朝の通勤電車ーー車内には公務員もいれば、サービス業、小売業など様々な業種に従事する人間が混在している。しかし、銀行員の私には同業者を簡単に見分けることができる。なぜなら、彼らはどんなに疲れていても、どんなに眠くても日本経済新聞に目を通しているからだ。

銀行員の朝は職場で日経新聞の「読み合わせ」からスタートする。彼らが通勤電車で眠い目をこすりながらも日経新聞を読んでいるのは、この「読み合わせ」に向けての準備なのだ。

銀行員の朝は日経新聞で始まる

世の中には多くの新聞があるし、たくさんの経済誌がある。ネットでも多くの情報が飛び交っている。しかし、銀行の営業部門で毎朝「読み合わせ」をするのは日経新聞でなければならない。「日経新聞を読め!」と上司や先輩から厳しく指導される。「今日は寝坊して新聞を読む時間がありませんでした」なんてことは論外だし、「別に参考になるような記事はありませんでした」と言えるような雰囲気でもない。

ともかく、「日経新聞を隅から隅まで読んでいます」という雰囲気が大切なのだ。特に若手の行員には「この記事についてどう思う?」などという突っ込みが入るので気が抜けない。

本当に日経新聞の「読み合わせ」は必要か?

もちろん、私の職場でも毎朝日経新聞の「読み合わせ」を行っている。が、この儀式、実はマンネリズムとの戦いでもある。

支店での読み合わせに参加させてもらうと、「今日はこんな記事が載っていました」で終わってしまうケースが実に多い。「読み合わせ」に限ったことではないが、会議を効率的に進めようとするとどうしても「型にはまり」新鮮味が失われる。毎朝こんなことが続けば、マンネリは免れないし、誰だってイヤになるだろう。

しかし、現実にはそんな最悪の「読み合わせ」が昔からの慣習となっている。

ただでさえ出勤から始業までの時間は貴重だ。メールで様々な部署からの連絡が入っているし、ひっきりなしに電話がかかってくる。お客様との商談の予定があれば資料の準備も必要だ。新聞の読み合わせに時間や労力を割くことはできないと考えている人も多いに違いない。実は私も同じように考えていた時期があり、実際にこの儀式を止めたことがある。「形式的になりすぎるのは時間の無駄だから、もう止めよう」と。

だが、結果は意外なものだった。メンバーの顧客への提案力、コミュニケーション力、情報に対する感度が低下してしまったのだ。これらは数値で客観的に表すことができないので、あくまで私の肌感覚なのだが、メンバーのスキルがみるみる劣化してしまったのである。

会議は、ただ「効率化」すれば良いものではない

だからといって単純に「読み合わせ」を再開すれば良いという問題ではない。根本原因であるマンネリズムを改善する必要がある。

たとえば、「なぜこの記事のこういう結論が導き出されるのか」「Aの記事と、Bの記事の関連性はどうなのか」等についてメンバーと意見交換する。そのうえで、「この記事が我々の仕事にどう結びつくのか」「お客様に何を提案することができるのか」といった観点から深掘りすることが大切だ。

文字通り、字面をなぞるだけの「読み合わせ」など必要ない。メンバーに問いかけ、答えを導き出すことがそもそもの目的でなければならない。リーダーがこの点を意識して「読み合わせ」を進めれば、マンネリ化した時間は劇的に変わるはずだ。会議というものは必ずしも「効率化」すれば良いものではないのだ。

組織の中で議論をするのは意外と難しい

私は日経新聞に書かれていることがすべて正しく、価値の高いものであるとは思わない。むしろ、疑問に思うことも少なくないし、記事の内容が偏重しているのではないかと感じることもある。日経新聞だけでは世の中の流れを正確につかむことはできない、そう思っている。それでも、私は日経新聞の「読み合わせ」はチームにとって非常に有効だと確信している。

新聞の読み合わせにより、知識を得ることができるし、マーケット感覚を養うこともできるだろう。しかし、最大のメリットはチームで議論する時間を持てることだ。たくさんの会議やミーティングが組織の中では行われているが、実は案外議論が交わされることはない。会議の前にさまざまな根回しがあり、結果報告に過ぎなかったり、利害関係が絡むことで互いに発言には慎重にならざるを得なかったりと、議論するのは意外と難しいものだ。

しかし、新聞記事が題材であればこうした問題は起こらない。上司も部下も同じ土俵で言いたいことが言える。これだけでもコミュニケーションの能力が高まるに違いない。

ところで、日経電子版の普及が進む中、スマホ片手に「読み合わせ」に参加している人間を見かけるのだが、これはさすがにいただけない。本人は大マジメででも、周囲の視線は冷ややかだ。それとも、これからの時代はスマホで「読み合わせ」をするのが当たり前になるのだろうか。(或る銀行員)

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