(本記事は、ジム・ロジャーズ氏の著書『日本への警告 米中朝鮮半島の激変から人とお金の動きを見抜く』の中から一部を抜粋・編集しています)
女性は天の半分を支える
日本が抱える最大の問題は人口減少だ。
過去50年間に日本人は勤勉に働き繁栄を築き、世界第2位の経済大国の地位に上り詰めたが、それは人口が増えていた時代の話だ。このままでは今後同じような成功を享受できるとはとても考えられない。
しかし、プランBはある。国境を開き、支出を削減する―。そういった抜本的解決策を本章では提言したい。
日本政府は、少子化対策として効果がありそうなことは何でもやるべきだ。日本に最も必要なのは赤ちゃんなのだから、子育てにインセンティブを与え、仕事と両立できる環境を整えるなど、とにかく何でも、だ。
ところが、これは先進国に共通する現象だが、積極的に子を持ちたくないという日本人女性は多い。このこと自体は、私はある意味で素晴らしいことと考えている。仕事をしている実に多くの女性は有能で幸福だ。出産を諦めてまでも仕事に取り組みたい日本人女性がいることについては、私は日本経済を活性化させる原動力になり得ると考えている。
「女性は天の半分を支える」という毛沢東の言葉のとおり、女性が男性と同じようにビジネスや政治において活躍するのは望ましいことだ。女性が大きな役割を果たすように変化することも、日本にとってのプランBとなるかもしれない。ところが日本では、従来から女性管理職の割合が世界の先進国に比べて低いといった問題がある。これは世界的に起きている問題だが、日本では特に、女性が「私は女の子だから」といってキャリアを諦める傾向があるようだ。
アメリカやシンガポールでは、女性も産後3ヵ月程度で復職をするのが一般的である。このことを知ると、1年以上にわたる長期間の育休が認められる日本のほうが子育て環境に恵まれていると思われるかもしれない。しかし、それは違うと私は考える。日本には保育園やシッターサービスが不足しており、家庭内だけで育児をしなくてはならないからこそ、育休期間を長く取らざるを得ないと解釈できるからだ。
この状況を放置していれば、日本の女性は育児とキャリアの二者択一を迫られ続けることになる。これは労働力が不足する日本にとっては由々しき問題だ。日本政府は、働く女性をサポートするサービスを予算の第一優先順位にあげて、早急に問題解決に取り組むべきだろう。
また、環境面だけでなく、育児を応援する〝空気〞を作ることも重要である。シンガポールでは、ベビーカーを押す人に対して周りの人々が優しく手助けしようとする様子が見られるが、日本では違うという話を聞く。電車やデパートなどでベビーカーがまるで邪魔もののような視線を受けているとすれば、日本の女性はなかなか子を生もうという気になるまい。日本の人々が、「子は宝」と考えるようになるだけでも、少子化対策に一定の効果が出るのではないだろうか。
もちろん、日本の出生率を高めるためには日本人男性も意識を変えなくてはならない。日本ではまだまだ「育児は母親の仕事」という風潮があるというが、欧米や中華系の文化では父親が子育てをするのは当然のことだ。私も娘たちの子どもの学校への送り迎えを自らおこなってきた。
もっとも、日本では男性の育児参加を促す制度はすでに導入されていると聞く。父親も希望をすれば1年を超える育休の取得が認められるというから、私も驚いた。ところが、日本人男性の育休の取得率を見てみると非常に低く、2017年度には初めて5%を超えたとのことだが、それでも全体の20分の1に過ぎない。
ここからわかることは、日本では優れた制度を用意するだけでは、人々の行動を変えることは難しいということだ。おそらく、日本人の、周囲に配慮する国民性も影響しているのだろう。しかし、このままではいつまで経っても、日本人女性が育児の負担を1人で背負い続けることになりかねない。
仕事と家事や育児をすべて完璧にできる女性など、ほとんどいないのだから、夫婦が協力しあわなくては、決してそれぞれが満足できる家庭生活を営むことはできない。男性が家事や育児に関わらなければ、女性が思い描くライフスタイルを諦めざるを得なくなってしまうだろう。これは女性を出産から遠ざける要因となってしまう。
日本人女性は社会の不合理にもっと「NO」を
もし、日本でも父親が家事や育児を当たり前におこなうようになれば、女性は母になっても趣味や仕事に取り組めるようになる。私の妻のペイジも、会員制クラブの会長を務め、娘たちの育児をしながら自著を執筆してきたが、パートナーや外部サービスの力を借りれば、こうしたことも決して不可能ではないのだ。
日本の少子化を本格的に解決するには、「子は宝」という意識を社会に浸透させるとともに、「家のことは女性がやるべき」という古き日本の意識を捨て去る必要がある。日本政府や企業は、そのためにできることを積極的におこなうべきだ。
ただ、良い変化の兆候も見られる。たとえば、日本の女子サッカーチームが「女子ワールドカップ2011年大会」で初優勝した。これは彼女たちが「日本の女性でもサッカーで世界一になれる」と考え、努力をしてきたからこそ、なし得たことであろう。そう思えるだけの社会的土壌が日本にできたことを示す。
