SDCs(Sustainable Development Goals)」とは「持続可能な開発目標」のことであり、2015年9月に国連で採択され、2030年までの国際開発目標とされている。企業には、本業やそれ以外の取り組みを通じて17の目標から成るSDGsの達成に貢献し、社会課題の解決を図ることが求められる。
なお、「2021年版小規模企業白書」に、企業のSDGsの取り組みを知った人に実際に取った行動を調査したところ、28.2%が「その企業や、商品・サービスのウェブサイトを閲覧するようになった」、21.5%が「その企業の商品やサービスを購入または利用した」という、驚くような調査結果が掲載されている。
・CSR
「CSR(Corporate Social Responsibility)」とは、「企業の社会的責任」である。
企業は、社会や環境と共存して成長するべきという考え方のもと、企業に対し、社会から信頼される行動(法令遵守・情報開示・説明責任を果たすことなど)を求める考え方である。
・CSV
「CSV(Creating Shared Value)」とは、「共有価値の創造」と「共通価値の創造」である。
「社会のニーズや問題に取り組むことで社会的価値を創造し、その結果、経済的価値が創造されるべき」というマイケル・ポーター氏の提唱のもと、「社会価値」と「企業価値」を両立させるという考え方である。
適切な価格交渉
インフレ対応策の一つは、取引先との適正な価格交渉である。中小企業庁では、2021年9月から毎年「9月」と「3月」を「価格交渉促進月間」として、広報活動や業界団体を通じた価格転嫁の要請などを実施している。月間終了後には、状況の芳しくない親事業者に対しては指導・助言などもするという。値上げ交渉に困難なイメージを持っている企業も多いと思うが、こうした働きかけがあることも意識して、人材や設備投資に繋げていくべきだろう。
(参考)中小企業庁:価格交渉促進月間の実施とフォローアップ調査結果
経営課題の内容や影響度は常に変化する
中小企業が抱えている一般的な経営課題と、コロナショック後の経営課題の変化、それを受けての新しい経営課題について解説した。経営課題は、外部環境の変化によってその内容はもちろん経営に与える影響度も変化する。自然災害発生の可能性に備えたBCP対応など、リスクマネジメントも必要不可欠である。
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