繁盛店のオーナーに、競争の激しい飲食業界で生き残るための方法を問うと「安くて美味しいのは当たり前、そこにどれだけの付加価値を付けられるかが勝負」という声を聞くことが少なくない。様々な付加価値が考えられるが、「接客」がその最たるものと言え、接客の悪い店がどんなに付加価値を付けても効果は極めて限定的であろう。
飲食業界の永遠の課題とも言うべき接客のポイントについて「第13回 S1サーバーグランプリ」のファイナリストで『燗アガリ』(新宿区)の人気女将の高橋夏穂さん(26)に、その接客哲学「またこの人に会いたいと思ってもらえる、おもてなし」についてうかがった。
胸に輝くS1ファイナリストの証、感じる接客のプロの存在感
S1ファイナリストの証、シルバーのバッジが胸に輝く。取材中、質問者の目をしっかりと見て、話をよく聞いてから真剣な表情で正確に答えニッコリと笑う。そうした一連の行為は、相手への尊重の表れのように感じられ、取材する者にとって一気に距離が縮まる、あるいは縮めたいという思いにさせる効果がある。これが接客のプロの存在感なのだろう。
S1サーバーグランプリは、NPO法人「繁盛店への道」が主催するもので、サーバーの地位向上・サービス技術のレベルアップを目的に、独自の視点でサービスNO.1を決定する。現在、第14回のエントリーを受付中。高橋さんは2つの審査と関東大会を勝ち抜き、今年3月8日にメルパルク東京で行われた全国大会に出場した。約700名のエントリーの中から、全国大会に出場できるのはわずかに13名。競争率50倍以上という激戦である。
大会では一定のシチュエーションが設定され、そこでどのような対応ができるかが審査される。高橋さんが勝ち抜いた関東大会(エントリー約200名で全国大会出場は3名)では、以前来店したという客から「実はこの前、料理に髪の毛が入っていたので、料理を食べなかった。その時は忙しそうだったので言わなかったけど、また来たから今回言わせてもらった」と言われた状況で、どう対応するかが問題として出された(全3問のうちの1問)。この難問に高橋さんは「誠心誠意謝罪をして、その上で、教えていただいたことへの感謝を示しました。そしてできれば、同じ料理を作り直してプレゼントさせていただき、前回召し上がれなかった料理を楽しんでいただきたいという申し出をして、そうさせていただくことにしました」と対応。その結果が全国大会の切符である。
高橋さんは言う。「もちろん、そういう練習はします。でもあの場に立つと、普段やっていることしか出ません。テーブルに座っている審査員の方もお客さんに変わりはなく、その表情や気持ちは、その場でないと分かりませんから、用意していたものをやっても全く響きません。ですから今までやってきたことを信じて、目の前のお客様がどうしたら喜ぶかということだけを考えてやろうと思っていました」。
全国大会では優勝に届かなかったが、表彰式の後、客の役をした女性スタッフが楽屋を訪れ「あなたの接客が本当に素晴らしかった。私の中では間違いなく、あなたが一番です」と言ってくれたという。目の前の人を喜ばせることだけに集中し、その目の前の人から大会後に言われた言葉を「何より嬉しかったです」と振り返る。
要は普段の積み重ね、日々、どれだけ高い意識で仕事をしているかが問われるのである。
「顔と名前を覚える」「電話で相手の声を判別」「見逃さない一口目の反応」
高橋さんは顔と名前を覚えるのが得意だという。ほとんどの客が以前来店したかどうか分かるといい、そういう客が来たら「あのお客さん、以前、いらしてますから」とスタッフに伝えるという。また、電話の声でも大体、顔と名前が分かるため「〇〇様ですよね?」と言うことが多い。予約をしようと電話した客にすれば、ありがたいサプライズである。また、利き酒師の資格を持つことから、食事に合う日本酒を勧めることも多いが、客が一口目を口にした瞬間の表情を見逃さないようにしている。自分が勧めたものがどうだったのか、その反応を見極め、客の好みを知り、その後のよりよい接客に役立てるという。
こうした細かい心配りが、客から絶大な支持を受ける理由なのは言うまでもない。「燗アガリ」を運営する株式会社絶好調の松村康夫専務取締役は言う。「彼女目当てのお客様は、たくさんいらっしゃいます。『燗アガリ』ではご来店いただいた方でご希望の方に女将(おかみ)メールという高橋が情報を提供するメルマガを出しているのですが、その数は570人に達しています。SNSで拡散したものではなく、ご来店いただいたお客様にのみお勧めした結果です」。
実は松村専務は第10回のS1グランプリで総合優勝を果たしている。その専務から見ても、高橋さんの接客は非常に優れたものであるという。「たとえば前回いらした時にすごく楽しそうに過ごしていたのに、今日は何か元気がないというお客様がいたとします。そういう時に『今日はどうしました?』みたいな言葉をかけたりする。アプローチが通り一遍ではありません」。まさに客の立場に立つ接客。「人が好きということが一番だと思います。彼女の場合、その人に何ができるかを考え、その人に寄り添いながら接客しているのが見えます」と絶賛する。