古くからあるフレームワーク「PDCA」。しかし、多くのビジネスマンに知られながら、これほど限定的にしか利用されていないフレームワークも少ないのではないか。なぜ利用されないのか、利用するにはどうすべきなのか。PDCAの本質的な意味や魅力について、掘り下げて考えてみよう。

(本記事は、冨田 和成氏の著書『 鬼速PDCA 』クロスメディア・パブリッシング(2016年10月24日)の中から一部を抜粋・編集しています)

流動的な現代において、対象を選ばないPDCAは最強のスキルだ

鬼速PDCA
(画像=Webサイトより)

世のなかのキャッチアップの速度は、日進月歩で早まっている。それに伴い、かつてのビジネススキルはどんどんコモディティ化(日用化)している。そんな状況だからこそ、ますます価値が上昇するビジネススキルがPDCA力であると思っている。

例えば私が証券の営業を始めたころは、営業マンにとって「情報」は命だった。しかし誰でも情報にアクセスできる時代になると情報の価値は必然的に下がる。

それを示すように、入社当時は主要な数字を頭に叩き込んでからお客様のもとに向かっていた営業スタイルが、会社を辞める直前では、その場でiPadを片手に情報を検索するだけで十分になっていた。その代わり、お客様から強く求められるようになったのは、資産運用に関するリアルタイムでの次の投資方針、より深いレベルでの助言である。

お客様はPDCAを回してくれる営業マンを求めるようになったのだ。例えば、「英語力」。ひと昔前までは英語が話せるだけで引く手あまただったのに、いまでは人材市場での差別化はできないし、自動翻訳の精度も年々上昇しているので、もしかしたら近い将来、通訳という職業はこの世からなくなるかもしれない。

「MBA」にしてもそうだ。本屋に行けば『MBAで教える◯◯』といった類の本がいくらでも手に入るし、オンラインで授業動画を見ることすらできる。世界と比較すれば日本でのMBAホルダーはまだまだ少ないが、それでも年功序列制度の崩壊と国内MBAの増加でMBAホルダーは決して珍しい存在ではなくなった。

最近、海外へのMBA志願者が減っているという話を聞いたが、それは金融危機のせいではなく、MBAのビジネスツールとしての価値が薄れてきていることが原因ではないかと思う。

では、「PDCA力」をビジネススキルとして考えたらどうだろうか?
いまの世のなか、正解がどんどん変わる。変わる前に手を打てる先見の明があれば理想だが、それがなくても変化を察知し順応する柔軟性があるだけでも十分、価値がある。それはまさにPDCA力である。

PDCAは対象を選ばない。どのような業界、どのような職種であっても応用できる。これほど万能なビジネススキルは存在しないと言っていい。いや、正確に言えばPDCAは個別のビジネススキルとはまったく別の次元にある。

PDCAは、個別のスキルの習得を加速させるためのベースだからである。PDCA力さえ上がればスキルの上達が圧倒的に速くなる。若いビジネスパーソンは1日でも早く成果を出そうと、英語やコミュニケーションスキルなど効果が見えやすい実用的なスキルの習得に躍起になるが、実はそうしたことに手をつける前にPDCA力を身につけたほうが、中長期的に見ればはるかに大きな効果をもたらすのだ。

よって、人生をかけてスキルアップすべきはPDCA力である。PDCA力が高まればタイムマネジメント能力もチームマネジメント能力も問題解決能力もすべて上昇していくのである。この発想の転換さえできれば本書の役目はほぼ終えたと言ってもいいくらいだ。

PDCAにまつわる6つの誤解

「いまのままでは、うまくいかない気がする」
このように仕事でもプライベートでも、現状に対して漠然と不安や疑念を抱く人は大勢いる。しかし、現状の何がダメで、それをどう改善すればいいのか、具体的に分析できる人はあまりいない。

仮に分析できたとしても、その改善のために腰を上げる人の数は減り、それをPDCAサイクルに落とし込み、さまざまなしがらみを乗り越えながら改善を続けられる人や組織は、ごく一部しかいない。
新人研修や管理職研修などで「PDCAはビジネスパーソンの基本である」と再三に渡って教わるというのに、である。

今回、我流でやってきた鬼速PDCAの体系化にあたって世のなかに出回っている売れ筋のPDCA本を何冊か読んでみたが、残念ながら納得できる本はなかった。

なぜビジネスパーソンにPDCAが浸透しないのか?
なぜ世のなかのPDCA本は不完全なのか?

