藤の開花情報は船橋屋に聞け!?

船橋屋がSNSマーケティングを始めたのは2010年のこと。「これからは口コミが消費を左右する時代」と直感した渡辺氏が社内に号令をかけた。

「情報が氾濫する中、消費者が信じるのは親しい人からの口コミだろうと考え、口コミを起こすための手段としてSNSを選びました。現在は、ツイッター、フェイスブック、インスタグラムで公式アカウントを展開しています。 投稿内容は担当者に任せていますが、亀戸天神の藤まつりの時期は藤の写真一色になりますね。藤の開花情報を知りたいお客様が多く、藤の写真を投稿するとアクセス数が通常の3~4倍に跳ね上がります。お客様の間でも、『藤の開花情報を知りたいなら船橋屋のSNS』と認知されていて、『藤まつりに行ったら船橋屋のくず餅を買おう』と想起していただくきっかけになっています」

公式アカウントからの情報発信が、既存客との関係強化を狙った施策であるのに対し、10~20代の若い世代に船橋屋のくず餅を知ってもらうために始めたのが、ツイッタードラマである。それにしても、なぜツイッタードラマだったのか。

「SNSの中でも、最も情報が拡散しやすい手法だからです。その効果を最大化するために、『ふたりぼっち』では拡散力のある人たちを起用しています。20代前半の女性に絶大な人気のイケメン若手俳優陣と、主題歌を担当するミオヤマザキのフォロワーを合わせると約50万人です。彼らがこのドラマを一気に拡散してくれました。テレビを見ない世代にどう訴えかけるかはすごく重大です」

商品のPRをしないことが結果的にPRになる

あえて商品を宣伝しないのも、若者に見てもらうための秘訣だという。『ふたりぼっち』は、1人の女性と3人のイケメン兄弟の恋模様を描いたドラマだ。

「老舗和菓子屋が制作するドラマとしては、考えられない設定かもしれません(笑)。船橋屋とは関係のないストーリーですが、広尾にある『船橋屋こよみ』という店でロケをしていて、デート中の男女がくず餅プリンを食べるシーンが出てきます。これを見た20代の女性たちが、『ところで、これ何?』『私も行きたい!』とくず餅や船橋屋に興味を持ってくれるんです。これが商品のプロモーションビデオだったら、興味を持ってもらえていないでしょう。SNSマーケティングでも、どうすればお客様に幸せを感じてもらえるのかという点では変わりません」

SNSを始めた当初は、なかなか周囲の理解を得られなかったようだ。

「周囲の仲間からもお客様からも、『老舗なのにSNSなんか』とお叱りを受けました。それでも信じてやり続けた結果、若い世代にも船橋屋を知ってもらうことができたのです。今ではご希望をいただき、私がSNSについて講演することもあります。

 最近は、ツイッタードラマを活用する企業が増えていますが、もしマーケティングの基本を無視して、『それをやれば売れる』と安易に考えているのだとしたら、うまくいかないと思います。ですから、手段だけ真似する会社が増えても、絶対に追いつかれない自信があります(笑)」

<『THE21』2019年8月号より>

渡辺雅司(わたなべ・まさし)
船橋屋代表取締役八代目当主
1964年、東京都生まれ。立教大学卒業後、三和銀行(現三菱UFJ銀行)に入行。93年、家業を継ぐために「元祖くず餅 船橋屋」に入社。2008年八代目当主に。以降、老舗の伝統を守りつつさまざまな組織改革を行い、若い女性などファン層の拡大に成功。近年は、「くず餅乳酸菌」による新商品開発などイノベーションを次々と起こす。著書に『Being Management 「リーダー」をやめると、うまくいく。』(PHP研究所)がある。(『THE21オンライン』2019年08月13日 公開)

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