(本記事は、大前研一の著書『大前研一 稼ぐ力をつける「リカレント教育」』プレジデント社2019年6月15日刊の中から一部を抜粋・編集しています)
「構想」を生み出す力
ビジネスにはコンセプトやビジョンが不可欠で、そこから戦略や事業計画を構築していく必要があるが、根幹をなすのが「構想」だ。ここでは、「構想>コンセプト・ビジョン>戦略>事業計画」という図式が成り立つ。
自分の頭の中を「見える化」させシステムの大枠を設計するためには、構想力が求められる。 その際問われるのがイマジネーションやインスピレーションだ。「構想」は、そのままだと「自分の頭の中に描いた絵」に過ぎないので、イラストなどを用いて視覚化する技術も求められる。見えないものをイメージとして人に伝えることができれば、コンセプトやビジョンとして結実させ、事業へと発展させていくことができるからだ。
フィンランドのノキアを例にとろう。同社で構想力を発揮したのは、ヨルマ・オリラ元会長兼CEOだった。
ノキアは、ゴムの長靴やタイヤ、電子部品、紙を製造する小さな会社だったが、オリラ氏は 「携帯電話を誰もが持つ時代がやってくる」という構想を持ち、倒産寸前だったノキア(前任者は自殺してしまった)を一挙に携帯電話会社へと転換させ、世界一の携帯電話メーカーへと変貌させたのだ。
今はスマートフォン化が進みノキアの携帯電話事業は落ち込んでいるが、1998年から2011年までの長い間、市場占有率および販売台数で世界トップであった事実は変わらない。オリラ氏の構想力がノキアを成長させ、さらにはフィンランド経済を押し上げたのだ。
構想力を発揮できる人が一人いるだけで、社会に大きなインパクトを与えることができる。
こうした事例は枚挙に暇がない。「すべての机と、すべての家庭にコンピューターを」という構想を掲げ実現したマイクロソフトのビル・ゲイツ氏、親も子どもも夢中になれる場所をつくり上げたウォルト・ディズニー氏。日本においても、4歳児からの音楽に注力したヤマハの川上源一氏、本田技研工業の本田宗一郎氏、ソフトバンクの孫正義氏などが、目に見えない構想を目に見える形にしてきた。彼らのような構想力を持つ人を、リカレント教育により生み出すことはできるのだろうか。私はできると考えている。
育てるべきは「構想力」
日本人は、「0から1」を考えることが苦手と言われるが、それは構想力が欠如しているからだ。「1を1・1」にする改善は得意だが、無から有を生み出そうとすると頭がフリーズしてしまう。改善自体は悪いことではない。改善に力を入れて世界トップになった日本企業もたくさんある。しかし、これからの時代は「0から1」のビジネスを生み出すことができなければ生き残っていくことはできない。
日本の経営者によくある「とにかく利益を増やせ!」と号令をかけるだけで、構想もビジョンも示さない場合、部下は動きようがない。トップはまず自分自身で構想を描くべきで、構想なしに会社は前に進むことはできないのだ。
自動車業界では国内の自動車メーカーが、1を1・1、1・2にするべく努力を続けていた裏で、テスラのような新規プレイヤーが現れ、あっという間に存在感を示してきた。こうした変化は、今後あらゆる業界で起きてくるだろう。単なるネットの本屋と思われていたアマゾンが今や世界最大の小売業ウォールマートを脅かすまでになっている。しかし、アマゾンの創業者であるジョフ・ベゾスは、20年前の創業時から「世界最大の小売店になる」と宣言している。多くの人には見えていなかったが、彼はその構想に沿ってあらゆることを試行錯誤し、80以上もの企業を買収して今日の姿を築き上げている。
日本が生き残るためには、ビジネスパーソンが若いうちから徐々に構想力を身につけ、経営者として必要な素養を身につけなくてはならない。具体的には40代頃から構想力を使う仕事に自らを移行させていく必要がある。
日本人は決して構想力の素質がないわけではない。私のこれまでの経験からもかなりの人が構想力を身につけることができた。ただ、日本人特有の「答えをすぐに手に入れようとするクセ」がネックになっている。これも日本の学校教育の弊害だが、参考書を使うときに、後の方に出ている答えを見て問題解決に取り組むという悪いクセがついているため、まずは答えのない問題に慣れることが必要だ。
構想力をトレーニングするには、次の2つがポイントとなる。
①構想は、コンセプトやビジョンよりもひとつ大きな概念である。
②構想は、「見えないもの」を個人の頭の中で見えるようにすることである。
企業はこの2点を頭に置いて、社員教育を進めていくべきだ。そのときには知識だけをインプットしても仕方がない。社員にはある程度責任ある仕事を任せ、「思考のジャンプ=イノベーション」の発想を行わせ、会社の進むべき道を自らつくり出すような経験を積ませなくてはならない。