(本記事は、大前研一の著書『大前研一 稼ぐ力をつける「リカレント教育」』プレジデント社2019年6月15日刊の中から一部を抜粋・編集しています)
東京大学が世界大学ランキング四二位
経営学は経営者から、という私の考えに反してアカデミックな論文をもっと出せ、というのが文科省や認証評価機関の考え方だが、では日本の大学は本当に世界に認められている論文を書いているのか、となると心もとない。それは、THE(Times Higher Education)の「世界大学ランキング」の結果からも一目瞭然である。このランキングは、教育力や研究力、国際性などの五つの分野について13の指標で各大学のスコアを算出したものだ。
2019年のランキング上位には、オックスフォードやケンブリッジ、スタンフォードといった米英の大学が顔を出している。
日本のトップは東京大学だが、それでも42位。続く京都大学が65位で、トップ100に入っているのはこの2校しかない。
日本以外の各国の状況を見ると、先ほどのオックスフォードやケンブリッジ以外に、マサチューセッツ工科大学、ハーバード大学、イェール大学といった英米の大学が依然として上位を独占している。目覚ましいのは中国の清華大学の躍進で前年からランキングを8つ上げて22位になった。
とりわけ清華大学の「研究力」は高い評価を得ていて、この分野に限れば、プリンストン大学やイェール大学、マサチューセッツ工科大学などの名だたる大学を上回る6位となっている。 東京大学の「研究力」は19位にとどまり、溝を開けられている格好である。
THE編集長のフィル・ベイティ氏は、「日本は長期的な下落の後、主要大学と有望な新規参入大学、両方の堅実な改善によって強固な結果を残した」と前向きなコメントをする一方、
「競争が激化する中で、日本の大学の大半は依然として衰退、あるいは静止状態であり、人口減、高齢化、留学生獲得の地域的・国際的競争激化などの課題が今後、日本の大学の存続を脅かす可能性がある」と懸念も示している。
ベイティ氏は「日本の大学が真の意味で競争力を強化するには、はるかに大きな投資と国際化の努力が必要」とも指摘するが、まさにこの点が昨今の日本企業の競争力低下と関連しているのは明らかだ。
日本の論文は引用されない
日本の大学がプレゼンスを失う前兆はあった。
大学で行われる研究の価値を測る指標として、「論文の数」と「引用数」がある。かつて科学技術関連の論文数がアメリカに次ぐ世界2位だった日本は、現在6位と低迷している。
日本より上は、中国、アメリカ、インド、ドイツ、イギリスだが、中でも中国の伸びが目立つ。全米科学財団の発表によると、2016年に発表された論文数でついに中国はアメリカを 抜いて世界一になった。
今や日本の論文数は中国の約5分の1程度しかなく、引用数も極端に減ってきている。英語で論文を書くことができる日本の研究者が減っていることも大きく作用していると思われる。
日本の大学でも過去、英語の論文を書く人は多く、他国での引用数も決して少なくなかったが今は非常に減少していて、英語の論文が続々と引用されている中国とは対照的だ。
これは、中国人の多くが海外留学を経験していることも関係している。今や世界の留学生の4分の1を中国人留学生が占めるとされ、そのうち年間48万人が海外で力をつけた後、中国に戻っているのだ。
中国といえば、中国共産党による前時代的な教育をイメージするかもしれないが、実は大学や大学院に関してはかなり自由度が高く、学校ごとに際立つ特徴を出している。
たとえば清華大学や北京大学は、ビジネスに相当力を入れていて人工知能の論文も多数提出されている。学校発のベンチャー企業(校弁企業)に投資を行い、そのリターンで授業料を安く抑える仕組みもつくっているため、起業を希望する学生にとっても魅力的な環境となっている。
また、中国は街をあげて人材をプールする努力を行っていることもポイントである。たとえば海外に留学後に戻ってくる人のために大きなビルを建てて、部屋代を無料にするといった動きも見せているのだ。
これに対して日本政府は、相変わらず腰が重い対応である。国内でAI開発ができるIT人材は2020年に30万人、2030年には60万人不足すると試算した上で、先端分野の開発に強いIT人材を年間3万人、AIを活用する一般のIT人材を年間15万人育成することが急務と呼びかけるが、もはやそのようなレベルでは中国やインドに対抗できるはずもない。
この5年で世界のハイテク業界の勢力図はすっかり塗り替えられ、覇権争いは米中両国に完全に絞られたので、日本は追いつきたくても米中に追いつけない状況に陥ってしまった。
経営学の分野に関して言えば、日本の大学は経営という実学を教えられる陣容を持っていないし、また世界中の人に発信する論文を書ける人もいない。せいぜい外国の有名教授の考え方を解説するか、輸入してきた古いケーススタディでお茶を濁しているだけだ。つまりどっちつかずということで、積極的に企業人にリカレント授業をしてあげるから大学に戻っておいでとも言っていないし、21世紀の荒波を乗り越える新人を送り出している訳でもない。たまたま企業の新卒採用が活発なのでこうした問題点が露呈しないで済んでいるだけの話なのだ。