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(画像=『ブラチェリーア ロトンド』オーナーシェフ・丸原正直氏)

東京・広尾のイタリア料理店『ブラチェリーア ロトンド』は、連日のように常連客を中心に賑わっている。店を率いるオーナーシェフ・丸原正直氏(44)は、かつて100席を超える大型店舗のスーシェフ、シェフを務め、この業界で名を成した経歴を持つが、「客の熱を感じて料理がしたい」という思いから独立、一気に繁盛店へと育て上げた。

店名の「ロトンド」とはイタリア語で「丸」という意味。自分の苗字の頭文字であること、そして人の輪(丸)の中で店を育てていきたいという思いから命名した。その思いが常連客を生み、さらに客との繋がりの中からジビエ事業やワイナリー事業といった新たなビジネスがスタート。イタリアでの修行時代、ぶどう畑を見て「いつか自分もワインを作りたい」という夢が、席数わずか14の小規模店の人の輪から生まれようとしている。

大型店舗のシェフで感じた虚しさ「工場に近いな」

丸原氏は2005年の日本国際博覧会(愛知万博)でイタリア館隣の『Ristorante Dolce Italia』でスーシェフ(副料理長)を務めた。世界から訪れる人々の舌を満足させる、飲食業界では望んでもなかなか実現しない大役である。万博終了後は3店舗のイタリアンレストランの料理長を務めるなど、エリート街道を歩んだ。人も羨むようなキャリアだが、内心、満足ができずにいたという。

「100席を超えるレストランの料理長となると、調理場にお客様の声は聞こえてきません。ただ料理を作るだけで『工場に近いな』と思うようになりました。お客様の目の前で、お客様の熱を感じて料理する感覚を自分で持てないのが不満でした」

その結果、2013年1月に広尾で『ブラチェリーア ロトンド』をオープン。「小さな箱でやろう」という一つの夢を叶えた。オープン時にイメージしたのは、修行のため2年間滞在したイタリアのピエモンテ州のバル。「大通りから2、3本路地に入った所にある地元の人が集まるような店はフランクです。気がつけばテーブルを横にくっつけて一緒にワイワイやるような感じです。そういうイメージを日本でできたらいいなと、それをコンセプトにしました」。

接客の極意は「イメージは親戚の人。近すぎず、遠すぎず」。最初に店に来た客は声を出して頼みにくい雰囲気があるから、その場合はオーダーしそうな状況であればできるだけ近くにいる。こんな小さな心遣いで、客の満足度は変わってくる。

また、たとえば女性客2人がメニューを見ながら、あれもいい、これもいいと話しているが、全部頼むと食べきれないから1つに決めようとしている時などには、すかさず声をかける。「3分の1の量で盛り合わせを作りましょうか? よろしかったら適当に3品お選びください」。こう言うとほとんどの客は嬉しそうに3つ頼むという。

焼き物は主に炭火を使用。肉を焼けば、肉汁や脂が落ちて、それがまた香りになって戻ってくる。“美味しそうだな”と食欲をそそる効果が見込めるが、同時に客の目の前で手元を隠さずに焼いて会話を発生させる、コミュニケーションツールとしても重要な役割を果たす。

大規模店舗の調理場で「工場のようだ」と感じた虚しさを、14席の店舗が解消してくれた。確かな料理の腕前に、細やかな心配り、2つが揃った店舗は広尾という高級住宅街の中にあっても流行らないわけがない。こうして繁盛店となった『ブラチェリーア ロトンド』だが、丸原氏の夢は終わらなかった。

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(画像=イタリアン激戦区の広尾でも抜群の人気を誇る『ロトンド』)

一面に広がる北イタリアのぶどう畑にみた夢「いつかワインを作りたい」

丸原氏には独立前から別の夢があった。イタリアのピエモンテ州での修行時代、先輩の料理人の家に遊びに行く時、一面に広がるぶどう畑の中を歩いて行った。その美しい光景が目に焼き付いている。そして、先輩料理人は自分の作ったワインをガラス瓶に入れて出してくれた。その時、「いつか自分でワインを作りたい」と思うようになったという。

帰国後、ずっと思っていた夢が最近さらに強くなっていたところ、思わぬ方向から夢が実現へ向けて動き出した。女性の常連客の一人が、山梨県の産業活性化を担当する人と知り合いで、ワインの話を聞いてその人を紹介してもらった。山梨県に足を運ぶと土地を紹介され、一目惚れしたのである。丸原社長の考えるベストなぶどう畑は「標高が高く、南西向きの斜面があり、風通しがいい場所」。紹介された土地は標高700mの地点にある南西向きの斜面で、周囲に風を邪魔する建物もない広さ1.5ヘクタールというものであった。すぐに土地を借り、苗木を入手する手はずを整えた。

ワインは北イタリアの「バローロ」をイメージ。コクのある味わいから「ワインの王様」と呼ばれる。そのコクは熟成期間を長くとることで出てくるもので、通常2年から5年熟成させる。現状では2019年に苗木を植える予定であり、熟成期間を含めると初出荷までに10年近くかかる計算になる。

「生涯プランです」と丸原氏は10年先の2028年を夢見る。