また、最近の日本では女性天皇についての議論が盛んになっているようだが、私はほとんどの日本人が望むのであれば、法律を改正すべきと考えている。もし女性天皇が誕生すれば、女性の地位向上に大いに役立つだろうし、日本でロールモデルになれるような女性の成功者も増えると考えられる。
日本で起きているこれらの変化は、まだ小さな変化なのかもしれないが、前向きな変化であることには違いない。もし優秀な女性がふさわしい場所でキャリアを築くことができないとしたら、これもやはり日本を衰退させる原因になるだろうから。
日本人の女性の意識に前向きな変化がもっと起きれば、彼女たちが日本社会の不合理な現状に対して「NO」を突きつけられるようになるかもしれない。最初は、家事や育児の押し付けに対するNOなのかもしれないが、いずれ自信をつけ強くなった女性たちが、日本の政治や社会構造を抜本的に変える原動力になることを期待したい。
外国人に対する差別意識をなくせ
ただ、いくら女性の活躍が望ましいからといって、日本に子どもが必要なくなるわけではない。どんなに優秀な人であっても、やがて老齢化し、そのときに社会を支える若者はつねに必要なのだから。
女性の活躍を推進するとともに、少子化を防ぐための取り組みもおこなう。このことをトレードオフと考えるのではなく、両方進めなくてはならない。そうなると、残る選択肢はひとつに絞られる。移民を受け入れるのだ。
移民は国にアイデアをもたらし、活気を生み出してくれる。アメリカの場合、グーグル、アマゾン、アップル、フェイスブックに代表される刺激的な企業のほとんどは、移民にルーツを持つ人物が創業したものだ。
移民の受け入れを勧めると、多くの人は、「外国人に仕事を奪われる」と言うが、実際は移民が雇用を生み出している。もし今アメリカからグーグルやアマゾンといった企業がなくなれば、どれだけの雇用が失われるかを考えると、そのインパクトがわかるだろう。私が今住んでいるシンガポールも、世界各国の人材を受け入れた結果、今の地位がある。
また、歴史を振り返ってみても、移民は子どもを積極的につくるため、少子化の解消にも貢献してくれるはずだ。日本人女性が子育てに積極的になれないとしても、移民の女性たちが母親になってくれる。これは日本にとって光となる。
しかし、日本は移民の受け入れについて積極的ではない。島国である日本は、やすやすと国を閉ざすことができ、歴史的にも鎖国政策をとっていた期間が長くある。日本は同質性の高い国民、同一言語が当然のものとされ、移民を積極的に受け入れられるだけの土壌がないのだ。
私も日本が外国人に対してとる差別にはしばしばとまどうことがある。国連も2018年に、日本には在日外国人に対する職業差別、入居差別、教育差別などがあると勧告したほどだ。労働力不足が叫ばれているにもかかわらず、移民の受け入れにあまり積極的ではないのは、21世紀の今も差別意識が抜けないことに理由がある。その証拠に、あいかわらず外国人参政権を認めておらず、日本の有権者は外国人を排除する政策を支持する政治家を選び続けてきた。
日本では、優秀とされる人々までも差別意識にとらわれているようだ。私が驚いたエピソードを一つ紹介したい。日本を離れ海外に駐在した人々についてのものだ。今から5年ほど前の話になるが、日本からアジアのある国に駐在する人々がつくる日本人会について聞いた。その日本人会は、日本の大手企業の駐在員が会長を務め、いわゆるエリート・ビジネスマンの家族で構成されているのだが、彼らは、できるだけ現地の人と会わないようにしているというのだ。
つねに日本食を食べ、たまに地元の料理を口にするときは、3つ星の高級レストランだけ。日本人だけでかたまって現地の人々の文句ばかりを並べ、決して現地の文化と交わろうとしない。日本はビジネスがグローバル化するにつれ、世界から遅れをとるようになったが、それも無理からぬと思えるエピソードだ。
異なる肌の色、食べ物、宗教を持つ人を遠ざけ、受け入れることのない日本人―。このままでは移民を増やすことが日本にとって唯一の救済策だとしても、日本人は自ら破滅を受け入れることになる。
日本の人口減少の問題に対するアプローチにはいくつかのステップが考えられるが、最初のステップはこうした外国人への差別意識を解消することだろう。そのためには、言うまでもなく海外と関わる機会を増やすしかない。
ところが、日本から海外への出国者は、バブル経済にあった1985年から1990年の5年間に倍増したものの、近年は2012年の1849万人をピークとして頭打ちになっている。その一方でインバウンドの数が増え、2015年にはアウトバウンドの数と逆転したという(図)。
今はインターネットの発達やLCC(ローコストキャリア:格安航空会社)の増加により、海外に簡単にアクセスすることができるようになったにもかかわらず、日本人はむしろ外国への興味を失ってしまっているようだ。
しかし、今のような難しい時代だからこそ、日本人はもっと外国に出るべきだ。そこで手にした経験が日本に活気を生むかもしれないし、何より移民に対する差別意識の解消につながるだろう。
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