それらの原因として、私は世間のPDCAに対する6つの誤解があると思っている。それが以下だ。

1 簡単だと思っている
2 管理職向けのフレームワークだと思っている
3 失敗するのは検証(C)が甘いからだと思っている
4 課題解決のためのフレームワークだと思っている。
5 改善さえすれば終わっていいと思っている
6 大きな課題のときだけ回せばいいと思っている

実践して、初めて身につく「鬼速PDCA」

実際に、私がどのようにPDCA力を身につけてきたのかも紹介しておく。PDCA力の効果が如実に表れるのが営業マンだ。コミュニケーション能力に長けていたわけでもないのに営業のPDCAをひたすら回し続けた結果、圧倒的な成果が出せた私が言うのだから間違いないと思う。アプローチの仕方、しゃべり方、アポの取り方など、契約に至るまでのプロセスをすべて分解した上でそれぞれPDCAを回すようになるとその成果が面白いように数字として表れる。

若手社員や私のセミナーを聞いた学生から「どうやってこのレベルまでのPDCA力を身につけたのか?」とよく尋ねられる。

それに対して私は必ずこう答える。
「社会人になってから1日も休まず、やり続けてきただけです」と。
ちなみに社会人1年目のときの大PDCAは「1年目の営業成績で、全国の3年目までの営業マンのなかでトップに立つこと」だった。

ただ、それを分解すれば「新規開拓200件」といった中PDCAが見え、それが見えればそれを実現するための小PDCAが見えてくる。
その小PDCAのなかでも、当時、支店の飛び込み営業をしていた私にとって、もっともクリティカルなPDCAは「受付突破」だった。よって最初の1年目はほぼ「受付突破」のPDCAしか回していないといってもいい。でも結果的に大PDCAは達成できたわけである。

当時の私が行っていたPDCAはこのような感じだ。まずは計画のフェーズ。受付突破は受付担当とのたった1分、下手をすれば5秒、10秒で決まる世界なので検討すべきことは多くない。とにかく「第一印象」が重要な要素になることはすぐにわかる。

そこであるときは「笑顔を絶やさず、ゆっくりと発言してみればいいのではないか?」と仮説を立てた。計画を立てたらそれを実行してみる。例えば一日単位でサンプルをとってみるというように。サンプルをとったら検証だ。

うまくいかなかったらその原因を必死に考えた。ここが若干難しいが、少なくとも仮説は立てられる。「もしかして新人だと思われてなめられたのかな?」と。ただ、ここで思考が止まってしまってはPDCAサイクルが止まる。思考が止まりそうなときは、「なぜ」か「どうやって」を自分に問えばいいだけだ。「じゃあ、どうやったらなめられないかな?」これでまた思考が動きだす。

「そういえば上司が真剣にプレゼンしているときの仕草って、信頼感があるよな。あれを真似してみようかな」といった改善案が見えてくる。その結果、次のサイクルでは「身振り手振りを交えてみる」という計画を立て実行し、検証するのである(身振り手振りは恐ろしく効果がなかったが……)。

このように仮説を立て、サンプルをとり、分析して改善するというPDCAをずっとやっていた。成果が出てくるようになると、他の課題についてもPDCAを回すようになった。回すPDCAが増えると計画や検証の時間が不足するが、どれだけ残業しても、どれだけお酒を飲んでも、必ず帰宅したら当日の振り返りの時間を設けていたし、週末も振り返りとインプットの時間に当てていた。

