経済理論の「主流派」と受賞傾向

こうして、米国勢や米国にゆかりの深い人が多く受賞するノーベル経済学賞。その半世紀近い歴史、特に過去30年において、経済理論の主流派である古典派(マネタリスト)の受賞が目立つ。マネタリストとは、「基本的に経済は自由な市場に委ねるべきで、物価や経済の安定のためには貨幣政策をコントロールすることこそ最も重要である」との考え方を持つ経済学者たちだ。

新古典派経済学を代表するミルトン・フリードマンが唱えた「貨幣数量説」による通貨政策を重視し、「大きな政府は不要であって、できるだけ財政収支の均衡を図るべきであり、金融政策も貨幣供給量の安定化にとどめるべきだ」「政府は裁量的に介入するのをやめて、ルールの設定に専念せよ」と主張する学派だ。

この主張は1980年代半ばにかけて米国のレーガン政権によって採用され、英国のサッチャー政権などにも大きな影響を与え、日本にも受け入れられてゆくことになる。

こうした説を支持する主なノーベル経済学賞の受賞者は、1970年代の「経済学の巨人」であるポール・サムエルソン、ジョン・ヒックス、ワシリー・レオンチェフ、フリードリヒ・ハイエク、ミルトン・フリードマンらに始まり、1990年代には、ロナルド・コース、ゲイリー・ベッカー、ロバート・ルーカスら市場の万能性を唱える「シカゴ学派」と呼ばれる経済学者たちが賞を総なめにしてゆく。

ノーベル経済学賞は基本的に保守的な政治的傾向を持つ人物たちが、「主流派」を形成し、その枠内で評価が決まっていたのだ。日本経済新聞の前田裕之編集委員が指摘したように、「市場機能そのものに疑いの目を向けるような学説は選考の対象から外されてきた」といえる。だが、こうした主流派の主張に基づいて立案・実行されてきた経済政策が、2008年の金融危機を境に綻びを見せているのも事実だ。

主流は依然として主流、しかし非主流の受賞も増える

事実、ノーベル経済学賞は主流派だけが受賞してきたわけでもない。「積極的な財政政策や金融政策などにより、有効需要を創出すべきだ」とリベラルな考えを唱えるケインズ学派の学者たちも、受賞者に名を連ねている。具体的には、最近来日し、安倍晋三首相に強力な財政出動を勧めたとされるポール・クルーグマン氏(2008年)や、企業や裕福な者による富の独占、さらには環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への反対を繰り返す米コロンビア大学のジョセフ・スティグリッツ教授(2001年)も、ノーベル経済学賞を受けている。

また、企業の投資決定を分析する「q理論」を確立したジェームズ・トービンや、所得と貯蓄率の関係を示したフランコ・モジリアーニらケインズ学派の受賞も見逃せない。

さらに、「行動経済学」、「実験経済学」、「リアルビジネスサイクル理論」、「メカニズムデザイン理論」、「サーチ理論」などの一部でリベラルな傾向がある新分野でも受賞者が出ており、選考委員会が広く「保険」をかけている様子が読み取れる。

とはいえ、「米国中心主義」「市場重視の主流派中心主義」の傾向は、大きく変わったわけでもない。筆者が5月に有力候補のポール・ローマー教授を取材した際、「ルーカスら主流派に盾をついたので、受賞の可能性は低い」と述べていたが、実感がこもっていた。
だが、ブランチャード氏が今年受賞すれば、流れは少しずつ変わってゆくのかもしれない。(在米ジャーナリスト 岩田太郎)

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