入社当時はインストラクター役の先輩とは経験・知識のギャップを当然感じていたが、2、3年もすると、そのとき感じていた差は消えていた。毎日欠かさずPDCAを回していれば、数年のギャップなどあっという間に埋められる。

鬼速PDCAは、「前に進む」という仕事の歓びに満ちている

私が鬼速PDCAをZUUの企業文化の軸に据えたわけは、単に成長スピードが速まるという理由だけではない。

どれだけ理路整然としたフレームワークやビジネスモデルであっても、それを実行するのは生身の人間だ。人間である限り感情の浮き沈みもあれば、不測の事態に直面したときにパニックになったり精神的に落ち込んでしまったりすることもある。そのときにすぐに上を向いて、歩みを続ける原動力になるのがPDCAだと思っている。

人が不安や疑問を感じ、歩みを止めてしまう原因は3つしかない。

・「自分はどこへ向かおうとしているのか?」(ゴールが見えない)
・「果たしていまの努力は意味があるのだろうか?」(道が見えない)
・「この方法のまま続けていていいのだろうか?」(手段が見えない)

こうしたことが曖昧なままではモチベーションが上がるわけがない。ましてやその状態で大きな障害に出くわしたとき、それを乗り越えるだけのパワーは湧いてはこない。

仕事であればある程度強制力があるし、毎月の給料という形でなんとなく成果は出る。しかし、不安を抱いたまま全力で仕事に向き合うことはなかなか難しい。

その点、PDCAを回していれば、計画フェーズでゴールと道のりが明確になる。そして実行の段階で手段が決まる。普段からゴールを意識しながらPDCAを回していれば、突如、激流の川が行く手を阻んだとしてもパニックにならずに、橋を作るべきか、ジャンプ力を鍛えるべきか、イカダをこしらえるべきか、迂回路を探すべきかといった打開策を考えることが当たり前のことになる。なぜなら障害があったとしてもそれを乗り越えた先にはゴールがあるとわかっているからだ。

このメリットは果てしなく大きい。そして、何回か障害を乗り越える経験をすれば、そのうち課題にぶつかることが楽しくなってくる。もしあなたが、または、あなたの会社が、長らく壁に直面していないとしたら、それは単に現在地で足踏みをしているだけだ。前に進んでいる限り必ず障害物に当たる。

それを当然なことだと受け入れ、気持ちをすぐに切りかえて前に進み続けていれば、絶対にそれ以上のプラスの結果が返ってくる。むしろ障害物に遭遇したら前に進んでいることを確認できたと素直に喜べばいいのだ。人生はおそらく言うほど難しくない。難しくしているのは自分自身である、と思うことすらある。

もしその障害物が「嫌な上司」だったとしたら、定期的な人事異動で目の前から消える可能性はあるだろうし、会社を転職してしまえばとりあえず障害は消える。それが唯一残されたルートであればしょうがない。でも、いきなりそういった選択肢を選ぶのは考えものだ。それでは再度同じようなタイプの上司が目の前に現れたら、また同じようにその場で立ちすくむことになりかねない。「果たしてこれが最短のルートなのか?」と自問自答を止めてはいけない。

冨田和成(とみた・かずまさ)
神奈川県出身。一橋大学在学中にIT分野で起業。2006年大学卒業後、野村證券株式会社に入社。本社の富裕層向けプライベートバンキング業務、ASEAN地域の経営戦略担当等に従事。2013年3月に野村證券を退職。同年4月に株式会社ZUUを設立し代表取締役に就任。

【鬼速PDCAシリーズ】
(1)多くの人が抱きがちな「PDCA」6つの誤解
(2)5割の人が失敗している「PDCAの計画」 圧倒的な成果の出し方
(3)「PDCA」の本当の回し方 精度を高める7つのポイント
(4)デキない人にありがちな「計画倒れ」の正体 なぜ、実行できないのか?
(5)仕事で「適度に忙しい」状態をつくり出す3つの原則